竜と氷
本の虫
「あら、レイ君ったらまだその本を読んでいたのね?」
ある程度仕事を終えた母様が居間に戻り次第開口一番に尋ねてきた。
「あい!ずっと読んでたでしゅ!」
元気に返事すると本を閉じ、母様に本を差し出す。
「かあしゃま!他のご本!他のご本!」
「えっと、残念なんだけど家にある本はそれで最後なのよ……、爺様の家に行けば借りられると思うんだけど、今日爺様は他の村にお出かけしてていないのよ……」
「残念でしゅ…」
ふむ、タイミングが悪かったようじゃの、まあ無い以上は仕方がないか。
「ならかあしゃま!何かお話ししてくだしゃいでしゅ!」
本を受け取ってどうしようかと考えていた母様にお願いするも、母様は一段と困り果てた様子で。
「うーん、レイ君に聞かせられるようなお話はもう大体話しちゃったのよね、他に話せるような話は……」
ふと母様が悪戯を思いついたかのような表情を見せる。
「確かレオは今日は夕方まで森の警邏で戻らないって言っていたわね」
と小声でつぶやくと窓の外を確認する。
丁度時刻は正午を少し回った程度であり、太陽は丁度真上に来ている程度じゃった。
「かあしゃま?」
「よーし!じゃあレイ君にとっておきのお話をしてあげるわ!でもこの話をしたことは父様には内緒よ?」
可愛らしくウインクしてくる母様にワシは……。
「あい!約束でしゅ!」
父様に内緒のとっておきの話と聞いてワクワクしながら右手の小指を差し出した。
この世界でも小指を結びあうのは約束の証となっているらしく、近しいものとの約束は右手で、商談などの約束事は左手て行うらしい。
左手で行った約束を破ることは信頼の全てを失っても文句が言えない程重いらしく、必ず第三者の前で執り行われるというかなり厳しいルールを持つらしいのじゃ。
母様もためらいなく右手の小指をワシの小指に絡め、二人の秘密にすることを約した。
「それじゃあお話するわね、でもその前にお昼ごはんにしましょうか?」
「僕ついていくでしゅ!お手伝いするでしゅ!だから用意しながら話してほしいでしゅ!」
「あらあら、レイ君ったら待ちきれないみたいね!じゃあお手伝いしてくれるかな?」
「あい!」
返事をすると母様が優しくワシの手を引きながら台所へと向かっていく。
「うふふ、今回するお話はね、父様と母様が出会った時の話なの」
「わぁ!聞きたいでしゅ!」
返事しつつもワシの内心としては惚気話かぁ…、と少しテンションが下がっておった。
父様と母様の惚気話は非常に甘ったるく、始まると延々と続くため犬どころか蟻ですら食わないのではと思えてくるほどじゃったからのう。
とは言え、それではなぜ父様には内緒なのじゃろう。
調理する食材を手早く用意しながら母様が続ける。
「今でこそ母様はレイ君とずっと一緒にいるけど、レイ君が授かるまでは母様が父様みたいに村や森の警邏をしていたの」
ふむふむ、確か母様は森の守り手と言われているらしかったの、まあリーナと比較してもかなり母様は魔法に長けている様子じゃったし。
「当時私は村や森に害をなす魔物や猛獣を狩る仕事をしていたの、他の村の守り手たちと連携や相談をしながらね、そしてここから西にある村の守り手から緊急の援助要請が入ったの」
む?若干きな臭くなってきたの。
しかし魔物!やっぱりと言うとアレじゃがこの世界にはおるんじゃの!物語の中では出てきておったが、実際にいると聞くのは初めてじゃの!
「その村のさらに西の森の中に……、傷ついた赤竜が住み着いたってね」
「ドリャゴン!」
おお!一気にテンションが上がるパワーワードが!そういうの欲しかったんじゃよ!
「恐らく仲間との縄張り争いに負けて傷ついたドラゴンが迷い込んだんじゃないかって事だったけど、真偽のほどはいまだにわからないわ」
当時を思い出したのか、母様がブルリと震える。
「傷ついているとは言え相手は赤竜、狩りをする場合爪や牙だけでなくブレスも使うならば森に与える被害は甚大であろうことは目に見えていたの、そこで私たちは急遽討伐隊を編成して討伐に向かったわ」
ふむ、やはりドラゴンというのは強いのじゃな、母様が出向けば終わり、という訳にはいかんかったのか。
「結果は惨敗、ギリギリ死者を出さずに済んだけど私たちは命からがら赤竜逃げることに成功したの」
話しながらも調理の手を進める母様。
「死者は出なかったけれど、再度討伐に向かえるほどの戦力はなくなっていたのね、近隣の村以外にも援助を打診したけど、遠方の村は協力してくれなかったの」
まあ分らないでもない、の。遠方の火事なんとやら、触らぬ神にたたりなしって感じだったんじゃろう。
ある程度の村々がそれぞれ戦力を提供したうえで惨敗と聞けば、自分たちの戦力を足したところで結果は変わらないのではと考えるじゃろう。
増して失敗すれば自分たちの戦力を失うリスクすらある。それであるならば自分たちに被害がないであろう内は静観を決め込むというのも理解できる。
「打つ手をなくした私たちは、反対する声のある中、王国に協力を打診したの。王国の騎士団が助けてくれるなら、なんとかなるかもしれないって」
ふむ、あまり王国の事を良く思っていない人も多かったという事かの?しかしそうなると父様は…。
「とうしゃまは騎士だったんでしゅか?」
こてん、と首を倒しながら母様に尋ねると、母様は苦笑を浮かべながらワシの頭を撫でた。
「ううん、違うのよ。結果的に騎士団は来てくれなかったのよ」
「え?来てくれなかったんでしゅか?」
「ええ、当時ちょうど帝国に妙な動きがあったらしくて、騎士団は国境を離れることができなかったらしいの」
なんと、王国領土内の危機より帝国の動きが優先されたとは、それほど帝国が脅威じゃったのか、それとも王国におけるエルフの森の優先度がさほどじゃったのか。
「代わりに騎士団団長のお墨付き冒険者と、それなりの実力を伴った冒険者を向かわせるってことになったのよ」
お、読めてきたぞい、その中に父様がいたのじゃな。
「当時の私たちはかなり怒っていたわね、エルフの森から材木や魔法の技術支援などを受けてきて癖に、緊急時に主力ではなくお茶を濁す程度の戦力しかよこさないなんてってね」
まあ世界情勢がはっきりわかっていないワシからすれば何とも言えんが、当時の村の心境は非常によくわかるのう。
「様々な思いを浮かべたまま、私たちは冒険者たちが到着する日を迎え、この村で待っていたの。そして、その日、私とレオが初めて会ったの」
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昼食を食べ終え、後片付けの最中も話は続き、居間に戻ってそれぞれの席に着きながらワシは聞き手に徹していた。
「赤竜がブレスを溜めた口腔の前で、傷ついた足を引きずりながら逃れようとするルーを何とか突き飛ばした私に向けてブレスが放たれた、私自身も満身創痍だったし、ブレスから身を守り切れる程の魔力も残っていなかったから死を覚悟したわ」
話は佳境に入っておった。父様やその仲間、そしてそれなりの実力を伴ったという冒険者と、動けるエルフたちで結成した討伐隊は赤竜と対峙する。
しかし父様の仲間以外は対峙するまでは大きな事ばかり言っておったが、いざ目の当たりにすると腰が引け、完全に逃げ腰じゃったという。
エルフ側のイライラが頂点に達しそうになるも、父様とその仲間は抜群の働きを見せたという。
しかし、傷ついているとはいえ、そこは赤竜、計り知れない体力と膂力、そして強力なブレス攻撃に徐々に戦力を削られていく討伐隊。
エルフたちが魔法で態勢を崩し、父の仲間であるガドが大槌にて足を攻撃しさらに体制を崩させ、父様が剣撃にて鱗を削いでいく。
まとわりついてくる父様やガドをうっとうしそうに相手しながらも、ブレスや魔法でエルフや逃げ腰の冒険者たちも狙い徐々に戦力を削りあう状況じゃったが、遠方支援に徹していたヘイムの矢がついに赤竜の目を貫いた。
怒り狂う赤竜、がむしゃらに振り払われた爪を受けきれず吹き飛ばされる父様とガド。
その後赤竜は遠距離ではなく、中距離で魔法支援を行っていた母様と叔母様に襲い掛かった。
とっさのころに回避が間に合わず、叔母様の足に爪が掠るも、掠っただけでも致命傷になりかねない竜の膂力である。
機動力を奪われた叔母様にブレスが、その時母様が叔母様を突き飛ばし!
「死んだ、そう思った私の前に、レオが盾を前に突き出しながら現れたの、『ぼーっとするな!今お前が死んだら!妹が悲しむんだぞ!』なんて言いながら私を激励してくれたのよ」
そう語る母様の表情は完全に恋する乙女の顔じゃった。
「私たちよりも弱い、人間種を守りながら戦うなんて思ってたのに、いざとなったら逆に守られてるんだもの、びっくりしたわ」
あー、やはりエルフと人間ではエルフの方が優れておるのか、まあ最近分かるようになってきたのじゃが、確かに魔力量で言えば父様はこの村で会った人の中で一番少ない感じじゃしのう。
「白い光を纏ってブレスに耐える父様も、徐々に膝をつき、息も絶え絶えになっていったその時ね、一緒に飛ばされていたガドが赤竜の横っ面に一発かましてくれてね、なんとかブレスが途絶えたの」
正直ワシもうさっきから握りしめたこぶしが若干赤くなってきておるが、しかたないよね!ここで燃えないと男の子じゃないよね!
「ガドが戻ってくるのを信じてたのでしょうね、ヘイムはガドが飛ばされた反対側に移動してて、ガドが殴ってブレスが途絶えた直後に、丸々と空いた口腔に矢をぶち込んだの」
おお!さっきからヘイム地味ながらいい仕事するのう!
「ブレスを封じたと確信した父様は、盾を放り投げ、右手に持っていた剣を両手に握りしめると、高々と飛び上がり、残っていた方の目に深々と……!」
「……ルイ?何の話をしているのかな?」
佳境も佳境に入り、話に熱の入った母様とワシに冷水がぶっかけられた。
居間の扉を開け、半目になりながらこちらの様子を伺っているのは父様じゃった。
ワシと母様は同時に窓に目線を向ける、外は茜色に染まり、前世であるならばカァカァとカラスが鳴いているような状況じゃった。
どうやら話し手、聞き手共に熱中するあまり時間経過を忘れてしまっていたようじゃった。
「……えっと、レオ?誤解があると思うのだけれど、これは私たちの話ではなく、似たお話をレイにしてあげていただけで……」
「そうかそうか、思いっきり『父様が』と聞こえてきたが気の所為だったのかな?」
プイッと窓へ顔を向ける母様、これ完全に分が悪いの。仕方ないの、ここはワシが。
「とおしゃま!とおしゃまはドリャゴン倒したでしゅか!?」
興奮気味に椅子から降りると父様に駆け寄り足に抱き着く。
まあ興奮気味と言うか実際興奮しておるがな。
「はぁ…、レイ君にそういう誤解をして欲しくないからルイには話さないでくれって頼んでたのに…、まあ、でもうん、赤竜にとどめを刺したのは確かに俺だよ」
しゃがみこんで目線を合わせた上で頭を撫でてくれる父様、表情から諦観が見て取れる。
「でもそれは赤竜がもともと怪我をしていた上、父様以外のみんなの協力があってこそだったんだ。だから父様だけが竜殺しなんて称号を賜るのは……」
「ドリャゴンスレイヤー!」
「……え?このことはまだ言ってなかったの?」
「そ、そうよ!レオがレイに聞いてほしくなかったことは言ってないわ!」
「……でもさっきの様子じゃ結局最後に言ってたよね?」
母様、再度のプイッ。
「はぁ……、とにかく父様がレイ君に分かってもらいたいのは、父様が凄いんじゃなくてみんなが凄かった、てことさ、父様はそんな大層な称号をもらえるほど凄いわけじゃないってことをね」
優しく頭をポンポン叩いてくれる父様、すげぇ格好いいです。
「全く……、帰って来たとたん約束を破っている母様がいるなんて俺は悲しいよ」
「だ、だってレイ君にも父様の格好いいところを知っておいて欲しかったのよ!」
「それを言うなら俺も母様の格好良かったところを話してあげたかったよ?氷面の守護者と言われていた母様の」
父様の一言に母様の表情が凍り付く。
「父様……?レイにそのことは話さないって約束したわよね?」
「先に約束を破ったのはルイの方だろ?なら俺が話してもフェアな筈じゃないか?」
「レオが話さないで欲しいのと、私が話して欲しくない理由が違うのは分かっているわよね?それでも話すなんて、意趣返しにしても趣味が悪いじゃないかしら?」
修羅場……、修羅場じゃ……。
父様と母様のこんな空気は初めて見るため戸惑いを隠せんが、これはまさしく修羅場、父様も母様もどうやらお互い引く気が無いように見えるほど張りつめておる。
いかん、このままではドラゴンを討伐できる者同士が激しくやりあいかねん、ここは一つ!
「とうしゃま…かあしゃま…喧嘩でしゅか…?」
必殺!涙目オドオド泣き落とし作戦じゃ!
「い、いや!レイ君!父様も母様も喧嘩しているわけじゃないぞ!?ちょっとお互い思うところがあって強く言い合っていたが決して喧嘩では!?なぁルイ!?」
父様、世間一般ではそれを喧嘩と呼称しますじゃ。
「そ、そうよレイ君!母様が父様と喧嘩なんてするわけないじゃない!私たちはとっても仲良しなのよ!」
そういってわざとらしく父様の腕に抱き着く母様。
「ほんとでしゅか?喧嘩しないでしゅ?」
「ああ!本当だとも!なあ母様!」
「ええ!当然よあなた!」
ふぅ、なんとかワシの機転で喧嘩は回避できたようじゃ。
「いや、本当のところ俺が大人げなかったよ、許してくれ、ルイ」
「何を言うの!私が先にあなたとの約束を破ってしまったのがいけないんだわ、私こそごめんなさい、あなた」
「ルイ……」
「あなた……」
おう……、修羅場から一転して甘々な空気に……、これがバカップルというやつじゃな。
「な、なぁ、ルイ」
「?何かしらあなた」
「その……、レイも大きくなったし、すごくいい子だしな、そろそろ、その……な?」
「……!もう!あなたったら!レイ君の前で何を言い出すのよ!」
実際の。ギリギリアウトな話題な気がするぞい、父様。
「でも……、そうね、そろそろ……、いいかもしれないわね……」
「ルイ……」
「あなた……」
「えっと、仲直りできたでしゅか?」
完全に置いて行かれたうえで二人の世界を築きつつあったので声をかけておく、最悪おっぱじめる危惧すらあるしのう。
「あ、ああ!もう父様と母様はいつも通りだろう?」
違います父様、いつも以上ですじゃ。
「そ、そうだルイ!さっきの話をしてたってことはレイ君に読み聞かせる本がなくなってしまったんだろう?なら明日はお義父さんのところにレイ君を泊まらせてもらうのはどうだろう!」
「え、ええ!そうね!レイ君はどうかしら?」
「え!じいしゃまの家にお泊りできるでしゅか!?」
わーい!といってはしゃいで見せるワシ、まあ夜中に目が覚めて隣の部屋からギシアンしている様が聞こえるよりかはよっぽどいいしのう。
実際ワシは本来産まれる予定になかったのなら、本来産まれてくる予定の子供を待たせるのも悪いしのう。
仲睦まじく明日の予定を相談する母様と父様を横目に、小さくため息をこぼすワシじゃった。
二歳時のエンジュpart2
「この一年何をしておったんじゃ?」
「言葉を崩す勉強のため、レイの前世の書物を読みふけっていました」
「あ、本読むくらいならいいんじゃな?モニター見えないじゃろうに」
「ええ、と言うかこのモニターは演出上の飾りですので、別にこのモニターで世界を観察しているわけではありませんよ?」
「演出じゃったのか、ではどのように?」
「レイにわかりやすく言うならば、アクションゲームで画面のどこかに地図が表示されていることが多いと聞きますが、あれの全画面と小画面切り替えができるようになっています。つまり常時視界には入っているわけです」
「それはそれで面倒そうじゃのう…。で、どのような書物を?」
「これです(BL本)」
「……」
「レイの前の世界では女性が多く好んで読んでいたと調べた結果わかりましたので、これはこれで新しい世界がh」
「エンジュ」
「はい」
「わかっててやっておるか?」
「はい、どうやらレイの反応は芳しくありませんので失敗した様子ですね」
「うん、好んで読むなら止めはせんが、勉強なら別のにしてもらえると助かるのじゃ」
「わかりました、では次は百合をためしてみます」
エンジュとレイのやり取りは基本こんな感じです。
エンジュがボケるも滑ってレイが突っ込み入れつつ軌道修正です。
レオとルイの過去話は興が乗れば外伝として描く……かもです。




