邂逅
ワシの名は…いや、僕の名はレイ オルコット。
前世では塩川剛一として生を終え、異世界転生を果たしたものじゃ。
今、時刻としては朝の10時頃、周りに人がいないことを確認したワシはベビーベッドの柵につかまり立ちの要領で屈伸運動を行っている。
俗にいうところのスクワットじゃな。
最近になって二足歩行が可能になったので、徐々にその距離を延ばすための訓練中というわけじゃ。
両親にはこの間ハイハイを披露したため、もうしばらく時間を空ければそこまで不審がられることもなかろう。
せっせと30回ほどスクワットをこなすとゆっくりと態勢を整えながら柵から手を放し、体を横にする。
ブレストレーニングも最近になって再開したためか、体力的な乱れは殆どないものの、それなりに汗をかいたため若干居心地は悪く感じる。
だが、もうしばらく我慢すればそれが解消されることをワシは知っている、何故なら…。
そう考えているといつも通りドアの向こうから足音が響いてき、ドアを開けた。
「レイ君ー!いい子にしてたかしらー?」
と、ドアが開かれると満面の笑みを浮かべた母様が顔を出した。
既に首が座っているのでそちらに顔を向けながらキャッキャッと笑顔を向けて母様を出迎えると、その笑顔にキュンとした表情を見せながら胸に手を当てる母様。
「あぁ…私の天使…、あなたはなぜこんなにも可愛いのかしらと…」と、親バカ全開のセリフを吐きながらベッドまで歩いてくる母様、いくら何でも愛想を振りまき過ぎたかもしれんが今更やめられんしの…。
一度この反応辞めたらこの世の終わりのようなリアクションされたため、今更やめられないんじゃよなぁ…(父様も同じリアクションじゃったし。)
天井を眺めながら少し遠い目をしていると、母様が体を抱き上げて顔をのぞき込んでくる。
「うんうん、レイ君は今日も元気みたいね!でもちょっと汗かいちゃったのかな?そこまで今日は暑くないと思うんだけど…、レイ君は汗っかきなのかな?」
呟きながらワシをベッドに一旦戻し、ベッドサイドに用意された机の上から布を手に取る。
「水よ」
呟き、掲げた人差し指の先から少量の水が現れ、布にしみこませ、馴染ませるとワシの体を拭きだす。
「あだだー!あだー!(ウッヒャー!魔法キター!)」
テンションアゲアゲでキラキラした目を向けるワシに優し気な笑みを浮かべる母様。
「あらあら、レイ君はやっぱり魔法が大好きみたいねぇ」
当然である。
二次元をたしなむ者にとって目の前で魔法が見れるなど喉から手が出るほどの事態である。
その上自分も使えるかもしれないとなればテンションが上がらないはずはないじゃろう。
興奮冷めやらぬワシの体をきれいに拭き上げ、ベッドに戻そうとした時じゃった、勢いよく玄関の開く音が……。
「「…ハァ」」
見事にワシと母様のため息がシンクロした、それというのもこの展開は今回が初めてではなく…。
「レイ!叔母さん!遊びに来たよ!」
元気に部屋の扉を開けたのは、金髪ショートカットで水色の瞳、明るい笑顔を浮かべた元気っ娘のリーナじゃった。
「また来たのリーナ?今週の初めに来たばかりじゃない」
「いいじゃない叔母さん、レイも私に会いたかったよねー?」
ニコニコ笑顔のままベッドまで近づきのぞき込んでくるリーナ、見ていて気持ちいい笑顔じゃが、この子が来るとちぃとばかり疲れるんじゃよなあ。
基本ワシから離れずに笑顔で話しかけてくれるのは悪い気がしないんじゃが、愛想よく振舞ってないとすぐに拗ねおるし、まあ可愛いんじゃが。
内心を隠しながら笑顔で手を振ると「きゃー!可愛いー!」と頭を撫でてくる。
ふっ、ワシも罪な赤子じゃわい。
が、今日はいつもと様子が違うようで、いつもならこの辺りで再び玄関が開く音がするはずなんじゃが……。
「それで?今日はルーが遅いようだけど?」
母様が言うルーとはリーナの母親であり、ワシにとっての叔母様、つまり母様の妹に当たる。
今までじゃとリーナが先行して突撃してき、叔母様がこのくらいのタイミングで家に訪れるのじゃが…。
質問されたとたんリーナの撫でてくる手がピタリと止まる。
「…えーと、ね、お母さんは…、ね…」
あ、めっちゃ言葉選んどる、これはもしかして。
「…一人で来たのかしら?」
あ、露骨にビクッとしとる、これは分かりやすいのう。
「わ、私もう三十二歳だもん!隣の村くらいなら一人で来れるもん!」
若干居直っているようじゃが、確かに三十二歳ならまあそれも当然…え?三十二?
「三十二歳なんてまだまだ子供よ?せめて四十五歳になってから大人と言いなさいな」
あきれ顔で切って捨てる母様、え?この世界の寿命ってどうなっとるんじゃ?
「ブー!レオ叔父様なんて二十三歳じゃない!だったら私も大人だし結婚もできるもん!」
え?父様リーナより年下なの?一体どうなって…あ、エルフか!
どうしてもこの世界の常識より前世の常識に囚われがちじゃが、この世界の人種の違いはもう生き物として違う、という事を失念…いや、これは知識として知らなかった、という事じゃな、まだまだ未知が待っていると思うと不安よりも期待が先立つのう。
まあそう考えるとリーナが見たところ十歳程度じゃから…、概算でエルフの成長は普通の人間の三分の一、となると寿命も三倍と考えた方がよさそうじゃの。
そうなるとハーフエルフのワシって幾つくらいまで生きられるんじゃろ。
「もう…、それで?ルーには家に来てるってことは言ってあるのよね?」
母様の問いに再度ビクッとリアクションするリーナ、あ、これは内緒で来とるのう。
「はぁ、ルーが心配するとは思わなかったの?」
「だ、だって明日はレイの誕生日じゃない!私も一緒にお祝いしたいのに!母さんが今年はやめておきなさいなんて言うから!」
「何も前日に来ることないじゃない?なんで今日だったの?」
「…当日いなくなったら母さんどこに行ったかすぐ解っちゃうもん…」
居心地悪そうにそっぽ向いて答えとるが、より心配されて大事になる気がするんじゃが。
母様もそのあたり説教するかと思ったが、浮かべた表情はワシが思っていたものと違っておった。
困った、いや、呆れた上で感心したような苦笑。
「ハァ…、私もまだまだ新米みたいね、ルーから学ぶことは色々と多そうだわ」
母様の言葉を聞いてキョトンとするリーナとワシ、どういう事かという顔を向けるリーナに母様は。
「三日ほど前にルーから手紙が来てね、リーナがレイ君の誕生日に行きたいと駄々をこねてる、やめるように言ったけど、もしかしたら当日か前日位に勝手に行くかもしれないからその時はよろしくってね」
おお!確かに叔母様は聡明そうな方に見えたがそこまで予見できるとは!いや、これは聡明ではないかの、よく子供のことを見ている、いい母親なのじゃろう。
「え?嘘?母さん私がここに来ることわかってたの!?」
「ええ、あなたがここに来るまでの道中、あなたのお父さんが危なくないか見守ってたんじゃないかと思うわよ?」
「そんな…」
「多分だけど、言いつけを破ってまでレイの誕生日を祝いたいあなたの意思を尊重したんだと思うわよ?ま、帰ったら長ーいお説教が待ってるでしょうけどね」
いたずらな笑みを浮かべる母様の言葉を受けて「うぅ…」と行動を読まれた事か、お説教を想像したのか困惑顔で答えるリーナ、まあ両方かのう。
「そんなわけだから、怒られる前提で家に泊まっていく用意はできているわ、レオも了承済みだから、泊っていくといいわ」
ポンポンとリーナの頭をあやすように叩くと、リーナはバツが悪そうに「…お願いします」と答える。
「ちゃんとお願いできていい子ね、それで…リーナ?」
あやすように叩いていた手を止めてリーナの頭をがっちりと掴む母様、うん?空気がおかしいの?いい話で終わるんじゃないのかの?
「お…叔母さん?」
「あなた…魔法の練習はちゃんと済ませてから来たんでしょうね?」
あ、母様の笑顔が完全にアルカイックスマイルじゃ、それとわかるほどの作られた笑顔、それに対するリーナの反応は…ビクッ、じゃった。
「し…してません…」
「そう…ルーからの手紙には続きがあってね…、『多分あの子は魔法の練習をさぼってそっちに行くと思うから、もしそうなら姉さんが徹底的にしごいてあげて☆』という事だったのよ」
あー…不憫になるほど怯えとるのう…、漫画じゃと表情に縦線入っとるくらいの。
「お…叔母さんの…徹底的?」
「ええ、徹底的に、よ。私もここ一年レイの世話で鈍ってないといいんだけれど…」
「お…叔母さんに徹底的に鍛えられたら!レイと遊ぶ時間が!」
「大丈夫よ、レイは魔法が好きみたいだから、あなたが魔法の練習をしてるところを見てたら喜んでくれるはずよ?」
リーナをつかむ手が血管が浮かぶほど力を入れたのが見て取れた、というかあれほぼアイアンクローじゃろ…。
「痛いっ!痛い痛いー!」と母様の手をつかむが引きずられるリーナを呆然と眺めるワシを優しく抱え上げる母様は、笑顔のままワシらを連れて部屋を出るのであった。
#####
「もう!あなた私をなんだと思ってるのよ!」
村のはずれの広場まで連れてこられたリーナはワシを抱きかかえる母様に怯え切った視線を向けておった、まあ家からここまでアイアンクローで連れてこられた事実を思えば当然の帰結じゃが。
「だ…だって…叔母さんはエルフの森で最強と言われる守り手…、氷m…」
「ストップよ、リーナ、レイの前でその名を呼べば…三倍増しよ?」
母様の笑顔の温度が氷点下近くまで下がったように思える、実際その空気を体感したのかリーナが「YES!MAM!」と言わんばかりに直立不動の姿勢をとる。
その様子を見て取ったのか母様が大げさなほどのため息をつく。
「もう!ルーったら私のことをどんな風に伝えているのかしら?あなたみたいな子供にきつい事するわけないじゃない!」
逆に言えば子供じゃなければきつい事するわけですね、母様、覚えておきます。
「じゃあ何するの…?」
「徹底的に基礎よ、当然じゃない」
プンプンと拗ねたような表情を浮かべる母様。
ヤバイ、可愛い、でも見た感じの三倍じゃと母様六十歳越えかぁ…、有りじゃな!
現代日本には素晴らしい言葉がある、可愛いは正義、間違いない。
「えー!それじゃあいつもの練習と同じじゃん!厳しいのは嫌だけどちょっとだけ期待してたのにー!」
あー、リーナもかなり調子がいいこと言っとるのう。
「あら?期待は裏切らないわよ?いつもの三倍時間をとるから」
笑顔でいつもどのくらいやってるかも聞いているから安心して、と、まったく安心できないことをのたまう母様、期待を裏切らず顔を青くするリーナ。
「うっ…嘘つき!叔母さんの敬称言ってないのに三倍増しなんて!」
「あら?嘘は言ってないわよ?呼んでいれば普段の九倍だったんだから」
などと笑顔で伝える母様、あー・・・久しぶりに見たの、一瞬で死んだ魚の目になるところ…。
「まあとにかくいつも通りの練習よ、ルーからは聞いてるから、水の魔法、維持から始めて頂戴」
一瞬不満そうな顔を見せるが、それを見て取った母様な氷点下の笑顔を見て取り背筋を伸ばし、一瞬ワシの方を見たリーナは。
「水よ!」
力強く唱えると母様の時と同様、今回は掌を前面に押し出してはいたが、その先にこぶし大の水が出現する。
「あだだー!(すげぇー!)」
母様の魔法を見せられてから何度か自分でも試してきたのじゃが、一度も成功したためしがないワシからすれば成功させるだけで尊敬に値する。
ワシのリアクションを見て得意そうな顔を浮かべるリーナを手放しで称賛しようではないか!伝わらないけど!
これなら母様も褒めるだろうと母様に視線を向け…、ワシ硬直。
「あらあら…まあまあ…」
母様、今日一の氷点下アルカイックスマイルである。
え?なんで?成功したじゃろ?
同様の反応をしたリーナに母様は表情の温度を変えずに「リーナ?聞きたいことがあるのだけれど……」と凄む。
「な…、なんでしょうか叔母さん?」
「ルーはあなたに基礎訓練を無詠唱で行うよう指導しているのかしら?」
リーナ再度のビクッ。
ん?今の無詠唱なのかの?
「い…言われてないです…」
「あらー、それは良かったわ、もしそう教えていたなら私からルーにお話する必要があったから…、じゃあなんで無詠唱で魔法を使ったのかしら?」
言われて気まずそうに視線を背けながら「…イに、いいとこ見せ…かったから…」と小声で答える。
「なんて?」
「むぅー!レイにいいところを見せたかったから!だよ!」
あ、拗ねた、まあこの辺りは見たままの子供らしさじゃのう。
「全く…、レイ君にいいところを見せたいのは分かるけど…解り過ぎるくらいだけれど、それだと基礎訓練の意味がないでしょう?ルーはなんて言っていたの?」
「…母さんは魔力のコントロールが甘い時期は、その感覚を覚えるまでは詠唱ありで唱えないとダメって…」
「正解よ、私から見てもコントロールにまだまだムラがあるわ、コップ一杯の水にコップ三杯の魔力を使っているようなら無詠唱はまだまだ早いわね」
なんと、見ただけでそのあたりまでわかるとは、これは母様が凄いのかエルフが凄いのか、それともこの世界ではこの辺り常識なのかのう?
バツの悪そうな顔をしているが反論しないあたりリーナもその自覚はあるという事か…。
「さ、わかっているなら次はちゃんとやってみて?」
「……わかった」
拗ねた態度を正し、気を取り直して両手を前方にかざすと一瞬目を閉じる。
「恵みの水よ、我らが渇きを癒したまえ!水よ!」
先ほど同様リーナのかざした掌の前方にこぶし大の水の塊が出現する。
おお!詠唱してもしなくても結果は変わらないというのに母様から見れば一目瞭然ということか!これは奥が深いのう!
実際母様の顔を伺っても今回は満足そうに頷くばかりである、魔法の奥の深さに脱帽するばかりである。
「それじゃあその水をいつも通りにね、時間はそうね…三十秒程維持で」
「いつもの三倍!?うぅ…解ったよぅ、球!」
リーナが唱えると不定形にフヨフヨと浮いていた水が球状に変化する。
フムフム、魔法で生み出したものに後付けで変化を促すことができる、という事かの。
感心してキラキラ目で眺めるワシを優しくなでる母様、「うふふ、レイはやっぱり魔法が好きみたいねぇ」とワシ以上にご満悦である。
うーむ、しかしいつも母様が使っていたのは無詠唱じゃったとは……ということはワシも詠唱すれば魔法が使えるのでは?
「あだだだ!あだだだだだーだ!あぶぶー!」
ハハハ!なーんてのう!そんな簡単に魔法が使えるわけ…が…。
詠唱から魔法を唱え切り、なんてことを考えていた瞬間。
一瞬意識が途絶えた。
そして意識が回復するとそこには、空き地一帯を埋め尽くすほどの水の塊が上空に浮かんでいた。
「っ!風よ!逆巻け!」
一瞬あっけにとられた表情を浮かべた母様がとっさに魔法を発動させると突風が発生し、落下寸前だった水が上空に運ばれ、渦巻く風に乗って散り散りに拡散されていった。
その様子を呆気に取られて眺めていたワシじゃが……「…オギャァー!オギャァー!」と驚きから自制が効かず自然と泣き出してしまった。
え!?なに!?今のワシがやったの!?
「あー、よしよし!びっくりしたのねレイ君!大丈夫よ!何にも危ない事なんてないでしゅからねー?」
ワシをあやすために体ごと左右に揺らしながら頭を撫でてくれる母様、それでも混乱が収まらないワシは泣き止むどころではない。
「お…叔母さん?今のもしかしてレイ…が?」
呆然とワシを眺めるリーナ、先ほどの事態に保っていた水球を落としてしまったようで足元には小さなぬかるみができておるようじゃ。
「んー、そうねぇ、確かにレイ君から魔力が放出されていたようだし、天才なのかもしれないわ」
誇らしげな笑顔をリーナに向けるが、それでもリーナの表情は戻らない。
おお!母様の反応を見る限り才能があれば起こっても不思議はないのじゃな!いやー!もしかしてやらかしてしまったのかと…。
「叔母様…確か魔法って、詠唱の意味を正しく理解してないと、発動しないんじゃ……」
……
やっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
やらかし!完全なやらかし!どこに齢一歳未満で詠唱の正しい意味を理解している赤子がいると!これ完全に両親に不審がられる奴じゃ!
本気で泣きたい気持ちになったためにさらにワシの泣き声が加速するも、母様は優しくあやし続けながら。
「あら?ルーから例外の話は聞いていないかしら?まあかなり稀な話だからあの子が話してなくても仕方ないかもしれないわね」
ん?例外?確かにあからさまに不審な事態にもかかわらず母様の対応は一切変わらず、むしろより誇らしげな表情を向けているように見えるが……。
「例外?解ってなくても魔法を使える人がいるの?」
「ええ、百年に一度生まれるかどうかと言われてるらしいのだけど、妖精に愛されし者という存在がいるらしいわ」
「妖精に…愛されし者?」
「ええ、誰も見たことはないけれど、確かにいると伝えられている妖精、その妖精に愛されたものは生まれた直後でも魔法が使えると言い伝えられているわ」
まあ、正確には使えるというより妖精が悪戯で魔法を発現しているらしいのだけれどと補足する母様。
「要は魔法が使えない者が使いたいと願った時、妖精が代わりに発現してくれるらしいのよ、そして妖精に愛されし者は将来大成するだろうと言われているそうよ」
……
危ねぇぇぇぇぇぇ!妖精さんナイスじゃぁぁぁぁぁぁ!全然見えないし感じないけどセェェェェェフ!
「そんな人がいるんだ…帰ったら母さんに聞いてみるね!レイ凄いじゃない!」
満面の笑みを浮かべてワシと母様に駆け寄ってくるリーナじゃが、安堵からか泣き止むと妙に眠気が……。
「あらあら、ごめんなさいリーナ、レイ君初めて魔力を使ったせいか加減ができなかったみたいで、気絶しそうになっちゃってるみたいだわ」
「え!?大丈夫なの!?魔力欠乏で体壊さない!?」
あー……、これは眠気ではなくて単純に意識が落ちそうになっとるのか……。
ただ気になるワードが聞こえてきたため気合で意識を保ちつつ話に耳を傾ける。
「魔法を使ってすぐ意識を完全に失わなかったみたいだから大丈夫よ、ただ、ちゃんとベッドで寝かせてあげないと可哀そうだから、申し訳ないのだけどレイ君をベッドに連れていくまで一人で続きをしててくれるかしら?」
「うぅ…、私もついていきたいけど分かった、さぼらないでやっておく。レイ?無理しちゃだめだからね?」
優しくワシの頭を撫でると先ほどまで練習していた位置に戻り再び練習を始めるリーナ、その姿を確認した後、ワシは意識を手放した。
#####
……、んん、むぅ、ここは?
気が付くといつも寝ているベッドの上じゃった、あたりはすっかり暗くなっているようで薄く空いた窓から入ってくるのは月明かり、扉の付近で音がしたので目を向けると丁度母様が入ってきたところじゃった。
「あら、レイ君。目が覚めたのね?」
ワシが目覚めている様子を確認した母様は安心した様に息を付き、入り口付近のろうそくに火をつけ、ベッドサイドまで近づいてきた。
「初めて魔力を使って疲れちゃったみたいね?もうすっかり夜遅くだからお腹空いたでしょう?」
優しくワシを抱き上げると胸元をはだけて授乳の用意を始めてくれる母様。
うむ、確かに滅茶苦茶お腹が空いておる。
ワシが気を失ったのが昼前だったので、都合二食抜いていると考えると妥当じゃのう、相変わらず授乳に抵抗はあるが今回ばかりはワシも一切の遠慮をせずにお乳をいただく。
「うふふ、とってもお腹が空いていたのね?いっぱい召し上がれ」
優しく頭を撫でてくれる母様じゃったが少し真剣な表情になり。
「わかってくれるかは分からないけど、レイ君、、今回みたいなことがあるとお母さん心配だから、もう魔法は使っちゃ駄目ですよ?」
撫でていた手を止めて額をツンツンして来る母様、わかっております母様、今回の件で魔力のコントロールが大事なことだと身を染みて理解したですじゃ。
今思うと魔法を使った直後に一瞬意識を失ったのは無意識のうちにこれ以上魔力を使うと危ない、と体が強制的にストップをかけたという事じゃろう。
そりゃ基礎がしっかりしていなければ危なっかしくて子供に無詠唱で唱えることを禁じるわけである。
そう考えるとリーナはそれなりにコントロールが効く方じゃったのじゃな、ワシもリーナと同じ程度の水を出すつもりじゃったのじゃが、結果は数十倍の量じゃったからの。
だが一度魔法を使ったからか自分の体の中を流れる魔力を感じ取ることができるようにはなった。
まあ母様の言いつけを破るつもりはないのでしばらくはこの感覚をしっかり感じ取れることに集中するに留めておくがの。
魔法の練習は母様に許してもらってからじゃ。
決意を込めて母様の目を見つめ返す、まあお乳をいただきながらじゃから随分と締まらんが。
「うふふ、レイ君は賢いから今ので解ってくれたかしら?ほらほら、まだまだたくさん飲みなさい?」
おでこツンツンをやめて再び優しくなでてくれる母様、するとまた扉が開き今度はそこから父様が顔を出した。
「あ!?レイが起きたのかい!?大丈夫!?」
心配した顔で駆け寄ってくる父様を母様がたしなめるように厳しい顔を向ける。
「もう!あなたったら!レイ君がビックリしちゃうでしょ?元気にお乳を飲んでるから大丈夫よ!」
「そ、そうは言っても魔力欠乏の心配はないのかい?俺はもう心配で心配で!」
「あなたが帰ってきた時にも説明したじゃない…?すぐに意識を失わなかったって事は魔力を使い切ったわけじゃないの、大人しくしてないと締め出すわよ?リーナももう寝てるんだから」
「う…うむ、わかったが、やっぱり心配なんだよ…」
バツが悪そうに頭をかきながら近づいてくると、ワシの顔をのぞき込む。
すると心配に染まっていた表情がフッと和らぐ。
「フフフッ、確かに、これだけ元気にお乳を飲んでいるなら大丈夫そうだね。」
「もう!あなたったらあんまりジロジロ見ないで!これでもちょっと恥ずかしいんだから!」
授乳中の姿に若干の恥じらいを覚えるのか、少し拗ねた様子で父様から身を隠すように体を背ける母様。
母様、ワシ的にそのリアクションエモポイント高いですじゃ。
「アハハッ!すまないすまない、でもレイが心配だったから、さ」
「もう、そういわれると何も言えないじゃないですか…」
拗ねた表情で恨めし気に父様を睨む母様、なんじゃろう、我が両親ながらリア充爆発しろと言いたくなるほどのこの惚気っぷりは……。
甘ったるい空気じゃったが、父様の表情が変わる。
「それで、もう本当に大丈夫なのかい?レイは」
「ええ、目を覚ましてお乳を飲んでるってことは何も問題はないわ、一度魔法を使ったから魔力の感覚はつかんだと思うし、今後同じことが起こることもないと思う、それに…」
満面の笑顔をワシに向けながら「さっき母さんと約束したものね?レイ君?もう魔法は使わないって」と頭を撫でてくれる。
「あうー」
返事のために一旦乳房から口を放し、一声鳴くと再度食事を再開する。
「はぁー、本当に返事したみたいだね、うんうん、レイは頭のいい子だな!」
優し気な笑みを浮かべ頭を撫でてくれる父様、少しばかり今回の件で疑いをもたれるかもと心配しておったが、どうやら杞憂だったようじゃ。
前世に引き続き、ワシの両親はとてもいい人達だったようじゃ。
満腹感と安心感からか、長時間眠っていたはずじゃったが急激な眠気に襲われ口を放すと船をこぎだすワシ。
「うふふ、おなか一杯になって眠くなっちゃったかしら?さぁ、ゆっくりお休みなさい?」
眠気を促進するように体を前後に揺らされる、抵抗する気もないワシはゆっくりと意識を手放しながら……。
「明日はあなたの誕生日よ?ゆっくりと眠って、また私たちに元気な姿を見せてね?」
#####
気が付けば、ワシは前後左右どころか三百六十度真っ白い空間におった。
部屋とも呼べない、見渡す限りの白一色の空間。
意識は妙にさえていた、母様に抱かれ眠りについた様子は今でも記憶に色濃く残っている、次に目を覚ませばいつも通りのベビーベッドそう思っておったのに。
意識はしっかりしておる……。視界も……ある、はずじゃな?ここは一体……?
困惑しておっても始まらない、現状を把握するために全力で思考する。
ワシは塩川剛一であり、転生してレイ・オルコットとして産まれた、ここまではいいじゃろう。
そして誕生日の前日に母様に寝かしつけられた、そして気が付けばこの空間に……。
『聞こえ……ま…すか?』
その時、声を聞くというよりもダイレクトに感じる音声を感じた。
『今…、貴方の魂に…直接……話しかけて……います……』
こ奴!直接魂に…じゃと!?
『ファミ〇キ買ってきてください』
……は?
『……むぅ、滑りましたか、貴方の前世ではこういうのがテンプレと呼ばれていると調査していたのですが…どうやら奥が深いようですね、勉強になります』
……えーと、確かにそういうテンプレがあったとは思うが…、それはテンプレとわかる展開でのみネタとなるというか…。
『そうなのですか?「こ奴!直接魂に…じゃと!?」と返ってきたので成立したと思ったのですが、やはり私には難しいようですね、ではこのままではお話しづらいでしょうから、ちょっと空間をいじりますね』
そういってきたかと思うと、白一色だった空間が一変する。
白一色の何もない空間に四角い輪郭が付き、様々な機材であふれかえる、一言で表すならばアニメなどでよくみた作戦室。
数多くのモニターを背に、中央に置かれた机に鎮座した女性が一人。
「初めまして、私はエンジュと申します、貴方たちが『神』と定義する存在です」
ネタか本気か分らない自己紹介をする女性、エンジュがそこにいた。




