ワシの名は
ワシの名は塩川剛一、何の因果か現代日本で生を終えたかと思えば、異世界に転生しておった。
今世にて生を受け、前世でいうと半年が経過した。
トレーニングの成果は上々であり、ハイハイはもちろんのことつかまり立ちまでは出来るようになった。
もうしばらくしたら立って歩けるようになるじゃろう。
しかし問題も同時に発生した。
まず最初に生じた問題はトレーニング開始の翌日じゃった、赤ん坊の体で筋トレを行ったらどうなるかを身をもって味わうこととなった。
筋肉痛で死にかけるなど、考えたこともなかったわぃ……
ブレストレーニングと合わせて全身の筋肉に力を入れるだけでも、未発達の赤ん坊の体では相当な重労働であり、翌日の朝に襲ってきた筋肉痛により文字通り指一本動かせなくなってしまった。
排便や授乳も精神的にではなく肉体的に困難となったため、割と真剣に生命の危機を感じたわぃ。
しかしそこは育ち盛りの赤ん坊の体であり、初日を超えると日ごとに力がついていくことが実感できるほどじゃった。
そしてトレーニングを続けた結果に第二の問題が生じた。
筋肉ムキムキ、マッチョマンの赤ん坊状態になりかかったのじゃ。
鍛え初めて成長を実感し始めたころ、母様がワシを抱き上げる度に首をかしげながら体をさするようになり始めた時からマズイかもとは思い始めておった。
首が座り、自分の体を確認できるようになってその危機感は確信に変わった、ワシ氏、赤ん坊にしては体が締まりすぎである。
ここで流石にこのまま続けていけば、マジで筋肉ムキムキの赤子になってしまうとトレーニング方法の改善を余儀なくされてしまった……。
見た目で筋肉がついているとわかるトレーニングを禁止した今、ワシが行っているのは捩じりトレーニングである。
ある程度体を動かせるほど筋肉がついたために行えるようになったが、このトレーニングは内捩筋、俗にいうインナーマッスルを鍛えることに長けているトレーニングであり、外側の目に見える部分以外の筋肉を鍛えられるためこれ以上両親に不審がられることは避けられるはずじゃ。
身体能力の向上は今のところ、不満も不安もなく予定以上に進展しておる。
そして半年も経過したならば、他にも様々な面で進展が見られた、その中で一番の進展といえば……
「おはよう、レイ」
朝の挨拶とともに母様がベッドの上からのぞき込んできた。
そう、一番の進展とはある程度の言葉がわかるようになったこと、そして今世でのワシの名前が分かった事である。
流石に日常会話がすべて聞き取れるレベルまで理解できてはおらんが、挨拶や食事、排泄などの単語は基本的に同じタイミングで使われるため認識できるようになった。
まあ恐らくそうだろうというだけであり、まだ間違っている可能性もあるがの。
それでも自分の名前が『レイ』という事だけは間違いないじゃろう。
「もうすぐご飯の時間だから、それまではいい子でいてね?」
微笑み、ワシの頭を優しくなでるとそう言い残して母様は部屋を出ていった。
自分の名前が解ると共に、父様と母様の名前もある程度判別できるようになった。
父様の名は「レオ」、母様の名は「ルイ」というようじゃ(愛称、略称でなければじゃが)。
両親の名前が解ったのも、半年の間に来客が何度かあったためじゃ。
生後1月程で最初の来客があり、どうやら母様の家族のようであった。
母様と同じく耳が長く、上先端がとがっていたのと、母様との距離感からそのように感じた。
父様との仲も良好に見えたので、家族間で問題はなさそうと安心したものじゃ。
赤ん坊に興味があったのか、10歳くらいの女の子が何度もワシをのぞき込んでいたのも印象的じゃったの、恐らく従妹にあたるのじゃろうが、「リーナ」と呼ばれておったの。
次の来客は父様の友人と思しき男性2人組じゃった。
服装や雰囲気から恐らく傭兵か何かに見えたが、もしかするとこの世界なら冒険者というものがリアルで存在するかとちょっとドキドキしたものじゃった。
ワシのことを抱き上げようとした時に母様が笑顔で止め、ドアの外を指さして何か呟くと二人は驚くほどの機敏さで外へ駆け出したときは母様は怒らせてはならない、と深く心に刻まれた。
その後服装から何から小奇麗になって出直してきた二人を見てようやく母様からの承認を得たのか、男性二人はおっかなびっくり、父様に進められてワシを交互に抱き上げた。
中肉中背で、ちゃんと身なりを整えればイケメンなのに、髪型やら髭やら服装やらに頓着がなさ過ぎて野暮ったく見える30代後半と思しき男性が「ヘイム」
ずんぐりむっくり、というか低身長で肥満気味の40代後半から50代前半に見える、髭やら眉毛やらがやたらと主張している男性が「ガド」と呼ばれておった。
二人とも交互にワシを抱き上げながら、父様に向けて軽口らしきものを言っては母様に笑顔で威圧されておった。
最後にあった、村人以外での来客はひと月前じゃった。
今まで見た中では一番身なりが良く、「これもしかして、貴族ってやつじゃないかの?」と思える空気を身にまとった男じゃった。
というか召使らしき男性が伴っておったから、少なくとも地位が高い人物ではあるじゃろう。
その人物、父様が「パリス」と呼ぶ男性は、40代半ば程度に見え、目を引くような艶やかな金髪をオールバックにまとめており、目つきや表情はとても穏やかながらも気品といえるような空気をまとった、絵にかいたような温和な貴族様であった。
服装は旅用に仕立てたような身軽に動ける、そのうえで嫌味にならない程度に質が良いと見て取れるものを身にまとっており、どうやら少し離れたところに住んでいると見受けられる。
父様が畏まった態度で対応するものの、変に威張る様子もなく親し気な様子で父様の肩を叩き、純粋に祝福しているように見えた。
実際父様も最初は畏まっていたものの、徐々に態度を崩し始め、尊敬する兄弟のように接し始めた。
母様は少し緊張した様子で自己紹介のようなものをしていたので、恐らく初対面じゃったのじゃろう。
父様の上司か何かかの?
そんなこんなの来客があったため、父様と母様の名前が解ったわけである。
お互いが呼び合う際ならもしかすると名前ではなく「おまえ」とか「旦那様」とかで呼んでいる可能性があったが、友人知人ならば恐らく名前で呼び合うはずなので確信するに至った。
父様「レオ」
母様「ルイ」
ワシ「レイ」
そして我が一家は「オルコット」の姓をいただいているらしいので、今世のワシの名は「レイ・オルコット」ということになる。
母様の自己紹介と、パリスさんがワシのことを抱き上げながらそう言っていたので間違いないじゃろう。
そして最近では、母様に抱っこされて家の外の散歩にも連れ出してもらえるようになった。
ワシら一家が住んでいるのは森の中の少し規模の大きな村という様子じゃった。
そしてそこに住む人々をみて流石に確信した、皆母様と同じく耳が長く、上先端がとがっていたためじゃ。
どうやら、ここはエルフの村のようである。
森の中にある集落で、全員が同じ種族と思われるならもう確定じゃろうて。
普通の人間らしき人物は父様以外はおらず、おそらく父様が母様と結婚したためにこの村に移り住むこととなったのじゃろう。
父様も一緒に散歩に出た際に、特に村人たちから疎まれるなどの様子もなく親しげに会話していたため、村の中での関係もおおむね良好と見て取れた。
種族間の諍いなども特にない世界なのかもしれんのう。
村の中央と思しき場所には高さ3メートルほどの棒の先端に水晶のような球体がつけられたものが設置されていた。
いろんな角度から見ることができるそれは、どの角度から見ても同じものを見ることができた。
それは前世の時計と酷似していた。
円形に文字が並んでおり、それを針が指示していたのじゃ。
違うところは針が一つしかなく、円形に並んでいる文字が12個ではなく20個であった点じゃ。
この世界の時間の感覚の一端を知ることができたといえるじゃろう。
自分の名前、時間の感覚、この世界で必要と思われるピースが徐々に揃いつつある。
着々とマッチョに近づいていく塩川さん改めレイ君、今後も彼のトレーニング続いていきます!




