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シェーラーズの出入り口の外には一人の男が立っていた。30代前半の細身で長身の男。優しそうな整った顔立ちに柔らかく外受けのよさそうな作り笑いを備えて眼鏡をかけた男。
男は少し離れたところに立っていた。だがテオはあえて詰めようとはせずにそのまま話しかけた。
「あんたどっかで見た顔だな。どこかで会ったか?」
「いいえ、私はあなたと直接会うのは初めてのはずですよ」
男はすでに隠すつもりもない様子だった。
テオにとって冷めたフライドポテトを連想させる魔力の臭い。テオと直接会うのは初めてだと言ったこと。間違いなくこの男こそミアを狙っている張本人。
しかしテオは初対面のこの男をどこかで見たことがあった。それが街中だったのかゴミの中だったのかテレビ画面かはたまた紙面上か。
「そうか・・・あんた政治家か。確か『国民みんなの明日のために』だっけか」
テオは幾度となくこの男の顔を見たことがあった。テレビ画面で電子ニュースの画像で選挙ポスターで。
「よくご存知ですね。リアムの方々は私たちのことなど興味はないのだと思っていたのですが」
もちろん政治家になど興味などありはしない。リアムが政治家に対し抱く感情など憎しみだけで充分だった。
「あんだけうるさくポスター並べられてちゃ嫌でも覚えるよ。確か名前は」
「ゲオルク・バーナー」
テオが答えるよりも先に男の名前を言い当てたのはブルクハルトだった。
「久しぶりですね。『稲妻の拳』」
「こうして直接会うのは20年ぶりか?『土人形芸術家』」
親しげな会話とは裏腹にブルクハルトの表情は苦渋の顔を浮かべている。
テオはどういうことかとブルクハルトに疑問の視線を投げる。
「こいつの名前はゲオルク・バーナーお前も知ってる通り現魔法議会員、政治家だよ。オレとは大学時代の同期でな、同じ研究室に所属してたんだ」
同じ研究室、ということはブルクハルトもこの男やミアの父のように錬金術の研究をしていたということなのだろうか?テオの頭の中には多くの疑問が浮かんだが今はそんなものはどうでもよかった。
テオは頭の中をよぎる疑問たちを追い出しゲオルクへと向き直る。
「それで、あんたは何しにここに来たんだよ?オレを殺しに来たのか?」
敵意剥き出しで戦闘態勢をとるテオの発言に大してもゲオルクは作り笑顔を崩そうとはしない。
突然の殺伐とした発言にブルクハルトは驚きを隠せないで居るがテオは今はパニックになる父に構っている余裕などない。
「テオさん、そんなに殺気立たないで下さい。私はここにミアさんを迎えに来ただけなのです」
ゲオルクの余りにも堂々とした発言にテオは唖然とするが気を引き締めなおし相対する。
「正面切って頼めば素直に渡すとでも思ってんのか、だっせえ。そんなもんノーに決まってんだろ」
出来るだけ相手の感情を荒立てるように、平静を乱すようにテオは答える。しかしテオの答えなどゲオルクは初めから耳に入れるつもりもない。
「何か勘違いをしているようですね。私はお願いに来ているのではないのですよ?ミアさんが私とともに来る、このことは決定事項なのです」
決して自分のペースを乱さないゲオルクにテオの方が我慢が出来なかった。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!ミアはてめえのもんじゃねえんだよ!」
テオは即座にその場を蹴り出しゲオルクに殴りかかった。
しかし、その拳がゲオルクまで至ることはない。その前に立ちはだかったのはなんと父のブルクハルトだった。
「親父?あんた何のつもりだよ!何でこっち向いて立ってんだよ!」
「待ってくれ、待ってくれテオ・・・」
テオの悲痛な叫びに対しブルクハルトも震える声で答えた。
そのブルクハルトの向こう側、ゲオルクの足元から1体のゴーレムが姿を現す。
まさかのブルクハルトの妨害にどうすることも出来ないテオはその1体のゴーレムに目を奪われた。
「マルクス!?」
現れたゴーレムが立ち上がるとその中からテオの弟マルクスが姿を現した。だが、マルクスは何も話さずゲオルクの隣に並ぶ。
「何してんだよ、マルクス!お前母さんも親父もめちゃくちゃ心配してたんだぞ!早く帰って来いよ!」
「ごめんね、兄さん。僕はまだ帰れないや。でもちゃんと帰るから、母さんにも心配しないでって伝えといて」
マルクスの言葉は本人の意思だった。洗脳魔術でもなければ偽者が喋っているわけでもない、間違いなくマルクス本人の意思だった。
展開の早さにテオの頭は完全についていけなくなっていた。襲撃犯本人の登場、父親による妨害、弟の懐柔。それでもテオの中でミアを守らなければという思いは変わらなかった。むしろゲオルクにミアを渡すことでさらによくないことが起きる気がしてならなかった。
しかし、そんな思いさえも壊しにかかる言葉を父親の口から聞かされる。
「なあテオ、もし、もしだぞ・・・あと少し、たった一人の協力があればこの世からリアムがいなくなるとしたらその一人に協力を強要することは悪いことか?」
テオはこのとき初めて父親の揺れる瞳を目にした。自分で自分の発言に自信が持てないのだ。
「あの子は、マルクスは悩んでたんだよ。自分がリアムとして生まれたことを。自分のせいでオレたちに迷惑かけてるんじゃないかって。でもさ、もしこれであいつが魔法が魔術が使えるようになればさ、あいつだって羽伸ばして胸張って思うように生きれるようになるんだよ。だからさ、ミアちゃんに協力してもらおう」
ブルクハルトは揺れる瞳で弱弱しい足取りでテオに近づくと胸倉を掴んで物乞いでもするようにテオにすがった。そんな父親の姿をテオは見たくなんてなかった。それでもその姿はテオの心を揺らすには充分なものだった。
テオだって自分の弟がいつかゴミ溜めに捨てられ腐っていく姿なんて見たくはない。それでもそのためにミアの命を犠牲にすることなんてよしとは出来ない。
「何をそんなに悩むことがあるのでしょうか?私の理論は完璧なのです。あとはミアさん『全能の魔女』という部品さえあればマルクスさんも魔術師の一員になれるのです」
「だからって人1人の命を犠牲に出来るかよ!」
咄嗟に怒声が飛び出す。ゲオルクやブルクハルトからすればどうでもいい他人の命なのかもしれない、だがテオにとってはすでにどうでもいい他人などではなくなっていたのだと気付かされる。
「人?何か勘違いをしているようですね。彼女は錬金術師アロイス・ライデンベルクとミカエラ・ライデンベルクが練成した『人造人間』、ゴーレム同様物ですよ」
『ミアがゴーレムと同じ作り物?』
テオの頭はフリーズを起こす。テオには信じることなど出来ない話だった。
テオは知っている。ミアがカレーが得意料理であることを、ミアが捻りの利いた言い回しが苦手なことを、ミアが誰かのために怒れることを、ミアがたくさんの表情を見せることを、ミアが他人のために何かしたいと思えることを。たった3日足らずの思い出だがその全てがミアは一人の人間の女の子なのだとテオに確信させる。
だからこそゲオルクの話は嘘だと、ブルクハルトとマルクスはだまされているのだと確信した。
それならば、ブルクハルトを倒してでもゲオルクを捕らえる。気絶させてでもマルクスはレオナの元へ帰す。その上でリアムであっても笑ってすごせる未来はみんなで考える。テオはそう決意し拳を固めた。
「テオ」
テオが『ミアは渡さない』そう叫ぼうとした瞬間呼び止められた。
すでにテオの耳によく馴染んだ声上からな言葉遣いに愛想のない話し方、振り返るとミアがドアから一歩踏み出す姿が目に入った。
「ミア、お前なんで出てきたんだよ。オレはまだ呼んでないだろ?」
「わかっている。だが、もうあなたに助けてもらう必要はなくなったのだ」
ミアは笑顔でそう答えた。寂しそうな何かを諦めたようなでもさっぱりとした笑顔。
その笑顔を前にテオは何も言い返すことが出来なかった。心の中に渦巻いていた多くの感情は根こそぎ奪われてしまった。
口をぱくぱくとさせるだけで声の出ないテオにミアは続けて話す。
「彼の言っていることは本当だ。私は『人造人間』作り物だ。あなたにはたくさん迷惑をかけたのにこんなことになって本当にすまない。だが、わかったのだ。私のような作り物の命で多くの人間の運命を救うことこそ、私の生まれた意味なのだと。だから悲しまないでくれ。生まれた意味を知れたのだ、私はもう大丈夫だ」
テオに返せる言葉など何もなかった。
その場から一歩も動くことは出来ず、ただゲオルクとともに去っていくミアを見つめることしか出来なかった。




