4-1
ミアがゲオルクとともに去り1時間が過ぎた。
テオは未だに立ち尽くしたまま動けずに居た。信じがたい事実に頭は真っ白に心は空っぽになっていた。ミア本人がゲオルクとともに行くことを選んでしまったのだ、もうテオには手の打ち様がなかった。
呆然と立ったまま気絶でもしているかのようになっていたテオの目を覚まさせたのは強烈な平手打ちだった。
バチン!という音とともに視界にフラッシュが走り脳が大きく揺れた。
「いってぇ!いきなり何すんだよ!」
「あ、直った。叩いて直るとか古い魔導機みたいね」
あははとあっけらかんとした笑い声をあげるレオナの姿がそこにはあった。
周囲を見渡せば入り口そばに目をチカチカさせたブルクハルトの姿もあった。きっと同じ一撃を喰らったに違いない。
「全く、男二人が揃って無様なもんね。さあ、一体どういうことになってんのか説明して頂戴」
手を腰に当て胸を張る母を前に親子揃って蛇に睨まれた蛙、保護者会を前にした教師のようになっていた。
腕組みに仁王立ちのレオナの前に正座させられたブルクハルトが事の経緯を説明した。
ゲオルクがマルクスに声をかけ研究室に連れ込んでいたこと、ブルクハルトはマルクスのためを思いゲオルクの研究に賛同したこと、ゲオルクの研究の全貌について、ミアが『人造人間』であること、そしてミアが自らゲオルクの研究に協力することを決めたこと。
テオはその説明が耳に入らないように部屋の片隅で膝を抱え小さく丸まっていた。
頭の中では今でも遠ざかるミアの背中がエンドレスで再生されている。助けようと、救おうと、守ろうとして伸ばした手は払われたのだ。それもミア自身の意思と言葉によって。
テオは次に踏み出す1歩を見失った。前か後ろかそれとも右か左かはたまた上なのか下なのか。どこを向いても広がるのは暗闇のみ、たった1雫の光も見つけられない。
テオは考えるのに疲れて悩むのに疲れて恨むのに疲れて暗闇の中目を瞑ろうとした。
パンッ!
乾いた音が部屋に響きジンとした痛みが頬に残った。
テオは目を開き頬に触れ残った熱を感じて初めて自分が叩かれたことに気が付いた。視線を泳がせるとよく見知った顔に出会う。
「なんだ、母さんか・・・」
テオはまた膝を抱え視線を伏せた。
レオナは俯くテオの顔を両手の平でがっちり捕まえると力尽くで目を合わせる。
「諦めるの?」
力強く圧力ある瞳が心を見透かし、貫通力のある重い言葉が胸を抉る。
「諦めるの?」
また、今度はさらに力を持った声をテオに浴びせる。
「諦めたんじゃねえよ。受け入れたんだよ。ミアがこれが自分の生まれた意味だって言ったんだよ。だからオレはそれを認めて受け入れたんだよ」
口先から出た言葉だった。ただ全く本心のこもっていない言葉でもなかった。『ミアが納得した理由があるなら自分はそれを受け入れなくてはいけない』そう自分に強く言い聞かせたかった。
目を逸らして答えたテオの言葉をレオナは見下し鼻先で『ふ~ん』と馬鹿にする。
「だっさ」
「はあ?」
レオナの罵倒は明確に発音されていた。だが今のテオを非難する言葉をテオは聞き入れる気にはなれなかった。
掴みかかるほどに頭に血が上るテオに対し、レオナは冷ややかにだがより苛烈に罵倒を続ける。
「だっさ。本当にださいわあんた。それで、私の真似でもしたつもり?大人にでもなったつもり?もしそうなら100万倍ださいわ」
レオナの冷たい目はさらにテオの心を刺激しテオをヒートアップさせる。
「だったらどうしろってんだよ!オレがどれだけあいつと一緒に居たいと思ったって、あいつ自身が他のことを望むならそんなの諦めるしかねえじゃねえかよ!」
「それが選択肢のない望みだったとしても?」
「え?」
柔らかいいつものレオナの声にテオは瞬時に落ち着いた。レオナの胸を叩く両手からも表情からも力が抜ける。
「テオ、いつだって相手の望みどおりにしてあげることが優しさじゃないのよ。時には自分の思いを相手に押し付けることだって必要なの。結果その他人のわがままのために助けられることだってあるし、言葉に出来なかったり自分でも気付いてなかった願いを叶えられることだってある」
レオナは呆然とするテオをその胸に抱き寄せる。
「私はねどれだけ離れて暮らしてたとしても、ずっとテオのことを見続けてきたわ。だからね、何も言わなくたってわかることはたくさんあるわ。でもね皆が皆そうじゃないの。誰が何を思って何を考えているのか、誰のために何を望んでいるのか。言葉にしなきゃ伝わらないことばかり。もちろん、伝えた言葉が全部正解なんてありえない。だけどたくさんの失敗を重ねながら皆自分と他人の距離を縮めていくの」
テオを抱きしめる腕にぎゅっと力がこもるとレオナはテオを放し近く目を見つめた。
「あなたはどうしたいの?」
真っ直ぐにレオナの澄んだ瞳が見つめてくる。心に築く防壁など全て無視してテオの心の奥深く丁寧に仕舞いこんだ気持ちを引っ張り出す。
「オレは・・・オレはミアを手放したくない。彼女がオレにとって何なのかそれはわからないけど、だけどオレは彼女と一緒に居たい!」
テオの言葉を聞き入れるとレオナは少し寂しそうな顔をした後いつも以上の明るい笑みをテオに向けた。
「そ、ならまずは彼女と・・・・・あなたのことを知らないとね」
「ミアと・・・オレ?」
レオナはそう言うとポケットから1枚の紙と1本の鍵を取り出しテオに手渡す。
「何だよこれ?」
「ミアちゃんはきっとゲオルクからは逃れられないと思っていたのでしょうね。それはあなたに向けて彼女が残した物よ」
顎でほらと合図するレオナに促されテオは手紙を開く。
『テオへ
まず初めにあなたには謝らなければならない。あなたは私のことを何一つ知らなかったのだろうが私はあなたのことを多く知っていた。それこそ生まれた瞬間から全てを。
私にはあなたに話すべきことが多くあった、しかしそれを知ったときあなたが変わってしまうことを恐れてしまった。それ故に言葉にすることが出来なかった。許してほしい。
それでもあなたには私と私の父について、そしてあなたの能力について知ってもらいたい。どうか私のわがままを聞いてくれないか。
ミア・ライデンベルクより』
テオは手紙に目を通すともう一度鍵を見る。
魔力感知式のカードキー。持ち主の魔力を注いだキーをリーダーに通すことでキーの使用者を認識し開錠するタイプ。キーにはすでにミアが魔力を注いでいるようでキーからはミアの魔力の香りがした。たったこれだけのことがテオを嬉しくさせた。
「でもこの鍵どこに使うんだ?」
ブルクハルトが正座したままもっともな質問を口にした。
その質問に対しレオナはテオの持つ鍵を奪い地面に魔術式を描き始める。
「もちろん、これから見つけるのよ」
「ちょっと待て!お前は今日は魔力を使い過ぎてる!これ以上無理をされたら」
ブルクハルトは思わず正座から飛び起きレオナを止めにかかったが、レオナはこれを視線で釘付けにする。
「こうなったのだって私たちにも原因はあるのよ。マルクスのことだって本当は私たち親が何とかしなきゃいけないんじゃないの?誰かに助けを求める前に誰かの甘い言葉に乗る前にまずは私たちが死に物狂いになってあの子の手助けをしなきゃいけなかったんじゃないの!?魔法が使えなくたって幸せな人生を送れるように私たちがあの子の居場所になってあげなきゃいけなかったんじゃないの!?」
レオナの叫びにブルクハルトは俯くことしかできなかった。
言葉が途切れると同時に魔術式は完成する。レオナはその中央にキーを置くと術式の外に立ち両手を構える。
「私たちだって間違えることはある。でも大事なのは間違えた後どうするか、でしょ?ならテオの前でダサい姿なんて見せられないでしょ?」
魔術式に魔力を込めるレオナは悪戯っぽくブルクハルトに笑いかけた。
「属性は光、形状は光線、用途は探知、検索対象は同質の魔力、その魔法名はレイスキャン」
地面に描かれた術式は一気に地面に広がり建物の外へと駆けていく。
「すげえ」
息を吐くように自然にこぼれた言葉だった。3人が居る空間はレオナの魔力に包まれレオナの感覚が2人にも共有される。視界はファルネムト全域を見下ろしその中に2つの光が煌く。
「見つけた」
レオナが魔術を解くと視界は部屋の中へと戻る。
即座に地図データをテーブルに投影すると先ほど見た2つの光の地点をマークする。
「反応が大きかった方がたぶんミアちゃんね。そしてもう1つがミアちゃんの魔力が記録されてるミアちゃんが住んでいた家」
マークした地図データをテオの端末へとコピーするとレオナは新しく魔術式を地面に描き始める。
描かれていく術式はこれまでに見たことがないほど複雑で緻密なもので誰に尋ねずとも非常に高度なものだとテオは感じた。
レオナの仕事の早さ、魔術の規模、精度その全てにテオが圧倒されているとブルクハルトが見惚れた様子で話す。
「ちゃんと見とけよテオ。母ちゃんはこの魔術で特級魔術師になったんだ」
「無駄口叩いてる場合じゃないわよ。あなたも一緒に行くんでしょ?準備できてるの?」
レオナの一喝にブルクハルトはそそくさと身支度を整え始めた。
相も変わらない尻に敷かれる様にテオが苦笑いを浮かべているとレオナは小さな声で呟く。
「あんなどうしようもない父親だけどよろしく頼むわね。それに、マルクスのことも」
テオは返事を声には出さず一度だけ頷いた。その動きにレオナは横顔のまま笑顔を浮かべた。
「悪い、待たせた」
そこへ支度を終えたブルクハルトが合流するとテオと2人で術式の中央に立つ。
「属性は光、形状は粒子、用途は移動、その魔法名はレイムーブ」
レオナが魔術を発動させると術式に沿って光の柱が突き上げテオとブルクハルトを包み込む。真っ白な光が全身を包み込み、あまりの眩さにテオは瞳を閉じる。
「なあ、テオ・・・」
すぐ隣から聞こえるブルクハルトの声、そこにはいつもの軽快さも強さも感じない。重々しく弱弱しい恐る恐る投げかけられた声。
「何だよ?」
ただ呼ばれただけ、そう思っていつも通り普通に答えるつもりだった。それなのにテオの口から発された声は素っ気無いのに威圧的で小さいのに明確に怒りの感情を含んでいた。
そんな声にブルクハルトの次の言葉は喉の奥へと押し込まれ出てくることは出来なかった。
一瞬の沈黙を抜けると瞼越しに感じていた強い光が収まるのを感じる。
そっと瞼を開けるが魔術の光で目は眩みその場が一体どこなのかわからなかった。10数秒、時間が経過すると眩んでいた目も落ち着き視界がはっきりとしていく。
それでもテオにはその場がどこなのかわからなかった。




