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シェーラーズまではおよそ30分。ランチタイムの客足が落ち着き始める2時ごろに到着するように1時30分に出発する。それだけ決めるとそれまでの時間を2人は各々の部屋で過ごした。
1時30分に玄関で再度集合するとシェーラーズへ向けて出発する。
「よし、行くか」
「ええ・・・いってきます」
このときミアが口にした『いってきます』にどんな思いがこもっていたのかテオは知らない。ただそのセリフが挨拶ではなく『またここに戻ってこられますように』との願掛けの言葉のようにテオには聞こえた。
家を出発してからシェーラーズに到着するまでの30分間二人の間に会話はなかった。
話すことがなかったというよりかは何を話せばいいのかわからなかった。テオはミアに対して聞きたいことが山ほどあったはずなのに、そのどれもが地雷のように感じられて言葉にすることが出来なかった。
シェーラーズの建物が見えてようやくテオが声を出す。
「オレが先に入ってくるから」
「そうだな」
30分も一緒に居ながら無言だったせいかこれだけの会話にもぎこちなさを感じた。
テオはぶんぶんと頭を振りスイッチを入れ直してドアの前に立つ。しかしテオはドアに手をかけずに立ち止まる。
そこには手書きの紙が1枚貼られている。
『誠に勝手ながら、本日急用のため臨時休業させていただきます。日頃ご愛顧いただいている皆様本当にすみません。またのご来店心よりお待ちしております。』
母レオナの文字で書かれた臨時休業のお知らせをテオは声に出して読み上げた。
「りんじきゅうぎょう?ということは店には誰も居ないのか?」
「いや、2階3階が自宅になってるから出かけてなければ中に居るはず・・・」
尋ねる声にテオは何も思わず答えた。
「そうか、なら早く入ろう」
「だからオレが先に、ってうわっ!」
話を聞かないミアに一言言ってやろうと首を回すと右肩から覗き込むようにしてミアの顔があった。あまりの近さに驚いたテオは大声を上げて驚く。
「なんなんだ、びっくりするから叫ぶな。」
「ああ、悪い」
耳を押さえてムッとするミアにテオはしゅんとなって謝ると、改めてシェーラーズのドアに手をかけようとする。
「うっせえな!人の家の前でイチャついてんじゃねえ!痴話喧嘩なら他所でやれ!こっちは他人に構ってる余裕なんてねえんだよ!」
テオがドアを引くよりも前にガラガラとドアが勢いよく開き中からは怒声が飛び出してきた。
「あんたこそうっせえんだよ、親父」
怒声とともに飛び出してきたのは父ブルクハルト、いつも以上に騒がしい父親に呆れながらもその剣幕に急用が何なのか心配にもなる。
「ああ、テオか」
ブルクハルトにしては珍しく静かな対応にテオは一層違和感を感じる。しかしまずはミアを紹介するのが先だった。
「今日はもう一人居んだよ」
テオの影から挨拶とともにミアが出てくるとブルクハルトは心底驚いた表情を見せる。
「お前・・・」
「なんだ、知り合いだったのか?」
テオはあまり驚く様子もなくミアに確認を取る。
「いいや、知らないな。私は『はじめまして』と挨拶したつもりだったのだが?」
ミアのもっともな反応にテオは軽く頷き父を見る。いつもおかしいのは父なのだ。
「あ、あはは~。テオがあんまりにも綺麗な女の子連れてくるもんだからお父さんびっくりしちゃったな~」
この反応もいつもどおりのブルクハルト。しかし、テオにはどうも普段とは違うような気がした。
「なあ、急用って何があったんだよ?」
テオは容赦なく一歩ドアの内側へと踏み込んだ。
「いやいや、なんでもねえよ?・・・ほら、あれだ、ぎっくり腰!ぎっくり腰やらかしちまってよ~」
わざとらしく腰を痛そうにしながらブルクハルトは見え透いた嘘をつく。本当に呆れるほどに嘘が下手なのだ。
「あなた、テオにはちゃんと話すべきじゃないかしら?」
ブルクハルトの後ろ、店の奥からレオナが疲れた様子で現れる。足元は頼りなく目の下にはくっきりとクマが出来ている。
「レオナ、休んでなくて大丈夫なのか?」
「休んでられるわけないでしょ!まだ手がかりも見つけられてないのに!」
ふらつくレオナの元へとブルクハルトが駆け寄るとレオナはその胸元を掴み力いっぱいに揺さぶる。しかし、レオナにそれほどの力はなくブルクハルトの胸へと頭が叩きつけられる。
「なあ、親父。一体どうしたんだよ?」
テオもレオナのそばまで来るとブルクハルトの肩に手をかけ尋ねた。
「・・・実は、マルクスが行方不明なんだ」
一瞬何の冗談だとテオは思った。一昨日の夜テオの特訓の成果を祝って一緒に食事を食べていた弟が今行方不明になっていると。意味は理解出来てもそれが現実に起きているのだとは理解が出来なかった。
「何言ってんだよ?だって一昨日の夜一緒に飯食ったじゃねえかよ」
テオの反論に対しブルクハルトは静かに状況を説明し始める。
「昨日の朝、マルクスはいつもどおりに学校に出かけたんだ。でも、9時ごろにその学校から電話があったんだよ。『マルクス君は今日はお休みなんでしょうか?』ってな。それから一度も家には帰ってきてないし、マルクスの姿を見かけたって奴もいねえんだよ」
一本調子で淡々と語るブルクハルトの声がテオの心を緊張の糸で縛り付けていく。自分自身の命が縛られるのとはまた違う感覚、身近な誰かの命が縛られる感覚をテオは感じていた。
『嫌な予感がする』そんな生易しい感覚ではないもっと恐ろしく気持ちの悪い感覚、今すぐにでもこの感覚は嘘だと覆さなければいけないと感じた。
「昨日の今日だろ?何かの間違いじゃねえの?それか考えことでもあってどっかでに一人で居るんじゃね?オレだってそういうことあるしさ!たまにゴミ山のてっぺんで一人で星眺めたりしてさ」
どれだけ言葉を並べても薄くて弱くてブルクハルトの言葉を覆すことなど出来はしない。それでもテオは言葉を並べるのを止められなかった。止めてしまえばどこかでマルクスが死んでしまうのではないかとそんな恐怖に駆られた。
「そうだ!そんなに心配ならさ、探知魔術使えばいいじゃん。マルクスは魔力は使えねえけどさ、魔力はどんな生き物にも備わってんだよな?なら母さんお得意の魔力探知魔術でさ、ちゃちゃっと見つければいいだろ?」
「もうやったんだよ。ニクスベント一帯もファルネムト全域も、魔力も私物も身体的特徴も声紋もパーソナルデータも!思いつく限りのキーで探知魔術は試したよ。昨日からずっと、『夜なら睡眠のために行動を止めるかもしれない』って魔力の限り夜通しな。今レオナがこうなってんのはそのせいだよ」
気がつけばレオナはブルクハルトの胸の中で寝息を立てていた。だが、その寝顔は苦しそうでたまにマルクスの名を呼んでいる。
そんな母の姿を目の前にしてこれ以上現実を否定し続けるわけにはいかなかった。
まだ全てが確定したわけではない、あくまで可能性の1つである。ただテオがミアが狙われていて自分の命も狙われたことで敏感になっているだけかもしれない。
それでも、ミアを狙う犯人をいち早く捕まえなければならない、そうテオは思った。
「ごめんください」
テオが犯人確保を強く決意したその時だった。シェーラーズの店内に向けて真っ直ぐにその声は飛び込んできた。
真っ直ぐできれいな力強い声。しかし、テオはその声に悪寒が走った。
「ったく、誰だよ。こんなときによ」
レオナを抱きかかえたまま立ち上がろうとするブルクハルトをテオが上から押さえつけた。
「いいよ親父。オレが出てくるよ」
「は?何でお前が」
ブルクハルトが言い切るよりも前にテオは玄関へと体を向けた。
「オレが呼ぶまで絶対に出てくんじゃねえぞ」
すぐ後ろに立ち尽くしていたミアにそっと耳打ちするとテオは真っ直ぐに玄関へと進む。
ドアに手をかける瞬間わずかに指先が震えたがテオは勢いよくドアを引き一歩踏み出した。




