狂王ダノーブとの戦い(11)
最初に謝罪します。
今話の後、しばらく休載いたします。
家庭の諸事情と、何より筆者の持病の悪化により、とても続きを書ける精神状況ではなくなってしまったのです。
誠に申し訳ありません。
十分な休養を戴いて、年末ごろに『狂王ダノーブとの戦い(12)』と最終話『記録の地平線』を上梓したいと思っています。
大変長い期間を空けますが、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではこれを書くために新ログホラを書いたともいえる、シロエの大演説の本編をどうぞ。
-第35話:狂王ダノーブとの戦い(11)-
-1-
東西連合軍は逆襲を開始した。
冒険者が相手取る典災軍本軍とは別に、付随する大量のゴブリンやコボルド相手には、ナラ盆地ではイセルスとスターク率いる大地人部隊が目覚ましい働きを見せ、グンマ平原ではマルク率いる神官部隊の治癒祈祷により、やはり大地人部隊が粘り強い働きを見せ、それぞれ敵占領地を奪還しそうな勢いだ。
無論、冒険者たちと古来種も負けてはいない。
東では特にミノリが目覚ましい活躍を見せた。
リーゼ後にいわく、『レギオン初心者の寄せ集めとは思えませんでしたわ。あれを指揮していたのが腹黒本人だといわれても信じます』とのこと。
直継は『もちろんできるって知ってたけどな』と得意げに語った。
そして櫛八玉に率いられた部隊も弱い訳がなく、アインス先生も手堅い指揮を見せ、リーゼに『こんな事なら最初から大事をとって温存しなければよかったですわ』と言わしめた。
西ではカナミ率いる予備初心者部隊が当然というべきか出鱈目な働きを見せた。さすがにカナミとは言え勢いだけで百人を率いるのは無理なのだが、大嶋と、カナミに色々あって頭の上がらないソロモンがフォローすることによってできた所業だ。
無論イズモ騎士団も素晴らしい働きを見せた。
エリアスと彼らの男女ともに見目麗しい有名NPCとの共同戦は、実際の戦力以上の、高揚感という力を冒険者に与えた。
『俺たち伝説の中にいる~』『すげー』『ああ~ん、タケル様~』『燃える~』『萌える~』
中には『NPCと結婚した奴もいるんだろ? あのヒミコ様もワンチャン行けるんじゃね?』『無理だって』などと言う、不埒かつよこしまな欲望も見かけたが、まあご愛敬と言ったところだろう。
-2-
ナラ盆地。
ユーマたちはグリーンリーブスとともにゴブリンと戦っていた。
「うおおおぉっ!」
正直怖い。レベル的には大した敵でないはずのゴブリンの〈敵愾心〉と言ったらどうだ。こうして雄たけびを上げないと正直呑まれそうになる。何せ前回は〈典災〉の圧倒的な〈敵愾心〉に呑まれ死を経験したからなおさらだ。
何度も転生を繰り返し人類への〈敵愾心〉を蓄積していった化け物たち。この世界の悪意そのもの。
「ふふーん、負けないもんね~」
ピンキーのそれが強がりだとわかっていても、皆が、
「「「当然」」」
と応える。
そうだ。それでも負けてなんていられない。
グンマ平原。
目の前にはドクウガとアーケンの2大レギオンレイドボス。
ナカルナードは追加で届けられたメモリシアソーマを鎧に注入した。
記憶。
前回はやむなく自分の記憶さえこの鎧に捧げた。失くした記憶は些細なものばかりだった。
だが、回数がかさめば、掛け替えのない記憶すらなくなるのではないか?
大地人は何を思って記憶を売ったのだろう?
ほとんどの者は貧しく職にあぶれ、生家に仕送りをするためだったという。
確かにシロエの馬鹿が言うように、奴らはロボットと言うには生々しすぎる。
「仕方がない」
感傷はあった。だがナカルナードはあくまで傲岸で尊大だった。
「無力で哀れな衆生どもめ、貴様らの土地を我が奪い返してやろうではないか、記憶の代価にな」
そうして6本の腕が蠢き、3本の大剣が振るわれる。
ナラ盆地。
対するは第六天魔王、ハージューン・ダノーブ。
「やはりダメージが通らないにゃ!」
「頼む! スクネ、ヒミコ!」
エリアスが請う。
「安心しろ、我が剣に切り裂けぬ結界などない!」
七支刀を振りかざすスクネ。
「降魔鏡で結界の要を照らすわっ!」
ヒミコの鏡の光がダノーブの心臓の手前に赤色の魔力の塊を顕わす。
「おおりゃあっ!!」
スクネが魔力の塊を切り裂く。
膨大な結界の魔力がガラスのように砕け爆ぜる。
「「「やったか?」」」
「ワイバーンキーック!! 一番槍もーらいっ!」
「カナミ?」「一番おいしいところを」「まあカナミだからな」
「続け続けぇっ!」
「?」
シロエは訝しむ。ダメージは通る。だがおかしな手応えだ。
「ダノーブのステータスがちらついてるっ? ダノーブ?計都星!?」
「中央アジアで見たやつだねっ!」
「2種類のモンスターのステータスを同時に持ってるんだ! 奴のHPは2倍あると思ってくれっ!」
「ありがとう、レオさん! なら2回分倒せばいいだけだっ!!」
「「「応っ!!」」」
シロエが吠えた。アカツキが吠えた。カズ彦が吠えた。ソウジロウが吠えた。ナズナが吠えた。にゃん太が吠えた。セララが吠えた。アイザックが吠えた。五十鈴が吠えた。ルディが吠えた。マヒルが吠えた。アヤメが吠えた。玲央人が吠えた。ソロモンが吠えた。ヴァディスが吠えた。ヒリュウが吠えた。ユーマが吠えた。
ナカルナードが吠えた。リーゼが吠えた。濡羽が吠えた。アインスが吠えた。櫛八玉が吠えた。トウヤが吠えた。ミノリが吠えた。直継が吠えた。マリエが吠えた。小竜が吠えた。
この世界の悪意に、〈敵愾心〉に呑まれないために。
そしてオンスロートが、クロススラッシュが、火車の太刀が、雷轟電撃が、スペルマキシマイズが、猛攻のプレリュードが、バーンドステイクが、一刀両断が、デッドリーダンスステルスブレイドが、斬徹刀が、ソーンバインドホステージが、ワンツータイガーエコーフィストが、分身のアサシネイトが、ダンスマカブルが、
「チェックメイトですにゃあ」
その3つの大きな闇を打ち砕いた。
-3-
そうして戦いは終わった。
イセルスとスターク、マルクとセルジアッドはよく協力し、その姿に東西の貴族も一つにまとまらずを得ず、戦後処理は迅速に手厚くなされ、一時は住処を追われた人々はやっと安息を得、彼らに大変感謝した。
クオンのGMコールにより、次の戦場はアヅチの地、魔王城で、3か月後に第2形態との戦い、半年後に第3最終形態との最終決戦がある事が判明し、それまでにアキバとミナミで準備が整えられることとなった。
「さて」
シロエはつぶやく。
「その半年の間にできることをしないとね」
-4-
サカイの港、エアリエルエンプレス、てとらチャンネルラジオ配信ブース。
その日、夜7時、いつもならラジオからてとらとモフール姉妹の軽快なトーク番組が流れる時間だった。
「今夜も始まりましたてとらとモフールずのぶっちゃけトーク!」
「今日はいつもと趣向を変えて、とあるゲストさんの特別ロングトークとなりまーす!」
「今夜のゲストは敵に回すと陰険狡知蛇蝎のごとし、知る人ぞ知る腹黒軍師シロエさんでーす」
「……どうも」
うん、インパクトのあるつかみだってわかるけどね。陰でそう言われてるのも知ってるけどね。何なら自分で言ったこともあるよ。でも切ない。
はあ。
これはため息ではない、深呼吸だ。気を取り直して大きな山に登る覚悟を決める。
「お久しぶりです。ニュース番組コメンテーターで多少はおなじみのシロエです。
今夜は、富裕層に当たる冒険者や貴族の皆さんに、投資をお願いするために時間をもらいました。
その理由は二つです。
まず一つ目ですが、狂王ダノーブを一度撃破しましたが、今後ダノーブとその配下はより強力な形態へ進化することが分かっています。ですがクオン卿からの情報で、いくつかのレイドやハーフレイドやパーティークエストをクリアすることで、それぞれのボスの弱点となるアイテムやエフェクトが入手できることが示されました。
ただし、それは低から中レベル冒険者向けのクエストがほとんどです。
この先僕らが彼らへの支援を惜しめば、今後の戦いに勝利は難しいでしょう。
運営もちゃんと低レベル冒険者対策を考えていたのは、個人的に非常に喜ばしく思っています。
二つ目ですが、僕らはもっと幸せになるのに強欲に我儘になっていいと思いませんか?
でもそれは自分だけが幸せになればいいという意味ではありません。
自分が、自分たちだけが幸せで安全ならばそれでいいという考えは、非常に危うく、世界さえ滅ぼしかねないものです。
今はもう故人ですが、以前その事を小説に記された伊藤計劃さんと言う作家がおられました。
その方はそれを虐殺言語と表現しました。
それは公開すれば当然危険なもので、文中にはほのめかすだけで具体的に描かれる事は無かったのですが、僕は今回、あえて公開しようと思います。
『私たちは素晴らしい。なぜなら私たちの国はこんなに豊かで皆が自由を謳歌しているから。
私たちは良識と正義に満ち溢れた素晴らしい存在だ。
だと言うのに、危険で偏執的なサイコパスと言っていいテロリストたちは、私たちの平和を脅かしている。
私たちはこのサイコパス達の存在を決して許してはならない。何があろうともだ』
これが第一段階。
『サイコパスを告発し、発見したら排斥しよう』
これが第二段階。
『サイコパスは駆逐されつつある。平和で安全な世界はもうすぐだ。ますますもって彼らを根絶の道に追いやろう』
これが第三段階。
『サイコパスの数は思ったよりも多く、人口の〇×パーセントに及ぶらしい』
これが第四段階。
『気をつけろ、今こうしている時も、昨日いさかいを起こした隣人が、あるいは以前から貴方に恨みを持つ隣人があなたをサイコパスとして告発しようとしている』
これで虐殺言語完成です。
人々は疑心暗鬼にかられ、中世の魔女狩りさながらに互いに私刑を繰り返し虐殺を起こすでしょう。
まあ、実際にこの通りの現象を起こそうとしたら、より表現等を巧みに演出する必要はありますが、基本的な仕組みは以上です。
自己正当化と排他主義を煽れば、誰でも危険カルト宗教の教祖になれて、凶悪な犯罪者を育成できることは、皆さんすでにオウム真理教でご存じでしょう? 同じ事はナチスドイツでもポル・ポト政権でも、中世の魔女狩りでもありました。
あっ、言っときますけどこの事は地球に帰り次第すぐに権力者にコネのある有志の方によって公安などに伝えられますので、ネット上で悪用したらすぐにマークされることになりますのであしからず。
昔気質の人々で、若い者が言い訳をしたり、仲間外れをしたりするとたいそう怒る方々がいましたが、それは昔からの経験則で、それを重ねる事が危険な行為だと薄々わかっていたからなのでしょう。
人は人を裁き排除した時、自我肥大し、自分には責任が無い、何をしても許される安全地帯にいると誤解しがちです。都合の悪いことはすべて排斥した他人にあると勘違いし、自己の良心や罪悪感責任感に麻酔がかかるためです。ですが自己正当化の前に、たとえ自分が天皇陛下や大統領やローマ法王であろうとも、悪い事をすれば、たとえ幼児からでも叱られ謝るべき、共通の法で裁かれるべき、そんな当たり前のことを忘れてはならないのです。
他人を殴ると自分の手も痛むと昔から言います。
他人を排斥すれば、次は自分ではないかと言う無意識下の恐怖が発生します。人の心を物理現象に例えれば、作用反作用の原理、押せばその分押し返す力が発生すると言う不可避な心理力学です。
それを言い訳で誤魔化せば誤魔化すほどそれは肥大化し、その恐怖はいつしか凶暴な獣となって理性を食い殺すのです。
ある心理学者が言いました。大きな船が沈没し、小舟で人々が脱出したとします。小舟にはすでにかなりの人が乗っていますが、彼らは板切れにしがみついて助けを待つ人々を見つけました。この時、あなたが小舟の船頭ならばどうしますか?と言うものです。
答は、無理をしてでも助けなければ、いずれ見殺しにした小舟の中で次は自分が見捨てられるかもしれないと恐怖が沸き起こり、どちらも助からないというものです。
僕たちは今、その小舟の上にいるんです。
低レベル冒険者や、か弱い大地人を見捨て続ければ、どうなるかわかりませんか?」
「やばいですね~」
「さて、話をいったん切り替えサイコパスに焦点を当てます。
狭義の意味でのサイコパスは、人や動物を傷つけたり殺す事に麻薬的な快楽を覚える人ですが、ある学者が言ったように、何かに偏執的になってそれが原因で攻撃衝動が高くなる人、とくくりを広げると、人口の三分の一ぐらいの人はサイコパスなんだそうです」
「「うわーお」」
「そういう意味でならば、他ならぬ僕もサイコパスです。潔癖ですぐ怒ります。でも人に当たっても仕方ないので怒りを現状の打破へのエネルギーに注ぎ込んでいるだけです。
偏執的になる原因もおおよそわかっています。脳が人より偏っているからです。目が弱いです。左右の目で視力が大きく違います。それは目と言うよりおそらくは脳の問題で、立体や遠近を捉える機能が人より乏しいです。体育の授業でフライが飛ぶと必ず落とします。切ないです。それで仕方ないから空想で物の形を補うように考える癖があります。
それのお陰で物事を図形や立体物に代えて思考することで、他の人が思いつかないアイディアを出せる時もあります。それで円卓会議や互助会やフロウデンで重要な席を任されたりもしました。でもその反面、脳内の図形や理論や筋道に整合性が取れないときは癇癪のように潔癖になったりもします。わめいたりはしませんが、脳内で策謀を巡らす分たちが悪いとも言えます。
それを人の迷惑にならないよう、人の役に立つよう気を付けているから許されてるだけです」
「あー、確かにシロエさん筋が通らないこと嫌いですもんねえ」
「まあ、僕と言う特殊例で言いましたが、言われてみれば、普通の人ならば何となくで流すような小さな違いに異常にこだわって、時にそれが原因で、怒る人と言うのは結構いますよね。知られているところではアスペルガー症候群や発達障害とかありますが、症例として認められなくても脳の偏っている人は多い、いや、まったく偏ってない人の方が実は少数だと思います。
それどころか何も偏っていない人は、欠点を持たないがゆえに他のほとんどの人が持つ、欠点のある苦しみが分からない異常人格者と言えなくもない。
異常人格でない人なんて一人もいないかもしれない。
でもそれでいいんじゃないでしょうか?」
「「とゆーと?」」
「例えば味覚に非常に優れたソムリエや料理人は素晴らしいです。でもそれは脳が味覚中心に偏っているからと言えます。他人にはわからない味覚成分を1パーセントの違いに至るまでわかってしまうから、こだわれるし、こだわらずにいられない。
僕みたいなエンジニアの卵なら機械を、モデラーならプラモの形の、漫画家やイラストレーターなら一本の線を、1ミリ、0.1ミリの違いまでこだわってしまう。というか、今どきの機械は0.01ミリ未満の違いでももう別物になってしまいます。
何かのスペシャリストと言われる人たちはみんなそう。1パーセント、いや、それ未満の違いさえ分かる。
それが本当にセンス、優れた感覚があるという事。というか、英語本来の意味です。
和製英語のセンスは意味が捻じ曲げられています。
皆が好む平均で平凡なものを選ぶのがセンスがいいと。
実際にあった話ですが、自分がセンスがいいと思っていたある公務員が、集客イベントを外注の専門家に任せずに、自分でしたところ大失敗と言っていいほど集客できなかった、客が来てもすぐ帰ってしまったそうです。
おそらくその人には、平均で平凡なものしかわからなかった。本当にセンスのある人は平均で平凡なものをより美しく目を引くものにする1パーセントの違いが分かる、それを20回積み重ねて誰もが違いが分かるより美しい120パーセントにすることができるのでしょう。
でも、今の日本では、理解の無い人の前でその1パーセントの違いのこだわりを、特に専門用語なんて使って語ろうものなら、どうでもいい事にこだわるウザいやつ。オタク臭いと煙たがられます。するとオタク呼ばわりされるのが怖くて、もうこだわりたかったものがどうでもよくなる、言うのを我慢する、ノリに流されるだけになるのが癖付いてしまう。
そうすると例えば商品が120パーセントの出来になるはずが100パーセントどまりの平凡なものしか出来上がらない。
するともう海外、国際市場では商品価値が無い。売れない。
そう、今の日本製品が国際競争力が無く、世界中が好景気の中、日本だけ不景気なのは、オタク差別が原因だと僕は断言します。それは、オタクであること、こだわることが肯定的に捉えられるアニメや漫画などのオタク産業や、自動車やバイクや特殊工業製品の輸出だけは相変わらず好調なのが何よりの証拠ではないでしょうか?
だから僕たちは、勇気をもってこだわることに我儘欲張りになって欲しいし、消費者としてそこにこだわって欲しいと主張することにもっと我儘欲張りになり、そこにこだわる人や団体に投資することに、もっと我儘欲張りになってほしいと思います。
そう、産業革命前夜のルネッサンスの芸術家や発明家たちと投資家たちのように。
人は誰しもその人にしかない特殊な脳構造を持っています。きっと誰もがその人にしかこだわれないやり方で人を幸せにしうる、その人にしか磨き上げらない美しさを秘めた、誰も届かない天の星なんだと思います。繰り返します。きっと誰しもが。
今夜はここまでです。よろしければまた明日も続きを聞いてください」
「ありがとうございました、腹黒メガネ、シロエさんでした~。ではこの後は心温まる本日の街角エピソードの時間です、モフール姉妹どうぞ」
「「は~い、それでは………」」
イコマ、ゼルデュスの執務室。
その部屋の主は、過去の地球の出来事を思い出していた。
『開発費をあと10パーセント、いや、5パーセントで良い、上乗せしてください! 時間も足りなさすぎます、あと一か月かければ十分な研究結果が出るはずなんです、お願いします!』
『無理なものは無理だよ。これ以上コストはかけられない、今時コストカットが基本なんだよ、知ってるだろう?』
『うちのスタッフは優秀なんです、信じてください! あと一か月あれば海外にも通用するスペックの製品ができるんです!』
『優秀なら1円でも安く、国内受けするアイディアを出したまえよ。海外市場なんて夢見るんじゃない、バブルじゃあるまいし』
『国内市場しか見なかったら、この先どんどん先細って死ぬしかない、わからないんですか?』
『もういい』
『え?』
『君に開発室長を任せたのが間違いだった。室長には販売に理解のある営業部から人を回す。君は研究課長に降格する。好きなだけ研究し給え、予算も時間も与えないがね』
明かりの灯らぬ室内で、彼は涙をこぼした。
「……私は………」
-5-
次の夜。配信ブース。
「さてさてシロエさん、今夜は何のお話ですか~」
「今夜はお金の使い方についてを科学してみようと思います」
「「へえ~??」」
「アメリカサーバーから来たレオナルドさんにこの前聞いたお話なんですけど、2010年に発表された論文によると、人が幸せを感じる収入の上限は年7万ドル、日本円にして約一千万円(2016年当時のレート)、ヤマトのお金で五千万Gで、それ以上もらっても大して幸せにならないそうなんです。オキシトシンなどの幸せホルモンを計測した結果らしいですね」
「「「ほへ~!?」」」
「でも実際には条件によってはもらえばもらうほど幸せになりうると個人的には考えています。が、それはまた後にして、また別の知人の、一部で有名人なヒリュウの言によると、月80万円、400万G以上の収入をもらっている人は頭が悪くなるそうです。
これも年収にすると約一千万円、五千万Gでさっきの数字とほぼ一致しますね」
「えーっ? なんでなんでー!?」
「「気になる~」」
「考え方としてはいくつかありますが、まずは単純にお金を持ちすぎると選択肢が増えすぎて、自分の好きでもないものを買ってしまったりと言った間違えをしやすくなり、お金を無駄遣いしたストレスの方が多くなると言う考え方です。
10から1を選ぶ方が100から1を選ぶより簡単なのは誰でも何となくわかりますよね。
その点、お金が余分に無いと、本当に自分の欲しいものしか買いませんから。
まあ、少なすぎても失敗が許されなくて、わずかな無駄遣いでもストレスが発生しますから、やっぱりある程度の収入はあったほうがいいですけど。
第二には、人間の脳、いえ、すべての動物の脳は、脊椎を基本に構築されています。脊椎に最も影響があるのは各消化器官であり、人の思考や欲望は、消化器官をベースに構築されていると言えます。なのでお金とその消費は食欲と同じように空腹と満腹で、ストレスと幸福感があるのではないでしょうか?
体に必要カロリーがありますけど、脳にも必要カロリーがあって、ある程度までのお金は心の栄養になるけど、多すぎるお金は肥満や成人病のような、心のストレスや能力の低下になるのではないでしょうか? おそらくですが、スポーツ選手や肉体労働者が高カロリーを必要とするように、高学歴や秀才天才と呼ばれる人たちは多額の収入が無いと脳ストレスを処理しきれない、脳の高カロリーが必要なのかもしれません。たくさん勉強しないと将来幸せになれないと言うのは大人の常套句ですが、実際には因果が逆になりますね。
そして人間の脳って、昨日も言ったようにそれぞれ違った形に偏っていますから、人それぞれ買って幸せになる物は違うわけです。ワインの話ですが、大体10万円までは値段と味は比例するそうですが、それ以上は特に味覚に優れワイン好きの人でないとわからない微細な違いだそうです。実際好きなものにはこだわるけど、それ以外は割とどうでもいい、こだわるのは煩わしいというオタクの人は多いのでは? それでかは知りませんが、今の収入で満足して、高給である管理職になりたがらない人が増えているそうです。
また、高額なものを身に着けるとストレスを感じる人もいます。皆さんもご存じのクラスティさんを追いかけて失踪あそばしたレイネシア姫ですね。彼女は高価なシルクの衣服より綿や木綿の服の方が着て安らぐそうです。なんとなくわかると思った人いませんか? 一着ン十万円する、腕利きの職人達が手間暇かけた服なんて毎日着たら息が詰まりそうって。そう思うのが普通の感覚ですよね。そう思わない貴族の方が、お金の持ち過ぎで感覚がマヒしてるんじゃないかと思いませんか?
もちろん絹の服にも意味があると思います。特に肌が弱い人には常に必要ですし、失敗を許されない重大な会合や接待の時、少しでも着心地のいい就寝着で眠り、身が引き締まる衣服で事に及ぶのは、大いに意味があると思います。でもそれって、普段は安価な気楽な服を着ていてこそ意味のある事で、高価な服を着っぱなしでは、感覚がマヒして結局ずっと着心地の悪い服を着ているのと変わりませんよね。
それって衣服だけじゃなく、飲食や家具調度や生活全般に言えませんか?
少なくともそんな感覚がマヒして能力の低下した人たちに重大な決定を任せてるなんて、ちょっとぞっとする話ですよね。
なので、給料日前に脳のお腹がすいて、次の給料日が嬉しいと思うくらい、高価なものと安価で気楽なものがバランスよく混在する生活が、一番感覚のマヒしない、頭のいい収入スタイルだと思います。それが高学歴な脳のハイカロリーな人で月収80万以下、高卒とかの普通の人なら30~40万あれば十分だと思っている人もずいぶん多いのではないでしょうか?」
「あー、確かにそう言う人多いですね~。管理職になりたがらない人も結構聞きます」
「「うんうん」」
「で、第三の話なんですが、上記条件に当てはまらない、お金があればあるだけ幸せと言う人は、脳が古代ローマ人か、純粋な意味での投資家である可能性があります」
「「「はへ?」」」
「まず古代ローマ人脳から説明しますが、昔裕福な古代ローマ人は美味しいご馳走を食べ続けるため、満腹になるたびに喉に指を突っ込んで吐き戻し、また食べるを繰り返したそうです」
「げろんちょ」
「「気持ち悪~い」」
「高価なモノを買う。自慢する。それでいてちょっとでも人にケチをつけられたりケチがついたりすると、すぐ売るか捨てるかしてまた新しいモノを買う。これを繰り返す人たちですね」
「「「わー、確かにそっくり」」」
「これって自慢したいのは自分の財力であって、別に気に入って買ってるわけじゃないですね。そりゃ高価なモノだからそれなりにいい気持にさせてくれる品質はあるでしょう。けど自尊心は満足するけどしょせんすぐ捨てれるほどの心しかないんです、そこには。
仏教に断捨離と言うのもありますけど、一度全部を捨てて、それでも尚もう一度欲しいと最初に思うものが本当に自分の一番大切なもの、それに気づくための儀式なわけです。それに比べてこれって捨てても捨てても大切なものに一生気づけませんよね」
「うわなんかお金持ちって可哀想な人の気がしてきた」
「「うんうん」」
「で、もう一つは投資家脳です。お金があればあるだけ投資せずにいられない人種ですね」
「そんなのそこら辺にごろごろしてますよね」
「「FX廃人とか痛すぎ~www」」
「いえ、お金を儲けるために投資する人は本来の資本論において投資家ではないんです。ただのギャンブル中毒者。
本来の意味での投資家は、社会に役立つため、職に恵まれない人達のために、興業の資金を提供する人たちのことを言うんです。
なので広義には寄付などの慈善活動も含まれます。
お金で人を幸せにする喜びを知っている人たちのことを言うんです」
(注、実際に近年はお金があればあるだけ幸せを感じるという統計データも出ている。これらについて各所で研究が進められている。まだ上記の文は仮定の段階である)
「おー、のぶれすおぶりーじゅ~www」
「「いえ~」」
「では今日のお話はここまでです。また明日もよろしくお願いします」
「「「よろしく~、いえ~!」」」
この放送を軍議用の大テントで聞いた東西の貴族たちは皆一様に唸った。
だが例外に、セルジアッドやイセルスやスタークは楽しげに笑っていた。
サカイの宿、シロエの部屋。
シロエがいつものように机で書き物をしていると、アカツキが鼻歌を歌いながらお茶の準備を始める。
今日は特に彼女の機嫌がいい。
今日の僕はかっこよかったかな? そう聞きたい衝動に駆られる。
でもあえて聞かずに、鼻歌に鼻歌のハミングを重ねる。
ふと視線が合い、お互いにふふっと笑う。
ああ、いつの間にか僕の言い訳は彼女になっているな、と思う。
でもそれは彼女のためにやったのに、なんて卑怯に責任を擦り付けるためのものではなく、僕が彼女に格好いいと思ってもらうための、つまりどこまでも自分のため、自分の責任と言う、エゴイスティックですがすがしいものだ。
「ありがとう、主君と呼んでくれて」
アカツキはちょっと戸惑った後、小さくあかんべえをした。
最初は冗談だったのだろう。
でも、いつの間にかそれが誇りで支えになっていた。
-6-
第3夜、配信ブース
「さて、シロエさんのお話も今夜で最終話になります」
「「なりま~す」」
「今夜はどんなお話でしょうか?」
「アリと集合無意識のお話です」
「あー、知ってる。働きアリが働く役と遊ぶ役を割り振るやつだね」
「そう。その比率はどんな時でも必ず一定しているわけです。働くアリが減ると遊びアリがそれを埋め、その逆もまたしかり」
「だからアリは集合無意識でつながってるって仮説だよね」
「「なるほど~」」
「では脳の単純なアリでそうなら、人間の集合無意識、仏教でいう阿頼耶識はもっと複雑に役割を割り振っているのではないか?と言うお話です」
「おー、では僕が銀河系アイドルなのもシロエさんが腹黒軍師なのもその割り振りで決められたことなんですねっ!」
「まあ、そうかも知れませんwww
視覚の優れた人は視覚にこだわるように、さらに色彩にこだわる人、形にこだわる人とかに役割が割り振られるわけです。言い換えればそれぞれのセンスのスペシャリスト、オタクになっているという事ですね。
そしてリア充と呼ばれる人たちだって、たまたまスポーツやファッションや色恋沙汰やコミュニケーションの空気を読む事にこだわるオタクなだけとも言えます。
なぜそうなるかと言えば、氷河期の狩猟採取生活においては、グループで狩りをするとき、それぞれがそれぞれのスペシャリストであった方が有利で便利だからですね。目の役、耳の役、鼻の役、盾役、槍役、それこそゲームでの役割のように。
だから誰かが自分にはわからないオタク臭い、またはリア充臭い難解な事を言うのは、お互いの不得意な事を受け持ってくれているからで、それこそが逆説的にみんなが繋がっている証拠です。
でもそれぞれの特別なセンスを、自分のためにしか使わないと溝ができてしまう。
自分だけが気付く些細に見えて大きなこだわりを、踏みつけにされると溝ができてしまう。
誰かが誰かを憎むのは、大抵自分の大切なものを踏みつけにされた時。そこから諍いが始まった覚えが貴方にもありませんか?
自分が大切にしているこだわりのルールを、お気に入りのエチケットを踏みにじられた時、人は人を憎む。
それは個人の間でも、国家間の思想の違いでも同じではないでしょうか?
ならその逆に、自分のこだわりをそれぞれ認めてもらえれば、諍いも少なくなると思いませんか?
人にこだわりを認めさせる最短にして最高の筋道は、それで人を幸せにすることです。道教でいうところの道ですね。
人と違っていても、普通でも、オタクでもリア充でもマニアでもフェチでも変態でも、全然話が通じなくても、大丈夫なんです。その人にしかこだわれない事があって、それで人を幸せにしうるから、大丈夫なんです。1番じゃなくても大丈夫です。2番目や3番目にこだわれるなら、1番の人同士をつなぐ架け橋になれる人なんです、きっと。他ならぬ僕自身、学校でいつも2番目の成績でしたけど、何故か全然悔しくなかった。そしてゲームをしてそれに気づけた。みんなをつなぐバスガイドになることが僕のこだわりなんだって。
そして日本人は本当はすごいんです。料理の発明の話なんですけど、日本では大抵庶民料理が新しい発明をしてます。これが外国だと、わかりやすく自分に高い金を払う者を愛し、発明する。でも日本人はキリスト教でいう処の隣人愛に溢れていて、隣人を愛し、発明する。隣人のために、ネットで知り合った誰かのために、こだわって発明できる、すごい民族なんです。
さて、自分たちのこだわりをアピールして出資を求める、出資する側もここにこだわって欲しいとアピールしてほしいとは第一夜にも言いました。ですがよほどアピール力に優れたリーダーがいないとそこは難しいところ。普通の人はギルドに属し与えられた役割を果たすだけでしょう。
なので各ギルドには、いえ、地球に帰っても各企業にはちょっとした工夫をして欲しいのです。
ある有名な経済学者は『経営者の最大の仕事は社員にやる気を起こさせることだ』と言いました。孔子は『好きは楽しむにしかず』と言いました。つまり、その人がして楽しい仕事を割り振ることがもっともその人の能力を引き出すことになります。
普通の場合だと、その人にして欲しい仕事をギルドまたは企業側の人事部が割り振ることになりますが、それと同じかそれ以上のウェイトを、当人のして楽しい、ここにこだわってしたいという自己申告に任せてもいいのでは無いでしょうか?
具体的には一通り経験させたタスクを、それぞれ10から1のして楽しいポイントでタスク×6ポイントを割り振って評価させ、各個人がして楽しい仕事ができるようにする。楽なだけの仕事には8ポイントまでしか割り振らせず、やりがいを重視させる。
これにギルド側の評価を同じように割り振って、足し合わせて実際の仕事に当たらせると言うはどうでしょう?
個人的には自身の評価に×6、ギルド側の評価に×4の補正をかけて、自主性を尊重してほしいところです。その方が各個人がよりやる気が出て好結果が出ると思いますよ。そうしたら、周りの仲間はみな自分が苦手なことをしてくれ、自分に美味しいところを回してくれる有り難い人と思え、ギルドの結束はより高くなると思います。ゲームの役割分担と同じですよ。
僕はみんなに、美味しいところに向かって楽しんで突撃するカッコいい人になって欲しい。
みんながそれぞれ天で輝く星になりうる可能性を秘めているから。
そうすれば、みんながそれぞれ違っている事こそが、最高のみんなの団結する〈共感子〉を生む世界になると、僕は信じます」
「「「…………」」」
てとらもモフール姉妹も何かに感極まり、言葉を出すべき時に出せなかった。静寂が僅かの間支配した。
「共産主義が正しくなかったことは歴史が証明したと皆言います。僕もある意味その通りだと思います。でも、平等に価値がないとは思いません。僕はできればこれから先、どの人の才能にも平等に投資される世の中になって欲しい。そう思います」
「…………シロエさんって、案外ロマンチストだったんですね」
「ええ、ロマンのためならどんな腹黒な策謀でもめぐらす、陰険狡知蛇蝎のごとし軍師です。
大体どんな仕事でもある程度の制約があったほうがいい結果が出るのは統計で証明されています。特定の事業にばかり湯水のごとき資金を投ずるよりも、それぞれいくばくかの制約を与え、その分いろんな事業、いろんな才能に投資した方がいいと思います。そうしなかったからミナミの経済は失速したとまでは言いませんが、思うほど成長しなかったのだと思いませんか? ゼルデュスさん、インティクス」
「「わははは~、腹黒、腹黒~」」
「では僕の話はこれで終わりです。3日間有難うございました」
「はーい、それではこの後は僕とモフール姉妹でSMAPのあの曲を歌いま~す」
「「ま~す」」
当然、その歌には、みんながそれぞれの花を咲かせられるようにと、祈りと願いが込められた。
「黎明の後の夜明けですネ」
「コッペリア?」
「あーあ、シロ君に美味しいとこ持ってかれちゃった」
旅支度を始めていたカナミたちは、しばし手を止め感慨にふける。
「ふふん、それが答と言うわけだね。君の」
「なかなかいい答じゃないか」
とあるラジオの流れる酒場で、そう言ってロエ2と玉三郎は祝福のグラスを合わせた。
「「乾杯」」
-第36話に続く-
筆者(以下:筆):「今回のテーマは『自己正当化と排他主義』~」
ままれ(以下:ま):「本編でも説明してるけど、カルト宗教と『虐殺言語』のメカニズムだね。元々君がこれを某ネトゲ会社と我々に忠告したことが発端となって、円卓会議(仮名)が発足したり、ネトゲのBANG基準になったり、それを元ネタに〈共感子〉、すなわち人々の結びつきをテーマにしたログホラを書こうと思い立ったりとした訳だが」
アカツキ(仮名、以下:あ):「バカ兄にしてはいい事をしたではないか。だが結局自分では書き上げ切れずに筆者に丸投げとは情けないがな」
ま:「お前にだけは言われたくない。元はと言えばそもそも(以下検閲削除)」
あ:「あー聞こえない聞こえない」
筆:「まあそれはともかく、俺たちは正しく優秀で素晴らしく間違いが無くすべての原因はあいつらにあるからあいつらさえ排除すればうまくいく(そして何をしても許される)。その論法をヒトラーもポル・ポトも以下カルト宗教指導者ら多数の独裁者が活用してきたわけです。その論法で人がどれだけ残虐になるかは歴史が証明した通り」
ま:「本編中では君が『虐殺器官』を引用してるけど、実際には君の発言とそれにまつわる一連のことが起こってからしばらく後に『虐殺器官』は上梓されてるからね」
あ:「一説にはネタなんて早い者勝ちだよと嘯いた某SF界の大御所がネタ流ししたとも言われているな」
筆:「まあ、証拠もありませんし、聞いて確かめようにもすでに伊藤計劃氏がご逝去されているので真実は永遠に闇の中ですが、彼が独自にこの理論にたどり着いていたのならばいたで、友達としてそれについて語り合いたかった気はします。そして、この新ログホラを見ていただいて、これでもう虐殺言語は、自己正当化と排他主義の暴走という恐怖は陳腐化されたよと、告げて安心させてあげたかった。もう叶わぬ事ですが」
ま:「史実ではこれをもとに、自己正当化と排他主義の論法でメンバーを拡大、誘導しようとしているギルドに円卓会議(仮名)やネトゲ会社から忠告、通達がなされ、どうしても改心してくれないギルド、個人に対しては運営によるBANGが行われ、ネトゲ界の治安は守られたわけだ」
あ:「さすがは主君だ」
筆:「ちなみに実際に今からでも自己正当化と排他主義の論法でカルト宗教は誰でも簡単に作れます(なので危険なので今までそこには触れなかった)が、そんなことをしたら本編でも言ったようにアインズ先生(仮名)や濡羽さん(仮名)のお力ですでに当局に説明済みなので、あっさりと公安当局に目をつけられて、テロ防止法で取り締まられるでしょう。悪しからず」
ま:「お二方が人使いが荒いとか、鬼悪魔腹黒とののしってたよ」
筆:「光栄です」
あ:「おいおい」
筆:「まあ結局は当時オタク差別が一番激しかったころ、オタク同士でも俺たちは良いオタク、あいつらは悪いオタクみたいなオタク内差別をしているのは格好悪いと思ってどうにかしたかっただけと言えば言えます。そして今ではオタクや宗教を差別することによって、自己正当化と排他主義的なカルト宗教体質になってしまった自称イケてる陽キャだの普通の人と自称するろくでもない人や集団の危険性を言いたかったのもあります。格好悪いですよね」
ま「差別はそれだけで人の才能を削り取る。差別されないために自分の才能を捨てるなんて悲しいよねえ」
あ「それでは皆、連載再開までお元気で」
一同「「「じゃあっね~(^^)/」」」




