7
翌朝。
まだ屋敷の中が静かな時間から、キッチンには小さな音が響いていた。
彩花は羽鳥の隣に立ち、包丁を握っていた。
「彩花様、焦らなくても、大丈夫でございます」
「はい」
羽鳥に教えてもらいながら、彩花は野菜を切っていく。
以前なら一人で何とかしようとしていた。
けれど今は違った。
「こんな感じでしょうか?」
「ええ。お上手になられました」
「本当ですか?」
彩花が少し笑った。
やがて朝食が完成した。
二人で料理をダイニングテーブルへ運び、並べていく。
しばらくして、響がダイニングへ入ってきた。
「おはようございます、響さん」
「おはよう」
響は席についた。
彩花と羽鳥は少し離れたところから、その様子を見ていた。
響は箸を取り、朝食を食べ始めた。
一口。そしてまた一口。
彩花は黙って見つめていた。
やがて響は、すべての料理を食べ終えた。
「ごちそうさま」
空になった皿を見て、彩花の表情が明るくなる。
羽鳥も静かに微笑んだ。
その日の夕食も、響は残さず食べた。
響と彩花は夫婦になってから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、これまでとは何かが変わり始めていた。
♢
その日の夜。
同じベッドに入った響と彩花は、暗い部屋の中で横になっていた。
しばらくすると、響が彩花の方へ身体を寄せた。そして、その胸元に顔を埋めるようにして目を閉じた。
彩花は少し驚いた。
「……響さん?」
響は答えなかった。
しかし、しばらくして何かに気づいたように顔を上げた。
「待て」
「え?」
「この石鹸のような匂いはなんだ?」
「ボディソープの香りです」
彩花が答えると、響は少し考えた。
「これからは無香料のものを使え」
「…………」
「シャンプーも同様に。余計な香りをつけるな」
「……わかりました」
彩花は呆れながらも頷いた。
響はそれ以上何も言わず、再び彩花のそばへ戻った。
やがて、静かな寝息が聞こえてきた。
「……もう寝たの?」
彩花は響の顔を覗き込んだ。
さっきまであれこれ注文をつけていた男とは思えないほど、響の寝顔は穏やかだった。
彩花はそっと手を伸ばし、響の髪を撫でた。
「まるで、子供みたい……」
もちろん、響には聞こえていない。
彩花は小さく笑った。
この人は、外で見せている顔と、自分の前で見せる顔があまりにも違う。
わがままで、気難しくて、それなのに時々、ひどく甘えてくる。
理解するには、まだ時間がかかりそうだった。
それでも彩花は、眠っている響を愛しい目で見つめていた。
その寝顔を見ていると、今日一日の疲れも、少しだけ遠くへ行ってしまうような気がした。




