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「これだ……」
響が呟いた。
「え?」
彩花は戸惑ったように響を見上げた。
響の目が、今まで見たことがないほど輝いていた。
「これだよ」
響は彩花の顔をじっと見つめた。
「手入れされていない髪。化粧をしていない素肌。香水じゃない……君自身の匂いがする」
彩花は何も言えなかった。
響はまるで、ずっと探していたものをようやく見つけたような顔をしていた。
「いまの君は魅力にあふれてる」
そう言って、響は彩花を抱きしめた。
彩花の身体が小さくこわばる。
響はそのまま彼女の肩に顔を寄せた。
「……響さん?」
返事はなかった。
ただ、先ほどまで冷たかった男が、今は不思議なくらい穏やかだった。
彩花は戸惑いながらも、響の背中にそっと手を添えた。
一週間、何をしても響の心には届かなかった。
けれど今、彼が見つめているのは、化粧も整えられた髪も、財閥家の令嬢という肩書きもない、自分自身だった。
それが彩花には、少しだけ不思議だった。
「口に合わない手料理でもかまわない」
響は静かに言った。
「ずっと、俺の側にいてくれ…」
「……」
彩花は何も言えなかった。
さっきまで自分を冷たく突き放していた男が、今度はまるで別人のような言葉を口にしている。
響は彩花から離れると、そのままベッドに入った。
「一緒に寝よう」
「……別居の話は?」
彩花が尋ねた。
響は不思議そうな顔をした。
「冗談に決まってるだろ」
「…………」
彩花は言葉を失った。
響は何も気にする様子もなく、布団の中で目を閉じた。
彩花はその隣で、しばらく天井を見上げていた。
一週間前、自分が結婚した相手は、冷静で知的で、隙のない男だと思っていた。
財閥家の長男として、いつも完璧に振る舞う人。
ところが実際には、その外見からは想像もつかないほど気まぐれで、感情の振れ幅が大きく、そして何を考えているのか分からない。
そのことに、彩花はただ圧倒されていた。
自分が恋をした男は、いったいどんな人間なのだろう。
答えはまだ見つからない。
ただ一つ分かることがあるとすれば、昨日までよりもずっと、この男のことが分からなくなったということだった。




