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5

 それから一週間、似たようなことが続いた。


 彩花は毎朝、朝食を作った。夜には夕食を用意した。響が帰ってくる時間を見計らって、できるだけ温かい状態で料理を出せるようにした。

 けれど響は、ほとんど口をつけなかった。


 必要ない。

 口に合わない。

 そんな短い言葉だけを残して、彼女の前から消えていった。


 一週間が過ぎたころ、彩花は料理を作ることをやめた。

 何かを頑張ることもやめた。

 自分の部屋に閉じこもり、カーテンを閉めたまま一日を過ごすようになった。


 その夜、ダイニングでは響が一人で夕食をとっていた。

 その夕食を作ったのは羽鳥だった。


「響様」


「ん?」


「どうして彩花様の手料理を召し上がってさしあげないのですか?」


 響は箸を止めた。


「口に合わないからだ」


 羽鳥は少し黙った。

 それから静かに言った。


「……彩花様は朝早くから起きて、一生懸命作っていらっしゃいました」


 響は何も言わなかった。


「包丁で手を切ってしまわれたこともございました」


 その言葉に、響の箸がわずかに止まった。


「それでも、大丈夫だと気丈に振る舞われていましたよ」


「…………」


 長い沈黙があった。

 響はしばらく食卓を見つめていた。

 そして、静かに口を開いた。


「……別居するべきだ」


 羽鳥は視線を上げた。


「……別居、ですか?」


「ああ」


 響は淡々と答えた。


「相性の問題だよ。俺と一緒にいれば、彼女は幸せにはならない」


 その声には、怒りも悲しみもなかった。

 ただ、何かを諦めた人間のような静けさがあった。


「俺は人に構われたくない……」


 響はそう言って、グラスの水を一口飲んだ。


「書面上の夫婦だと割り切って行動する女性でないと、長くは続かない」


 羽鳥は黙っていた。

 二階には彩花の部屋がある。

 その扉は、この数日間、ほとんど開くことがなかった。


 響はそれを知っていた。

 知っていながら、一度も扉を開けようとはしなかった。

 ダイニングには、食器と時計の音だけが残っていた。


 ♢


 響が彩花の部屋の前まで来たのは、夜もかなり遅くなってからだった。

 ノックをしても返事はない。

 響はしばらく扉を見つめ、それから静かに開けた。


 部屋の中は真っ暗だった。

 カーテンも閉められている。外から差し込むわずかな月明かりの中に、ベッドだけがぼんやりと浮かんでいた。

 彩花はそこで眠っていた。


 響は壁のスイッチに手を伸ばした。

 ぱちり、と音がして明かりがつく。

 その瞬間、彩花の肩が震えた。


 目を覚ました彼女は、何も言わずに顔を横へ向けた。

 そして、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「彩花……」


「…………」


 響はベッドのそばに立った。


「別居しよう」


 彩花の肩がまた震えた。


「……このまま一緒にいても……」


「嫌です」


 響の言葉を遮るように、彩花が答えた。

 響がわずかに目を見開いた。

 彩花はゆっくりと身体を起こした。

 髪は乱れ、化粧もしていない。寝巻き姿のまま、泣き腫らした目で響を見つめている。

 それでも、その目にはこれまでの彼女とは違う強さがあった。


「私は…あなたの妻として、あなたの側にいたいんです!」


「…………」


「別居だなんて…、そんなの嫌…」


 響は黙って彩花を見ていた。

 彩花は涙を拭った。


「私たち、新婚夫婦でしょう?それなのに、いきなり別居だなんて…、私をなんだと思ってるんですか?」


 響は何も答えなかった。

 やがて、ベッドに手をつき、彩花との距離を詰めた。


「……なんですか?」


 彩花が身を引く。

 次の瞬間、響は彼女をベッドへ押し倒した。


「きゃっ……!」


 彩花が驚いた声を上げる。

 響の顔が近づく。

 そして、唇が重なった。


 彩花は目を見開いた。

 頭の中が真っ白になった。

 これまで冷たく自分を突き放していた男が、今、自分のすぐ目の前にいる。

 彩花には、その行動の意味が分からなかった。



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