17
夜も更け、集まっていた親戚や友人たちは、一人、また一人と屋敷を後にしていった。
やがて玄関ホールには、彩花の両親、直樹、架純、そして響と彩花だけが残った。
響は全員の前に立ち、深く頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました」
顔を上げた響は、彩花の両親を見つめる。
「こうして、みなさんと家族になれたことが、何より幸せです」
その言葉を聞いた、彩花の父親が嬉しそうに笑う。
「響くんなら、彩花を安心して任せられるよ」
母親も頷いた。
「これからも、彩花をよろしくお願いね」
「はい、お任せください」
響は穏やかに答えた。
すると、直樹が一歩前へ出た。
「響」
「はい」
直樹は右手を差し出した。
「話したくなったら、いつでも連絡してくれ」
響はその手を見て、少しだけ微笑んだ。
「はい、義兄さん。また連絡します」
響は直樹の手をしっかりと握った。
二人はしばらく握手を交わした。
その隣で、彩花が架純に耳打ちする。
「兄さん、ずっと弟を欲しがってたから、響さんが可愛くて仕方ないみたいです」
「ふふふ…」
彩花の言葉に思わず笑う架純。
「コソコソとなにを話してるんだ?」
と直樹。
「内緒の話」
と彩花が響の方を見る。
響は悪びれる様子もなく彩花から視線をそらす。
響と彩花は最後に全員へ頭を下げた。
玄関の扉が開く。
夜の冷たい空気が屋敷の中へ流れ込んできた。
彩花と響は並んで外へ出る。
やがて扉が静かに閉じられた。
彩花は隣を歩く響を見上げ、優しい視線を彼に向ける。
架純との件があったとはいえ、今日一日、家族の前で振る舞っていた彼は、財閥家の自分の夫として完璧な男だったと、彩花は思った。
♢
二人が自宅の屋敷へ戻った、その直後だった。
響がエントランスの床に、うつ伏せのまま倒れ込んだ。
「響さん!?」
彩花が驚いて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
すると、奥から執事の羽鳥がやってきた。
白髪をきちんと整えた羽鳥は、床に倒れている響を見て、少しだけ目を細めた。
「相当、お疲れのようですね」
響は床に頬をつけたまま答えた。
「ああ……、仕事の十倍疲れたよ」
「そんなにですか」
羽鳥が苦笑する。
「人付き合いって、こんなに疲れるものだったか……」
響はゆっくりと仰向けになった。
そして眼鏡を外し、シャツのボタンをいくつか外す。
「はぁ……」
長い息を吐く響。
彩花はそんな響を見つめた。
眼鏡を外し、少し着崩れたタキシード姿の黒髪男性。
普段の隙のない姿とは違う、無防備な表情。
彩花は思わずスマートフォンを取り出し、カメラのレンズを響に向けた。
「……カシャッ」
シャッター音が響く。
「……なにをしてる?」
響が怪訝そうに目を向ける。
「い、今のは……」
彩花は慌ててスマートフォンを持つ手を下げた。
羽鳥が小さく笑う。
「響様を撮られたのですか?」
「……はい」
彩花はそう言って、嬉しそうにスマートフォンを握りしめた。
響は呆れたように息を吐いた。
「勝手に撮るなよ」
「ごめんなさい。でも……今日の響さん、凄く格好いいから…写真に収めておきたくて…」
「くだらない…、今すぐ消せ」
「嫌です」
「……」
響はしばらく彩花を見つめたあと、諦めたように目を閉じた。
「……好きにしろ」
「はい」
彩花は小さく笑った。




