18
「羽鳥さん」
響がエントランスの床に寝転んだまま、羽鳥を呼んだ。
「なんでしょう?」
「彩花への誕生日プレゼント、持ってきてくれ」
「かしこまりました」
羽鳥は一礼すると、屋敷の奥の部屋へ向かった。
「誕生日プレゼント……」
彩花は目を輝かせた。
響とおそろいのネックレスや指輪を想像しながら、そわそわと待つ。
やがて羽鳥が戻ってきた。
両手には、中くらいの大きさのプレゼントボックスが抱えられている。
「こちらでございます」
「ありがとうございます!」
彩花は嬉しそうに箱を受け取った。
そして響を見る。
「開けていいですか?」
「ああ」
彩花はリボンをほどき、ゆっくりと箱を開けた。
中には、圧縮された何かが入っていた。
「なにこれ?」
彩花が取り出して広げる。
そこに現れたのは――
上半身裸になった響の写真がプリントされた、等身大の抱き枕だった。
「…………」
彩花の動きが止まる。
羽鳥も黙っている。
彩花は抱き枕と響を交互に見た。
「これは……?」
響は何でもないことのように答えた。
「君専用の抱き枕だ」
「…………」
「オーダーメイドで作ってもらった。ありがたく使え」
長い沈黙が流れた。
彩花はもう一度、抱き枕を見る。
そして、床に寝転んでいる本物の響を見る。
「…………」
「…………」
羽鳥は抱き枕から静かに視線を逸らした。
彩花は抱き枕を両手で抱えたまま、どう反応すればいいのか分からず立ち尽くしていた。
響はそんな彩花を見て、淡々と言った。
「いらないなら返せ。俺が使う」
「いらないだなんてそんなっ…嬉しいです!響さん!」
彩花は抱き枕をぎゅっと抱きしめた。
「毎晩、抱いて寝ます!」
「…とんだ変態だな」
響は呆れたように言った。
そして、ゆっくりと身体を起こす。
「シャワー浴びてくる」
そう言って、響は脱衣場へ向かった。
やがてシャワーの音が聞こえ始める。
彩花は自分の腕の中にある抱き枕を見つめた。
それから、シャワーの音がする方向へ視線を向ける。
頬が次第に赤くなっていく。
「……毎晩……」
先ほど自分が言った言葉を思い出し、彩花は恥ずかしそうに俯いた。
抱き枕を胸に抱えたまま、しばらく動けなかった。
♢
その日の夜。
ベッドの中で、響と彩花は並んで横になっていた。
二人の間には、響の等身大抱き枕が置かれている。
彩花は抱き枕を眺めながら、思わず吹き出しそうになった。
本物の響と、その隣にいる響そっくりの抱き枕。
あまりにも妙な光景だった。
そのとき、響が抱き枕を見た。
「……邪魔だな」
「え?」
響は抱き枕をつかむと、そのままベッドの下へ投げ入れた。
「ちょっと!」
彩花が慌てて身を起こす。
「なんてことするんですか!」
「邪魔だから」
「誕生日プレゼントですよ!?」
「俺がいるだろ」
「そういう問題じゃありません!」
彩花が抗議していると、響が突然、彩花の身体を引き寄せた。
「……え?」
響の腕が彩花を包み込む。
彩花は驚きながらも、そのまま響の胸元に顔を寄せた。
すぐそばから伝わってくる体温。
規則正しい呼吸。
彩花はそっと目を閉じる。
しばらくして、ベッドの中で彩花を抱きしめていた響が、ふと彼女の耳元に顔を寄せた。
「彩花……生まれてきてくれて、ありがとう」
「っ……」
突然の言葉に、彩花の身体がぴくりと震えた。
耳元に響く低い声。頬に触れる吐息。抱きしめてくれる腕の温もり。
彩花は心臓が壊れてしまいそうなほどドキドキして、何も言えなかった。
そんな彼女の様子を気にすることもなく、響が尋ねる。
「ところで、本当は何が欲しかったんだ?」
「え……?」
「誕生日プレゼントだよ」
「あ、ああ……プレゼントですか」
彩花は胸元で指を絡めながら、恥ずかしそうに答えた。
「……響さんと、おそろいのものが欲しかったです」
「…………」
響はしばらく黙っていた。
「違うだろ……」
「え?」
彩花が顔を上げる。
響は呆れたように息を吐いた。
「そこは、『あなたが欲しい』だろ」
「~~っ!」
彩花の顔が一瞬で真っ赤になった。
「そっ、そんなこと、恥ずかしくて言えません……!」
「……もういい」
響は不機嫌そうに背を向けた。
「響さん?」
返事はなかった。
「……響さん?」
やがて、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「え?」
彩花は呆然と響の背中を見つめた。
「ね、寝ちゃったんですか……?」
どうやら、響は本当に眠ってしまったらしい。
彩花は頬を膨らませた。
「もう……自分からあんなことを言わせようとしておいて……」
けれど、すぐにその表情は柔らかくなった。
彩花は意を決したように、響の背中にそっと腕を回した。
「……響さん」
小さな声で呼びかける。
もちろん、返事はない。
彩花は彼の頬にそっと唇を寄せた。
「……私は、あなたが……欲しいです」
言い終えた途端、恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
けれど、響は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
「……もう。せっかく勇気を出したのに」
彩花は苦笑した。
そして、もう一度、響の頬にキスをした。
「私は、あなたがいれば、それで充分……」
彩花はそう囁き、響に抱きついた。
大好きな人の体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。
今夜くらいは、夢の中でも二人一緒にいられますように。
彩花はそんなことを願いながら、静かな眠りへと落ちていった。




