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ある日。
彩花の誕生日を祝うため、彩花の実家である大きな屋敷では、盛大なパーティーが開かれていた。
広いホールには華やかな料理が並び、親戚や友人たちが集まっている。そこには彩花の父と母、兄夫婦の姿もあった。
彩花の隣には響がいた。
黒髪を整え、タキシードを着用、眼鏡をかけた響は、普段よりもさらに隙がなかった。
客の一人が近づいてくる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。奥様のお誕生日、誠におめでとうございます」
響は穏やかに微笑んだ。
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。こうして多くの方々に祝っていただき、彩花も私も嬉しく存じます」
その声は落ち着いていて、表情にも一切の乱れがない。
次から次へと訪れる客たちに、響は丁寧に挨拶をしていく。
時には相手の仕事について尋ね、時には軽い冗談を交えながら会話を続ける。
誰に対しても礼儀正しく、知的で、完璧だった。
彩花は少し離れたところから、その姿を眺めていた。
家にいるときの響とは、まるで別人だった。
家ではソファに寝転がり、彩花に髪を撫でさせたり、料理に文句を言ったりする。
眠くなれば子供のように甘え、彩花に抱きついてくることさえある。
けれど今、目の前にいる響には、そんな面影がまったくなかった。
「……本当に、別人みたい」
白いドレスを身に纏った彩花が小さく呟いた。
そのとき、遠くにいた響がこちらを見た。
ほんの一瞬だけ、外向きの完璧な笑顔が消える。
そして彩花にだけ分かる、いつもの少し気の抜けた表情になった。
彩花は思わず微笑んだ。
♢
響は人の間を縫うように歩き、彩花の兄である直樹と、その妻の架純の前までやってきた。
直樹は三十代前半で、彩花より少し年上だった。黒髪を短く整えた端正な顔立ちで、背が高く、穏やかな目をしている。
その隣に立つ架純は、二十代後半の美しい女性だった。肩まで伸びた艶のある黒髪に、柔らかな目元。上品なドレスを身にまとい、控えめな笑顔を浮かべている。物腰が柔らかく、どこか安心させるような雰囲気を持っていた。
響は二人の前で立ち止まり、丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりです、直樹さん、架純さん」
「久しぶりだな、響くん」
直樹は笑いながら響の肩を軽く叩いた。
「元気そうで何よりだ」
「はい。直樹さんもお元気そうで」
「俺はいつも元気だよ」
直樹はそう言って笑った。
そして、ふと響の顔を見つめる。
「それで、どうだ?彩花との結婚生活は」
響は少しだけ彩花のほうを見た。
彩花は少し離れたところに立っていた。
響は再び直樹を見る。
「綺麗で優しい妻と一緒に暮らせて、日々、幸せを感じています」
「……」
彩花は思わず響を見つめた。
その言葉はあまりにも自然だった。
けれど、彩花の胸には小さな疑問が浮かんだ。
――本心なのだろうか。
家では自分に好き勝手なことを言い、他の女性との関係についても平然としている。
そんな響が、今はまるで理想の夫のように話している。
直樹は嬉しそうに笑った。
「それを聞いて安心したよ」
そして、彩花を見る。
「彩花はああ見えて負けず嫌いなところがあるから、響くんが大変な思いをしてるんじゃないかと心配していたんだ」
「兄さん、響さんは寛大な人ですから、ご心配には及びません」
彩花が直樹に歩み寄り、小さく笑った。
「そうだな」
と直樹が笑った。
隣にいた架純も優しく微笑んでいる。
「まぁ、この先、なにかあった時は、遠慮せずに俺達を頼ってくれ」
「ありがとうございます、直樹さん」
響は自然な笑顔で答えた。
その完璧な受け答えを見て、彩花はまた思った。
やっぱり、家にいるときとは別人みたいだ。
直樹はしばらく響と話していたが、やがて彩花を見る。
「彩花、ちょっといいか?」
「え?」
「少し二人で話したい」
直樹はそう言って、彩花に手招きした。
「なに?」
と彩花が直樹に歩み寄る。
響と架純をその場に残し、直樹と彩花は静かにパーティー会場を離れていった。




