12
響は彩花の肩に手を置いた。
「安心しろ。ローラはジェニファーより親密度ランクは低い」
「…………」
「まあ、これから上がる可能性はゼロじゃないが……上がったとしても、恋人以上にはならない」
彩花は何も答えなかった。
響の言葉は、彼なりに彩花を安心させようとしているのだろう。
けれど、今の彩花には、その言葉がかえって胸に刺さった。
「……」
「どうした?」
しばらくして、彩花が小さな声で答えた。
「……もういいです」
彩花は響の手をそっと肩から外した。
そして、そのままベッドへ入る。
布団を肩まで引き上げ、響に背を向けた。
「おやすみなさい」
「……」
響は立ったまま、彩花の背中を見つめていた。
「……ローラとの関係を終わらせればいいのか?」
「そういうことを言っているんじゃありません」
「じゃあ、どうしろと言うんだ?」
「……」
「恋人の枠を空白にしろということか?」
「そうです。そもそも、妻がいるのに恋人を作る必要なんてないでしょう?」
「俺は女性の友人すら作れないのか?」
「女性の友人を作るななんて、言っていません!」
彩花の声が少し大きくなった。
「問題は、彼女と友達以上恋人未満なんて関係を築いていることです!」
「…………」
「そんなこと、妻がいる男性がすることじゃありません!」
響は黙って天井を見上げた。
しばらく考えたあと、静かに口を開いた。
「……わかった」
「え?」
「これからローラとは、ただの友人として接することにする」
「本当に……?」
「ああ、約束する…」
そう言って響はベッドにいる彩花の隣へ入った。
彩花もゆっくりと横になる。
二人は向かい合ったまま、しばらく黙って見つめ合っていた。
「響さん……」
「彩花……」
響が彩花の頬に手を伸ばした。
指先が頬に触れ、親指がゆっくりと唇に触れる。
彩花は目を閉じた。
響の顔が少しずつ近づいてくる。
その瞬間だった。
「たこ焼きでも食べたのか?」
「はい?」
彩花が目を開ける。
「唇にソースがついてるぞ」
「そ、ソースじゃありません!」
彩花は慌てて唇を拭った。
「はちみつ入りのリップです!」
「……紛らわしいな」
響はそう言うと、彩花に背を向けた。
「え……?」
彩花は呆然とした。
「おやすみ」
「…………」
それからしばらくして、響は静かな寝息を立て始めた。
彩花はその背中を見つめながら、小さくため息をつき、しばらく彼の背中を見つめていた。
やがて、そっと腕を伸ばす。
彩花が響の背中に抱きつき、その体温を感じながら目を閉じた。
(はぁ……、幸せ……)
声には出さず、彩花は心の中でそう呟いた。
響の背中は温かかった。
昼間は何度も振り回され、腹を立てた。それでも、こうして隣で眠れることが、彩花には嬉しかった。
しばらくすると、響がゆっくりと寝返りを打った。
彩花のほうを向く。
「……彩花……」
「……?」
眠っているはずの響が、かすかな声を漏らした。
「好きだ……」
彩花は目を見開いた。
響は目を閉じたまま、さらに小さく呟く。
「……愛してる」
彩花の胸が、ゆっくりと温かくなる。
それは、起きている響なら決して素直には言わないような言葉だった。
彩花は微笑んだ。
そして、眠っている響の胸元にそっと顔を寄せる。
「……私もあなたを愛してます」
返事が聞こえたのか、響はほんの少しだけ口元を緩めた。
二人はそのまま、静かな夜の中で眠りについた。




