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彩花は、先を歩いていく響を追って走った。
「響さん、待ってください!」
しかし、数歩走ったところで、足首に鋭い痛みが走った。
「いたっ…!」
彩花は足を止めた。
どうやら、足をひねってしまったらしい。
振り返った響が、すぐに気づいた。
「どうした?」
「少し、足をひねってしまって……」
響は彩花の足元を見る。
「見たところ、問題なさそうだが…」
「…もう、大丈夫です」
彩花が一歩踏み出そうとした瞬間、響はしゃがみ込んだ。
「え?」
次の瞬間、彩花の身体がふわりと浮いた。
響が彩花をお姫様抱っこしていた。
「きゃっ……!」
彩花は慌てて響の首に腕を回した。
「ちょ、ちょっと響さん!」
「なんだ」
「降ろしてください……恥ずかしいです」
「無理して歩くよりいいだろ」
響は平然としていた。
まるで、妻を抱き上げて歩くことなど何でもないことのようだった。
彩花は周囲を見回した。
「みんな見てます……」
「気にするな」
「私は気にします」
「じゃあ、目を閉じていろ」
「そういう問題じゃありません」
彩花は顔を真っ赤にした。
一方の響は、まったく動じていなかった。
そのまま近くの病院へ向かう。
診察を受けた結果、大きな怪我はなく、しばらく安静にしていれば問題ないということだった。
「よかったな」
診察室を出た響が言った。
「はい……」
彩花はほっと息をつく。
「もう歩けるか?」
「ゆっくりなら」
「無理するなよ」
響は彩花の歩く速度に合わせて、ゆっくりと歩き始めた。
ホテルへ戻る途中、彩花は隣を歩く響を見上げた。
「響さん」
「ん?」
「さっきは、ありがとうございました」
「何が?」
「病院まで運んでくれたことです」
響は少しだけ彩花を見る。
「大したことはしていない、俺は当たり前のことをしたまでだ」
「…響さんの、そういうところ大好きです」
「いちいちそんなこと、言わなくていい」
「照れてるんですか?」
「俺が照れるわけないだろ」
二人はそのままホテルへ戻った。
青い海から吹いてくる風が、二人の間を静かに通り過ぎていった。
♢
夕食を終えた二人は、ホテルの部屋へ戻った。
シャワーを浴び、夜も遅くなったころ、部屋には静かな空気が流れていた。
彩花はソファに座り、風呂上がりの響を見つめていた。
濡れた黒髪。
眼鏡を外した顔。
館内着を無造作に羽織った姿。
普段、きちんとした服装でいるときとは違う、少し無防備な雰囲気があった。
そんな夫に彩花は思わず見惚れていた。
「……どうした?」
響が気づいて、彩花を見る。
「いえ……」
彩花は少し顔を赤くした。
新婚旅行なのだから、もっと新婚夫婦らしく過ごしたい。
そう思った彩花はソファから立ち上がり、響との距離を縮めた。
「響さん……」
「ん?」
「今夜は、その……もう少しスキンシップを取りたいなって…」
響は彩花を見る。
しかし、あまり乗り気ではないようだった。
「くだらない…、君は発情期の動物か?」
「……」
彩花は顔を赤らめ、両手で顔を覆う。
そのとき、響のスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
「ジェニファーだ」
その一言に、彩花の表情が固まった。
響は電話に出る。
「響サン!イマドコニイルノ?」
電話の向こうから、ジェニファーの声が聞こえてくる。
響は少し話したあと、答えた。
「今、ホテルにいる」
しばらく沈黙する。
「……ホテルのロビーにいるのか?」
ジェニファーがホテルのロビーにいるらしい。
「分かった。今行く」
響は電話を切った。
「響さん?」
「ジェニファーが一階のロビーにいる」
「……迎えに行くんですか?」
「少し話をするだけだ」
響は上着を手に取った。
彩花は何も言えなかった。
「すぐ戻る」
それだけ言うと、響は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂が戻ってきた。
彩花は一人、部屋に残された。
さっきまで響がいた場所を見つめる。
新婚旅行。
二人きりの夜。
本当なら、もっと幸せな時間になるはずだった。
彩花はソファに座り、膝を抱えた。
窓の外では、ハワイの夜の街が静かに輝いていた。
その光を眺めながら、彩花は小さく息をついた。




