第4話:安土の物流革命と、過ぎる万能感
秀吉との協力体制を築いてから三ヶ月。
俺は安土城下の物流改善に全力を注いでいた。
やったことは単純だ。現代の配送システムを模した「宿場ごとの中継点」の設置と、帳簿管理の統一。
それまではバラバラだった荷物の集積を、俺が設計したフォーマットで管理するように強制したのだ。
「……信正様。これほどまでに荷が淀みなく流れるとは。いったい、どのような魔法を使われたのですか?」
視察に来た商人たちが驚嘆の声を上げる。俺は笑顔で答える。
「魔法ではありません。ただ『無駄を省いた』だけです」その成果は数字となって表れた。
安土の税収は、この三ヶ月で昨対比の二割増。
物流がスムーズになれば、必然的に商人の回転率が上がり、織田家の懐に入る銭も増える。
父・信長は、この結果を報告した際、初めて俺に対して「満足げな笑み」を浮かべた。
「貴様のやり方は、型破りだ。だが、銭が積み上がるのは良いことだ。……もっとやれ」
その言葉は、俺をさらに深い泥沼へと引きずり込んだ。
「もっとやれ」。
それは、光秀や他の重臣たちが築き上げてきた既存のシステムを、俺が「効率化」という名目で壊していくことを意味するからだ。
案の定、不満は爆発した。
その日の夕方、俺は城の渡り廊下で、織田家家臣団の古参たちに取り囲まれた。
「信正様、やりすぎではございませぬか?」
冷ややかな声の主は、かつての織田家を支えた重臣だった。
「我らが代々守ってきた商の慣習を、貴様の勝手な仕組みで塗り替える。これでは、我らの顔が立たぬ」
……またこれか。
前職でもいたな。「俺たちのやり方を変えるな」と喚く、変化を恐れる老害たち。
俺はため息を飲み込み、眼鏡を拭く仕草をした(実際に眼鏡はないが、癖でそうしてしまうのだ)。
「お家門の面目の問題ですか。父上がお求めなのは『天下の統一』です。それとも、皆さんの面目のために、織田家の御調達が疲弊しても構わないと?」
「なっ……! 貴様、口が過ぎるぞ!」
男が刀の柄に手をかける。殺気。
だが、その瞬間。
「そこまでだ」凛とした声が響き、空気が一瞬で静まり返った。
廊下の先に立っていたのは、織田家の嫡男――兄・信忠だった。
若くして父の薫陶を受け、重厚な威厳を纏った男 。
「信正を責めるのは筋違いだ。今の変革は、父上の命によるもの。不服があるなら、父上に直訴せよ」
兄の言葉に、重臣たちはバツが悪そうに頭を下げ、その場を去っていった。
俺は安堵と共に、兄に頭を下げる。「助かりました、兄上」
信忠は俺の肩を軽く叩き、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。
「俺にはできないやり方だ。……信正、お前は父上の『影』を歩んでいる。父上が最近、よく夢にうなされておいでなのだ。身内に刃を向けられる、不吉な夢にな。……織田の頂が高くなればなるほど、足元に暗い奈落が広がっていくような気がしてならんのだ」
心臓が凍りついた。
信忠も、感じているのか。来るべき破滅の予感を。
「……兄上。俺が必ず、その日を変えてみせます」
「頼むぞ、弟よ」
背中を向けて去っていく兄を見送りながら、俺は誓う。
社畜の根回し力で、この巨大な運命的の歯車を狂わせてやる。
例え、それが俺という「影」を擦り減らすことになっても。




