第5話 謀反のバグを炙り出せ
兄・信忠の言葉は、俺の社畜センサーを最大出力で警戒モードに叩き込んだ。
「身内に刃を向けられる夢」――それは予知夢などではない。急激な事業拡大(天下布武)についていけない古参の不満、そして急すぎる組織改革がもたらす「社内派閥の歪み」を、トップの感性が捉えたリスクシグナルだ。
(本能寺の変という名の『最大のリスク』を回避する。そのためには、まず社内の通信・監査体制を握る必要がある)
俺が着手したのは、もう一つの命令――『隠密網(忍び)の再編成』だ。
それまでの織田家の情報組織は、各軍団長(光秀や秀吉、柴田勝家ら)がそれぞれお抱えの忍びを運用する「縦割り組織」だった。
これでは情報の共有が遅れるだけでなく、監査(謀反の察知)の役目を果たさない。
俺は安土城の地下にある薄暗い一室に、現在の織田家直轄の忍びの長を呼び出した。
現れたのは、影のように気配のない、地味な男だっ
た。
「……お呼びにより参上いたしました、信正様。忍びの差配など、若殿のなされる御仕事とは思えませぬが」
男の声には、明らかな侮蔑と、門外漢への拒絶が混じっていた。
「現場のやり方に口を出すな」という、職人気質の専門職(技術職)にありがちの態度だ。
俺はため息を飲み込み、机の上に一枚の大きな「図面」を広げた。
「現場のやり方を変えるつもりはない。変えるのは『情報の報告ルート』だ。……これを見ろ」
男が目を細めて図面を覗き込む。
そこに描かれていたのは、現代の『マトリクス組織』と『階層型データベース』の概念を戦国風に落とし込んだ、全く新しい連絡網の設計図だった。
「これは……?」
「これまでは、各地の忍びが、それぞれのボス(軍団長)に直接報告していた。そのため、横の繋がりがなく、情報が死んでいた。これからは、すべての情報を一度、この『安土の集約所』に集める。そして、重要度に応じて、私と父上、あるいは兄上にのみ最速で共有する仕組みにする」
男の顔から余裕が消えた。
俺の提案は、各武将たちのプライベートな情報網を事実上「国有化(織田家直轄化)」し、城内のあらゆる動きをリアルタイムで監視・監査するシステムそのものだったからだ。
「……このようなことをすれば、各方面の諸将が黙ってはおりますまい。特に明智様や羽柴様といったお方は、自らの手足を奪われたも同然。猛反発が予想されます」
「彼らには『物流ハブのデータ』を共有するという見返りを渡す。情報のギブ・アンド・テイクだ。文句は言わせない。……それともお前たちは、この信正ではなく、他の方の顔色を窺って仕事を創めているのか?」
俺が冷徹なビジネスライクな声で言い放つと、男の背筋が不自然に凍りついた。
「滅相もございません……。すべては織田家のため」「なれば三日以内に、この図面の通りに人員を配置換えせよ。期限は絶対だ」
「……ははっ。御意にございます」
男は影のように消え去った。
これで、安土城内、および織田家主要家臣たちの「動向」を監視する監査ネットワークの基礎ができた。
(光秀の動き、秀吉の動き、そして周囲の不満分子の動向……すべてをこのシステムで補足する。
システムのバグ(謀反の予兆)を見つけ次第、即座に修正を当てる)社畜が最も得意とする「リスクマネジメント」と「情報統制」。これこそが、本能寺の炎を消し止めるための、俺の最大の武器になる。
部屋の窓から、夕闇に包まれる安土の街を見下ろす。
戦国の闇は深いが、俺の構築した「網」からは、何一つ逃しはしない。




