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第2話:真面目な男の誤算と、合理的すぎる影

三日での土豪降伏は、安土城の家臣団に小さくない衝撃を与えた。


特に、その地域を長年かけて調略しようとしていた明智光秀の心中は、穏やかではなかったはずだ。


廊下で、俺は彼とすれ違った。


鋭い眼光。

端正だが、どこか神経質そうな横顔。

織田家の知性であり、俺にとっての「最重要警戒対象」でもある男だ。


「……見事な手際でしたな、信正様」


光秀が足を止め、低い声で言った。その瞳は笑っていない。


「兵を動かさず、民を飢えさせるという噂を流して敵を降伏させる。なるほど、理には適っている。しかし、民に無用な不安を与え、商人の懐を肥やすようなやり方は、仁義を重んじる武士の道とは呼べぬのでは?」


詰めてきた。


やはり、彼は「正攻法」を好む。俺のやり方を「姑息な小細工」と見なしているようだ。


俺は立ち止まり、最大限に慇懃な態度で返した。


「左様でございますか。しかし、長引く戦は民にとっても、織田家の御調達ごちょうたつにとっても最大のリスクです。私はただ、最短距離で目標を達成したに過ぎません」


「最短……。貴殿は、織田の武威を傷つけているのだ。力による服従こそが、天下布武の証。小細工で得た従順など、砂上の楼閣に過ぎん」


光秀の表情に、微かな苛立ちが混じる。


(ああ、面倒くさい。これだから組織の上層部は……) 


現代のPMプロジェクトマネージャーなら、こういうタイプは最も説得が難しい。信念やプライドを傷つけないように配慮しつつ、成果で黙らせるしかないのだ。


「ご忠告、肝に銘じます。ですが、父上がお求めなのは『天下の速やかな平定』ではありませんか? 手段の如何を問わず、結果を出すこと。それが我ら織田家の流儀かと存じますが」


ぐ、と光秀の眉間に皺が寄る。


俺は頭を下げ、すれ違いざまに小さく付け加えた。


「明智殿。貴殿の誠実な調略も、いずれ必ず役に立つ時が来る。ただ今は、この泥臭いやり方が必要なだけです」


背後に光秀の鋭い視線を感じた。


敵を作った。それも、最も頭の切れる相手に。


だが、恐れることはない。


光秀が俺を監視し始めたということは、彼の中で俺が「無視できない存在」に昇格したということだ。


(いい傾向だ。光秀が俺に集中すれば、その分、本能寺への足跡を観察できる)


部屋に戻ると、溜息をついて椅子に深く腰掛けた。 


織田家という名の巨大プロジェクトは、人間関係の複雑さが異常だ。


光秀という優秀だが融通の利かない中間管理職をどう手懐けるか、あるいは、どう無力化するか。


俺のデスクには、すでに次なる「無理難題」の報告書が届いていた。


信長からの、またしても理不尽な命令書。


タイトルは――『畿内米価平定きないべいかへいてい、ならびに、忍び網再編成の事』。


(……本能寺の回避、内政の改革、そして派閥争い。休みが一日たりとも足りない)


俺は苦笑しながら、筆を手に取った。


社畜の血が騒ぐ。

この圧倒的なストレスこそが、俺が生きて戦国を勝ち抜くための糧なのだ。



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