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第1話:魔王の御前は、過酷な納期設定

信長が俺に課した初仕事は、簡潔にして残酷だった。


「三日以内に、近江の土豪共をすべて平伏させろ。兵は貸さん。お前の才覚だけでだ」


……正気か。


三日。交渉、調略、軍事行動のすべてを考慮すれば、常識的に考えて最短でも二週間はかかる案件だ。


しかも兵もなし。丸腰で熊の巣に飛び込めと言っているに等しい。


(これが魔王のマネジメントか……。ブラック企業の無茶振りより質が悪い)


俺は表情を微塵も崩さず、深々と頭を下げた。


「承知いたしました。なれば三日後の夕刻、彼らの起請文を父上の御前に差し出しとう存じます」


信長が面白そうに鼻を鳴らす。

「ほう。……期待はしておらんぞ」


俺は部屋を出ると、すぐに廊下の隅で冷や汗を拭った。


絶望的だ。だが、今の俺には「現代」という切り札がある。


(まず、彼らの「ボトルネック」を探る)


俺が向かったのは、現地ではなく、その領地の「情報」を握っている商人たちの拠点だった。


戦国時代において、土豪たちが最も恐れるのは何だ? 合戦か? 違う。彼らにとっての死活問題は「飢え」と「物流の寸断」だ。


俺は商人たちを呼びつけ、こう切り出した。


「織田の威光を以て、貴殿らの商売を安堵いたそう。その代わり、特定の村に『今のうちに米を買い占めよ』と風聞を流せ。そして同時に、土豪どもには『織田が軍を動かす兆候あり』と、まことしやかに漏らすのだ」


情報統制と、心理戦。


土豪たちは「織田が本気で攻めてくる」と怯え、同時に「米がなくなる」という恐怖にさらされる。俺がやったのは、彼らの不安を極限まで煽り、解決策として「織田への降伏」を提示しただけだ。


二日目。


土豪たちの代表が、怯えた顔で俺の元へやってきた。


「……我ら、織田様に忠誠を誓い奉る。何卒、格別のご哀憐をいただきたい」


彼らは戦うことすら選べなかった。

彼らの中に、自分たちを追い詰めたのが「たった一人の若造の根回し」だとは露ほども思っていないだろう。


三日目の夕刻。


俺は、約束通り彼らの署名入り誓約書を信長の机に置いた。


「予定通り、彼らは平伏いたしました」


信長は机の上の書状を見つめ、それから俺の顔をじろりと見た。


殺気はない。


しかし、背筋が凍るような重圧。


「……兵を使わず、金をかけず、血も流さずか。信正よ貴様、一体何者だ?」


(答えは言えないな。ただの社畜です、なんて)


俺は最大限の敬意を込めて微笑んだ。


「ただ、彼らの『都合』を利用したに過ぎませぬ。すべては父上の御威光あってのことにございます」


信長はしばらく黙っていたが、やがて短く笑った。


「……面白い。貴様のその、薄気味悪いほどの合理主義、気に入った」


こうして、織田信正の「生存ルート」は、着実に一歩を踏み出した。


だが、俺は知っている。こんな小さな成功など、織田家という地獄の入り口に過ぎないことを。



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