医は算術
医は算術
胃の腑の底からせり上がってくるような酸っぱい匂いが、真新しいアイボリーのレースカーテンに染みついているような気がして、私は台所で何度も鼻を鳴らした。おろしたての麻のブラウスは糊が利きすぎていて、動くたびにピシピシと音を立てて硬い襟元が鎖骨を痛めつける。冷蔵庫に残っていた半端なキャベツと、賞味期限が昨日で切れた厚揚げを、出汁の素と醤油だけで雑に煮たものを口に運ぶが、舌の奥が痺れるばかりで味がまったく分からない。箸を持つ右手の親指の付け根には、昨日からずっと、ペンを握りすぎたときのような鈍い痛みが居座り続けている。夫の書斎だった部屋の片隅には、まだ彼の私物である古い帳簿や領収書の束がうずたかく積まれており、その背表紙にうっすらと積もった埃を見るたびに、もうここには誰もいないのだという現実が冷ややかに胸を突いた。あの人はいつも、薬の仕入れ値を一銭単位で値切りながら「医療もまた、計算ずくの算術に過ぎない」と自嘲気味に笑っていたが、残されたこの帳簿の数字の羅列を見ていると、彼の冷徹な計算の裏にあった焦燥ばかりが透けて見えて、私は目の前にある冷めた煮物をただ黙って見つめるしかなかった。
「お義姉さん、まだそんな片付けもしないで、お父さんの古い書類を眺めているんですか」
低く、どこか湿り気を帯びた声とともに、義弟の栄治が勝手口の引き戸をがらがらと音を立てて開けて入ってきた。彼は仕立ての良すぎるチャコールグレーのスーツを着ていたが、泥はねを避けるための泥除けがない古い自転車に乗ってきたせいで、ズボンの裾に茶色い小さなシミがいくつも点々と張り付いている。栄治は私の返事も待たずに、土足同然の勢いで板の間に上がり込むと、食卓の脇にある丸椅子を勝手に引き寄せて腰掛け、ポケットから使い古した真鍮の煙草入れを取り出した。彼は爪の先でカチカチと蓋を叩くお馴染みの癖を繰り返しながら、値踏みするような視線で、部屋の隅にある古い金庫と私の着ているくたびれたブラウスを交互に見比べた。その指先には、彼が経営する薬問屋で扱う、独特な樟脳とハッカを混ぜ合わせたような鼻をつく香油の匂いが染みついていて、私の狭い台所の空気を一瞬で塗りつぶしていく。
「兄さんが亡くなってから、この診療所の未回収の売掛金がどれだけあるか、帳面をきちんと合わせましたか。 DPCという包括評価の制度が始まってからというもの、うちのような古い個人医院は、入院日数を計算するだけで頭が割れそうになる。のんびりとお茶を濁している暇はありませんよ、お義姉さん」
栄治の言葉を耳にしながら、私は台所の勝手口の外に見える、雨上がりの湿ったアスファルトの黒い光沢に視線を落とした。通りを歩く近所の子どもたちが履いている長靴の黄色い色彩だけが、妙に鮮やかに目に焼き付いて離れない。夫が生前、患者たちの顔を見ることもなく、ただカルテの点数と病名の組み合わせばかりをパソコンの画面上でパズルのように組み合わせていた後ろ姿が、急に思い出されて喉の奥が苦くなった。あの人は患者の命を救いたかったのか、それとも精緻な計算式を完成させて、病院という経営体を一円の狂いもなく回したかっただけなのか、今となっては尋ねる術もない。私は痛む親指をもう片方の手でぎゅっと握りしめ、彼の残した乾いた数字の山を睨みつけながら、ただ冷たくなった厚揚げをもう一口、無理やり喉の奥へと押し込んだ。




