言葉のキャッチボール
言葉のキャッチボール
苦い後味を引きずったまま、私は台所のガスコンロの前に立ち尽くしていた。お気に入りの薄古びた木綿の部屋着の袖を乱暴にまくり上げ、圧力が抜けた重い鍋の蓋を開けると、ほんのり焦げ付いた鶏肉と生姜の鋭い匂いが湯気とともに鼻を突く。夕食の支度を黙々と進めながら、私は昔読んだ聖書の一節にある「容易に同意しない人」という言葉を唐突に思い出していた。あの頑なだったフレンドとのやり取りを振り返り、ただ憤慨して疲れるだけでなく、この寂しい結末から自分はいったい何を学べるのだろうかと、少しずつ冷静になって考え始めていた。
「お互いに、自分の物差しだけで話していたのかもしれないわね」
胸のつかえが完全には取れないまま、私は大皿に料理を移すお玉を握る右手にじわりと力を込めた。食卓の隅には、昼間に取り込んでそのまま畳み忘れていたバスタオルや靴下の山が静かに佇んでおり、その横に出来上がったばかりの温かい鶏肉の煮物と、少し水気の抜けたトマトのサラダを並べていく。言葉というものは不思議なもので、発せられた一言によって人の心は温かくもなれば、逆に鋭く傷つきもするのだと、しみじみと感じ入っていた。もしあの時、相手が「そうね、そういう考え方もあるね」と一度でも受け止めてくれたら、私の心もあそこまで意固地にならずに済んだはずであり、だからこそ私自身も、まずは相手を否定せずに受け止めるような柔らかいコミュニケーションの技術を、これからの人生でしっかりと身につけたいと思う。
「これからは、どんな時でもまず相手の言葉を受け止めるキャッチボールを意識してみよう」
すっかり冷めきってガラスコップの周りに水滴をたくさん溜めた麦茶を、私は喉を鳴らしてゆっくりと飲み干した。居間の窓の外はいつの間にか完全に日が暮れていて、遠くを走る電車の微かな走行音が、夜の涼しい風に乗って網戸の隙間からかすかに流れ込んできている。いくら相手に対して「どうして共感してくれないの」と不満を並べ立てたところで、他人の性格や考え方を私の思い通りに変えることなど絶対にできないのだと、ようやく腑に落ちたような気がした。結局のところ、変えられるのは他人ではなく自分自身だけなのだから、まずは自分が変わる努力をすることが、この平行線の人間関係から抜け出す唯一の鍵なのだろう。
「変えられるのは自分だけなのだから、まずは私から言葉の使い方を優しく変えていこう」
トレイに載せた大皿を居間のテーブルへ運び、私は使い古した座布団の端を小さく整えて腰を下ろした。箸を手にとって、少し味の濃くなった大ぶりの鶏肉を口へ運ぶと、じっくりと火の通った柔らかさが口いっぱいに広がり、強張っていた肩の力がふっと抜けていく。自分の楽しさを否定された瞬間のあの拒絶感も、相手の言葉をそのままの形で一度手のひらに載せて眺める心の余裕さえあれば、もっと静かに受け流すことができたはずだと深く胸に刻む。いつかまた同じような場面に出会ったときは、自分の感情を昂ぶらせる前に、すっと穏やかな風を吹き込ませるような言葉を返せる大人でありたい。
『このゲームはハウジングをやるためのものじゃない』と言われたら、
「相手を言い負かそう」でもなく、
「私が我慢しよう」でもなく、
『そうね、あなたはそう思うのね』と言える人に、私はなりたい。




