35 共同戦線
走る。
走る。
走る。
カナメとフランは、彼女の家の庭をひたすら走る。
羨ましいと思っていたこの広大な敷地が今は恨めしい。
どうにか突破したとはいえカナメは満身創痍だ。身体は悲鳴を上げていて、一歩踏み出す度に痛みが襲う。だが、それでも足は止めない。
今こうしている間にもメリアはあの勇者の毒牙にかかっているかもしれないのだ。
しかし、ただダッシュしていても仕方がない。
間に合うだけではダメなのだ。勇者に対抗する手段、何らかの打開策を考えなければ。
そしてそのヒントが得られるのは、今フラン以外にいない。
だから、慣れない会話もする。
「なあ、聞いてもいいか?」
「…………私に答えられる範囲でよければ」
「君たちの勇者は、なんでこんな事をする。何が目的なんだ?」
「目的……ですか。そんなものはないと思いますよ。彼は、ただ愛を振りまくだけです」
「愛……」
「思えば、貴方達がこの場に来た事。いえ、正確に言えばレナが貴方を見つけた事も、全て彼の重力場に囚われたからなのでしょうね」
重力場。レナもそんな言葉を使っていた気がする。
いや、彼女がフランの事情を利用していたのなら、それもフランからの受け売りだったのかもしれない。
ようは、勇者ケントは事象の中心になるという事だ。
カナメの視点からすれば、主人公補正という奴だ。勇者なら当然持っているだろう。
「その、特にケントは女の子に対しての影響が大きいというか……恋愛に結びつきそうな出来事が多いのです」
「ラブコメ主人公ってわけね……全く、いざ現実に現れると厄介極まりねえな」
おそらく、ここまでの流れも全てケントの重力場とやらに影響された結果なのだろう。
これまでのイベントも、全ては彼のための伏線だったわけだ。
「どうりで甘いイベントばかり起きるわけだ……」
今思えば、メリアと甘い空気になる機会も多かった気がする。
それもケントのラブコメ世界に囚われた結果なのだろう。そして、その積み重ねが大きいほど裏切られた時の落差は大きくなる。
早い話。自分は彼のフラグのために利用されたのだ。
「まあ、レナの誘惑にまんまと乗せられた貴方に言い訳は出来ないと思いますがね」
「痛い所を突いてくるな……でも、その通りだ。だから言い訳はしない。ちゃんと頭を下げて謝るさ」
別に、カナメとメリアは恋仲というわけではない。
あくまで王女と勇者という関係なのだから、負い目を感じる必要はないのかもしれない。
けれど、彼女はきっと傷ついている。なにせ、信じれる者の少なかったメリアが、初めて作った勇者なのだから。
理屈的に浮気に当たらないとしても、心はきっと傷ついているはずだ。
そして、勇者ケントはそれを利用する。
いや、それを織り込み済みで動いてくる。
(結局は自分のため……メリアから離れたくない。彼女の力になりたいというワガママを貫きたいだけ)
それでも。
いや、だからこそ。
それをあの勇者──ケントにだけは貫ける。他でもない奴にだけは、この思いで立ち向かえる。
「ラブコメ主人公がラブコメ世界にいると自覚したらどうなるか……そりゃ好き勝手出来るわけだよ。何せ全て都合よくイベントが起きて、それをコントロール出来るんだからな。メリアが言ってた異界化……こういう事かよ」
「はあ、よく分かりませんが……」
フランが首を傾げているが、それはそうだろう。
ラブコメだとか主人公だとか、あくまでカナメの元いる世界の文化から生まれた単語だ。よく分からない呪文とでも思われたのだろう。
「悪い……て言っても説明するのも難しいんだけど。それより、フランさんこそいいのか? 本格的に敵対する事になるわけだけど」
「今更ですよ。あの子達と戦った時点でボーダーラインは超えました。何より、この気持ち悪さを払拭したい……それだけです」
「そっか、じゃあ悪いけど協力してもらうぜ。敵は勇者だ、そう簡単にはいかないからな」
そうだ、やる事は変わらない。
彼女の勇者として他の王女達や陰謀に立ち向かうと決めた時から、この展開だって予想出来た。
なにせ、他の王女と敵対するという事はその勇者と敵対するという事でもある。
無力なまま、いつだって不利なまま、上を向き続けるしかないのだ。
「ところで戦闘になった場合頼りには……出来ないよな?」
「もちろんです。前にも言いましたが本当に精神系魔法しか使えませんので」
「そうか……じゃあ支援だけでも頼むぞ。手札は一枚でも多い方がいい」
状況は最悪。やる事も多い。
まずメリアに謝罪して納得してもらう事。
そして勇者ケントへの対応だ。
いずれも難易度は無理ゲーなレベル。これがゲームならコントローラーを放り投げている。
だが、カナメにとってはこれが現実。
あの日、王都で思い知っていたはずなのに。……いや、違う。
あの時は思い知らされただけだ。
力の差も、待遇や環境の差も。
エレノアの勇者にしろ今回にしろ、いざ敵対すればより強く感じてしまう。彼らの、その脅威と理不尽さを。
────ああ、全く、酷い一日だ。
もはや笑えてくる。
レナと会ってからまだ一日も経過してないのだ。
状況だけ見れば、詐欺にあったようなもの。
その代償は、カナメにとっての大切な人。
(寝取る相手のパートナーと親密度が高ければ高い程興奮する性癖みたいだな、勇者ケント。よくもまあ、俺までラブコメ時空に巻き混んでくれたぜ)
他に思い人がいたが、それに裏切られて主人公がそれをフォローして惚れる。
なるほど、少女漫画じみた展開だ。
出来すぎてる程に。
当然のように。
だって彼は、主人公なのだから。
けど。だからこそやる事は簡単だ。
(主人公だろうが知った事じゃねえ。サブキャラ同士が結ばれる展開だって珍しくない事を、教えてやる)
気づけば広い庭を抜け、屋敷に辿り着いていた。
さあ、ここからが決戦の時。
奪われかけているものを取り返すべく、カナメはラブコメの世界へと挑む。




