36 幸せな夢
「どうだ、現実に気づいたか? いくら君のためと戦ってくれた奴だって結局は男だ。他の愛を見つければすぐにそちらに靡く。君にための勇者なんてのは嘘っぱちだ」
「……………………」
「とはいえ俺は彼を責めはしないよ。……人間は弱い。目の前の誘惑を断ち切れる者なんてそうはいない。楽な方へ楽な方へと逃げ続けるのが人間だからだ。それがいかな快楽でも、な」
メリアにこそ伝わらなかったが、それはこんな異世界にまで来てしまった召喚者だからこその言葉だった。
誰だって辛い道は選びたくない。
誰だって自分に都合のいい展開を選びたい。
思うままに生きていたい。
勇者とは、召喚者とはつまりそういう存在なのだから。
死よりも次の世界を望み。自分のための力を欲した。
ケントも、カナメも、他の勇者もそれだけは同じだ。例えそれまでの経緯がどういうものだとしても、結果は同じ。
「けど、俺は違う道を選んだ。誰も裏切らない、もちろん君もだ」
「ハーレムを形成してこの街を乱す貴方が……!!」
「乱すとは心外だね。俺はこの街に何もしちゃいないさ。むしろ依頼なりクエストなりを受けて障害の排除に協力している。それにだ、街の皆に聞いてみたか? 誰一人として俺を悪く言う奴はいないと思うよ」
「そんな馬鹿な……」
「それに、ハーレムだの言ってくれるがそれはあの勇者みたいに裏切らないための措置でもある。ようはさ、誰か一人の特別を作るからそうなるんだ。俺はもう、誰も不幸にしたくない……だから俺は全ての女の子に愛を与える」
「……………………」
「ハーレムエンド上等じゃねえか。この世界ならそれが叶う。誰も悲しまないなら、それは一番いいはずだ。君……いや貴女の理想だろう? 第五王女アルメリア・ヴァーミリア」
それで、メリアは何も言い返せなくなった。それは事実だったからだ。
誰もが幸せであってほしい。誰も争わないでほしい。誰も……死んでほしくない。
そんな到底叶わない理想を持ち続けた。けれど政治外交でそんな甘い意見は通用しない。おまけに身を守る勇者もいない。
メリアの立場が弱くなるのは、当然の事だった。
けど。
「俺を勇者にしてくれ。俺をなら君の理想を叶えられる。甘いと罵られ続けた君の夢を、守ってあげられる」
「────────ッ」
それは、あまりにもタイミングと都合のいい甘美な言葉だった。
まさに救いの手だ。
ケントはメリアの全てを肯定してくれる。
弱さと現実を見た上で手を組んだカナメとは違う。
裏切らないし、力にもなってくれるだろう。彼自身の実力だってあるだろうし、彼を取り囲む女の子達も協力してくれるはずだ。
事態は全て好転する。
他の王女とだって渡り合える。
「わ、私は────」
「そうだよ、別に彼と手を切れって言ってるわけじゃない。俺は君に関わる全てを見捨てない。だからもちろん彼だって救うさ」
「…………………………………………」
それなら。
それなら。
全ては解決するのではないか?
だってカナメを捨てて、切って殺すわけじゃない。彼も一緒なのだ。
全員幸せになれるのなら、それが一番いいに決まっているではないか。
窓の外のベンチに、もうカナメの姿はない。
ただ去ったのか、それともレナと一緒にどこかへ行ったのか。いずれにしても彼は彼の道を選んだ。
なら、自分は────。
視線は、窓からケントに移る。
その姿は、もう敵ではなく、一人の優しい男だった。
「私、は…………」
「大丈夫、心配しなくていい。あとは俺に任せて。君の問題は俺が全て解決する」
それが当然の事実であるかのように、ケントは断言する。
事実と実力に裏付けられた自信。
そして、手を差し出す。
「これからよろしく、アルメリア様────いや、メリア」
そう言って、ニッと笑う。
無邪気な、裏などない少年のような笑みを。
手が、伸びる。
伸びてしまう。
その夢は見たいと思うには魅力的すぎた。
それはもう、溺れてしまうほどに。
「よろしく、お願い────」
彼の手を取る。
その、直前。
「その夢は悪夢だぜ、メリア」
そんな声が、部屋に響いた。
ケントの、メリアの視線が部屋の扉に向けられる。
そこにいるべき人間、いられる者など一人しかいない。
「────────カナメさん」
「よお、パジャマパーティーか? なら混ぜてくれよ」
身体はボロボロ。所々に血は滲んでいるし、息は荒い。
足は震えているし、焦点も合っていない。
それでも、立って二人を見据えている。意思だけは死んでいない。
そんな勇者カナメが、メリア達に幸せな夢に立ち塞がった。
♢♢
対峙する二人の勇者。
ケントの傍らには手を伸ばしかけたまま固まっているメリア。
カナメの横には冷静に状況を観察するフラン。
奇しくも、互いの勇者は共にいるはずの仲間と向き合っていた。
まず口を開いたのはカナメだ。
内容は決まっていた。
「メリア、ごめん!!」
しっかりと彼女の目を見て、ハッキリと謝罪した。
策に乗せられたとはいえ、彼女を裏切るようなマネをしてしまった。
もはや自分の信用など地に落ちているだろう。けど、それでも謝らなければならない。
許してはもらえなくとも、彼女の思うのならば。
「俺は────」
「まさか裏切るとは、どういう事だフラン!!」
カナメの言葉を、ケントの怒声がかき消した。
「────────ッッ」
ギリっと歯噛みするカナメ。
(コイツ、こっちの流れを切りやがった。流石はラブコメの重力場なんて生み出せる奴は違うか)
「そうですね、私は貴方を裏切った。それは言い逃れのできない事実。ですので、ハッキリと言いましょう。私は貴方の敵です、勇者ケント」
「そうか…………それは残念だよ」
片手で、顔を覆うように上を向くケント。
悲しみか、怒りか。その表情は見えない。
「そして、これは蟻の一穴です。私が証明している、皆は違和感を違和感と気づけないだけ。異物が発生した今、これまでの普通は崩れていきます」
「そういう事だ勇者ケント。お前のラブコメは崩壊する。だからメリアを返してくれ」
「……………………返す? 俺は奪ってなどいないよ。彼女が彼女の意思で俺を選んだんだ。俺の方が、皆を幸せに出来るんだから」
メリアは俯くしか出来ない。
それは事実で、彼女はそれを選びかけたのだから。
けど、それでもカナメは目を逸らさない。
夢など叶わない、それが現実だと知っているから。
「そうだな、それは否定しない。お前は本当に幸せを実現するんだろうさ、それが主人公だからな。でも、俺は違う。俺はただのモブ、だから出来る事だけを指し示すよ」
勇者ケントを睨みつけながら、宣言する。
「メリア、俺にはケントみたいに幸せな世界は実現できない。だから、このクソったれな世界で幸せになるための努力をしよう。それが、俺の出せる変わらない答えだ」




