34 目撃
その時のメリアの頭にあったのは、やはりというか国の事であった。
一人でいるとどうしても考えてしまう。
エレノアで自分が狙われた意味。
王家の姉妹の中でもアルメリアは重要な立場にいない。
それはそうだ。駒となる勇者も公にはまだいない。おまけに穏健派として他国への牽制も出来ない。緊張状態を保っている国家情勢において、メリアが役に立つ事はほとんどない。
それでも自分に出来る事はあると、国内各地の慰安訪問で巡る事にした。国家の影響を受けにくい辺境の街の実態も知りたかったからだ。
だが、結局はあのざまだ。
自分という存在を利用され、あやうく一つの街とそこに住む人々を虐殺されかけた。
自分の無力さを思い知っただけだった。
けれど、まだ出来る事はある。
どんなに自分が無力でも。数いる王女の中で立場が一番下だとしても。
それでもこの国を愛する心だけは本物のはずだ。だからメリアは抗う。自分を、国を蝕む裏切り者に。
そのために勇者も迎え入れた。
カナメは信用に足る人物だ。
メリアに異なる文化圏の事を教えてくれた。そんな些細なひと時を与えてくれた事も感謝している。
それに、なによりも彼は勇者よりも心に勇気を備えている。そうメリアは思っていた。
無償の献身。
自分の利益など考えない、損得以上の感情で動ける者。
自分が傷つくと知りながらも他者のために脅威に立ち向かえる者。
そんな彼こそ真の勇者だと、そう感じたのだ。
思えば、ある意味でメリアはカナメを魅力的に感じていたのかもしれない。
これまでのメリアの人生で、彼女に近づいてきた男性は全て裏があった。彼女──メリアというより第五王女という立場を利用するための接近だった。
他の姉妹はそれでも相手のステータスがあって自分の益になるなら構わない、そう考える者もいたがメリアは違った。
利益だけを考える者に、自分の身体も心も許すのも嫌だったのかもしれない。
おかげで勇者もおらず立場は不利になったが、それでもよかった。
自分には自分のやるべき事すべき事がある。そう信じていたからだ。
だが、それも。
「結局、私に出来ることなんてないのかな……この街でも私は何もしていない、カナメさんについて回るだけ……」
そんな風に考えてしまう。
心に暗い影がさす。
自分がしているのは結局ただのわがままで、己の行動は国の不利になっているのではないかと。
そう、考えてしまうのだ。
「カナメさん……貴方なら何か答えをくれるのでしょうか。心の導くままに動ける貴方なら」
きっと自分は彼を過剰評価しているのだろう。
彼──カナメが路地裏のチンピラにも負ける事があるのは知っている。実力が本来の勇者に及ばないのも知っている。
けれど、その在り方はきっと尊いもので、メリアはそれに惹かれて勇者になる事を望んだのかもしれない。
もしくは、メリアのために命さえ懸けるカナメを自分は利用しているだけなのか。
正直なところ、メリアにも自分の心が分からない。
だが。
それでも。
「ああ、でも、意外と彼はどうでもいいんじゃないかな」
そんな声が、メリアの思考を遮った。
それはある意味でいいタイミングだったのかもしれない。悪い思考を遮断してくれたのだから。
だが、悪い事もある。
その声の主は、ハーレムの王。この街の影の支配者。
すなわち、ケントだったからだ。
予想外の声に警戒心をマックスにして構えるメリア。
魔力を練り、いつでも攻撃できるよう臨戦態勢だ。
だが、視線の先の男はそんな警戒など気にしていないかのように笑っている。
「そう構えるな。俺は君と戦うつもりはないよ。ほら、手ぶらだよ」
両手を上げるケント。それは無抵抗のポーズだ。
確かに武器は持っていないようだが、何もなくても魔法は使える。警戒を緩める理由にはならなかった。
メリアの視線には、敵意。
「おー怖い怖い。でも無意味だな。君は無抵抗の奴を攻撃出来るような人間じゃないだろ? そして俺は絶対に君に害は加えない。だから、身構えるだけ無駄だよ。疲れるだけさ、気楽にいこうぜ」
「貴方は……どうやって……いえ、何をしに来たのですか?」
「何をって……決まってるだろ。君と話に来たんだ。それだけだよ。とりあえず、そっちに行っていいかな?」
「それを許すと思うのですか?」
「思うよ。君は優しいから。それに、何も隣に座ろうってんじゃない。人と人の会話なのに対角でするのはどうなのって話だ」
対するメリアの反応は沈黙。
男の言う事は尤もだが、それを承諾はしたくないという感情の表現方法がそれしかなかったのだ。
「沈黙は肯定ととるよ。ありがとう」
そう、都合よく解釈するケント。
けれど、メリアの懸念に対し彼は誠実だった。窓を挟んで左右にもたれかかるケントとメリア。
遠くはないが近すぎもない距離で隣り合う二人。
メリアとカナメにとって敵である事は間違いないのに、不思議と明確な敵対心を抱けない。それが不思議だった。
「もっと、俺が嫌な奴だったら良かった? でもさ、逆に君らが俺に敵対する理由ってなにかな。レナに依頼されたから? それとも俺が女の子に囲まれてるから? いずれにせよ、あの勇者もどきはともかく君には関係ない事情じゃないか?」
「それは…………」
それもまた、否定出来ない事実だった。
彼は……勇者ケントはメリアに害を加えてはいない。それどころか、敵対さえしていない。
彼は彼の日常を過ごしているだけだ。
ハーレムを築いているという特性はあるが、派手なだけでそれも問題はない。
この国は重婚が可能だ。女の子を何人侍らせていようと、法律上は問題ない。
人と人が愛し合う事に、何の制限も設けてはいないのだから。
「君の事情はなんとなく分かるよ。俺も以前は王族に関わる者だったからさ。でも、だからこそ君の力になれると思うんだ」
「────それは、どういう事ですか?」
「裏なんてないよ。俺は、君の力になりたい、それだけさ。そして事実として力になれるだけの実力がある。あとは誠実さもね」
「……………………」
「やれやれ、警戒されてるな。けどさ、俺は女の子を悲しませる事だけはしてないつもりだ。裏切ったりはしない。けどさ、君の勇者はどうかな?」
「何が言いたいのですか。カナメさんは優しいし、誠実です。それを────」
「じゃあさ、アレはどういう事かな。彼が本当に君を第一に考えて、大切に思っているなら。ありえないんじゃないか? 所詮は彼も、ただの男だよ」
そう言いながら、ケントは窓の外を物憂げに眺める。
その、視線の先。
それを、誘導されるかのようにメリアも見てしまう。
窓の外。
暗闇の先。
屋敷の前に設置されたベンチ。そこで、熱い抱擁を交わしながら顔を近づける男女を。
すなわち、レナとカナメの姿を。
それは、メリアの心を揺さぶるに足りる光景だった。
同時にケントの言葉が突き刺さる。
「そんな男を、君はどうして信用するんだい?」




