31 真相と対峙
「お姉ちゃん……どうしてここに」
「どうしてもこうしても、ここは私の家でもありますので。まあしばらく帰ってなかったのは認めますが」
現れたのはレナと瓜二つの双子の姉フランだ。
本当に二人は似ている。髪の長さは違うがそれもよく見ないと分からないレベルだ。分身なんじゃないかとさえ思う。
だが、そんな姉妹は今対立しようとしている。
冷ややかな眼でカナメとレナを見下ろすフラン。
カナメに抱きついたままの状態で、どういうわけか忌々しげに見上げるレナ。
板挟みのカナメは混乱するだけだ。
「お姉ちゃん、妹の情事に突っ込むなんてデリカシーないんじゃない?」
「ですが、それが合意の上とは思えませんね。貴女が肉食系なのは知っていますが、そこまでとは思いませんでした。それに外で、というのはどうでしょう」
「……放っておいてくれ。これは私の問題なんだから」
「それが本当に貴女の個人的な関係なら私も放置しますが、これは違う。人を陥れるために愛を使うのは感心しませんよ。それは確かに効果的ですが何よりも悪質だ」
「…………お姉ちゃんは誰の味方なの。その行動こそが裏切りだって分からないかな?」
「私は……確かに彼の仲間ですが、誰の味方かと問われればそれは貴女の味方です」
そんな、家族への思いやりが伝わるような言葉。
だが、レナの受け取り方は違ったようだ。
「何が私のためだ……家にもろくに帰ってこないくせに。結局はアンタだって彼の────」
「待て待て待て、ちょっと待て。俺を置いて話を進めるな!!」
圧倒され聞いているしかなかったやり取りに、カナメが介入する。
姉妹の言い合いに関しては全く理解出来ない。それは彼女らの事情が深く関係しているからで、簡単に理解すべき事でもないのだろう。
だが、それと現状については別の話だ。
カナメとしては当然の疑問が浮かぶ。
「なんでここにいるんだフランさん。いや、それより何で俺を庇ってくれるんだ」
現れた時の言葉の意味など、問いたい事は山ほどある。
だが一番の疑問点はその一点。見ず知らずの自分を庇ってくれる理由だ。
けど。
「理由なんてどうでもいいでしょう。それよりも、今の貴方の状況分かってます?」
「…………状況?」
冷静に視線を動かして見れば。
覆いかぶさっているレナ。密着している身体。
勢いというには誤魔化しのきかない状態だった。しかも、目の前にいるのはレナの姉。
なるほど殺されても文句が言えない状況だ。
「ご、ごごごゴメンなさい。妹さんとは何にもないんですこの状況もたまたまなんです!!」
「いえ、気にしてほしいのは私に対して、ではないのですが……この方はいつもこんなノリなのですか?」
「まあ、私が見ている限りはそんな感じだよ」
「あれ、なんで憐れみの目で見られてるの? そういう流れじゃなくない?」
カナメだってシリアスな時は真面目だ。
とはいえ女性相手だと対応力が落ちるのは間違いない。
「いえ、すいません私こそ話を脱線させてしまいましたね。ですが、私が言いたい事は最初に言った事のままです。早い話、レナは嘘をついている」
「…………嘘?」
当然の流れとしてレナの方を向く。
息がかかる程の距離、けれどレナは視線を外していた。
「分かりやすく言えば、ハニートラップです。貴方、いかにもかかりやすそうですものね」
「フランさん、丁寧に見えて実はドSですね……」
空気に飲まれつつあったのは事実なので何も言えないが。
言い訳する気はないけれど、それでもおかしい部分はある。あまりにも彼女を色っぽく感じ過ぎではないか?
いや、今回のレナに限らず、メリアとも…………。
だが、思考はフランの言葉が切り裂いていく。
「どういう流れでレナと知り合ってこの街に来たのかは知らない。けれど、レナの行動は全て彼の──ケントのためのものです。だからその誘惑にも意味があります」
レナは沈黙を貫いたままだ。
「言ってしまえば、貴方はおびき寄せられたのです。罠とも言い換えられます。何せ、レナは語っていた違和感など感じていないはずです。その話をしたのは、元は私ですから」
「それは、どういう…………」
どういう事だ。
いきなりの事に、脳の処理が追いつかない。キャパシティが明らかにオーバーしている。
ここまでの全てが罠だって……?
フランは自分の家に視線を向ける。いや、正確にはその一部──灯りのついた部屋を。
「なるほど、あそこからならこの場所もある程度見える……そういう事ですか」
「お姉ちゃん……どうして邪魔するの? 彼が大事じゃないの?」
そんな、疑問と怒りが篭った質問。
そしてそれは、姉であるフランの話が事実だと言っているようなものだった。
「もちろん大事です。けれど、それ以上に大事なものもある」
「…………ッッ。お姉ちゃんは、いつも──」
感情的な妹に、冷静な姉。どこまでも対照的な姉妹だった。
だが、そんなものはカナメには関係ない。
「レナ、どういう事だ。依頼の話も嘘だったのか? 酒場の事も、俺たちを誘き出すためだったのか?」
「……………………」
レナはカナメに答えない。
ただ、ゆっくりと身体を離し距離を取る。
俯いているせいでその表情は読み取れない。見えなければ観察スキルでも分析は不可能だ。
もっとも感情に関しては本当に推測が限界なのだが。
そんなレナに変わるように、フランが話を続けてくれる。
「結論から言ってもいいのですが、それを理解してもらうために言っておく事が二つあります」
「…………なんだ」
「一つ、世界に違和感を感じた異物なのはレナでなく私の方であるという事。つまり、彼女は勇者の盲目的な仲間です。二つ目は、彼……ケントの望みはハーレムの拡大と、再びの成り上がりだという事」
その情報は、カナメに一つの最悪の想像を浮かばせた。
そして、それは続くフランの言葉によって真実に変わる事となる。
「つまり、狙いはアルメリア様でしょう。貴方と第五王女様を別れさせ、それを利用して成り上がりを企んだ」
自分とメリアはそんな関係ではないとか、そんな突っ込みを入れる余裕すらなかった。
自分達は上手く利用された。その事実だけがカナメを蝕む。
なぜならそれは、カナメだけでなくメリアの良心を利用した作戦だという事なのだから。
「け、けど具体的にどういう……」
「レナの身体を使った誘惑、あれが全てです。ここは屋敷の目の前、そしてアルメリア様の部屋も見える。こちらから見えるという事は、向こうからも見えます」
「────ま、まさか」
全身に、寒気が走る。
「そうです。レナの誘惑に落ちかけた貴方を、アルメリア様は見ていたはずです。そしてその傷にケントはつけ込む。悲劇の中にある少女ほど落としやすいものはないのですから」
思わず目眩がする程だった。これが勇者のする事なのか。
女の子を惚れさせて、自分の成り上がりに使う。それだけでも悪質だが……それ以上に、その作戦に自分を慕っている女の子を使っているという点が異常過ぎる。
いや、それどころではない。
彼──勇者ケントはその状況さえ作り出せばメリアが自分に惚れると確信して作戦を立てた事になる。
つまり主人公特有のフラグ体質を自覚的に使っている。
あの肉欲に溺れたハーレムもそういう事だろう。
結論、ケントは恋愛系イベントを自分で作れるのだ。
そしてその重力場に囚われた者は逃げ出せない。なぜなら、召喚者は事象の中心に位置してしまうのだから。
そこまで思考が至った事により、現状の危険性が認識出来た。
ケントの狙いがメリアで、自分とレナの行為を目撃させる事が目的なら、今彼女は────。
「マズイ、メリア──!!」
ガバッと飛び起きる。
手元に武器はない。それでも行くしかない。
自分は彼女の勇者だ。それ以上に彼女の力になりたいと思う。その役目を、他の誰にも譲りたくはない。
けれど、当然の流れか。
彼の前には、レナが立ち塞がった。
「諦めなよ。私の誘惑に乗りかけた時点で、アンタは終わってる。奇跡的に彼女を救えたとして、アルメリア様からアンタへの心象は最悪だろうよ」
「…………かもな」
それは、きっとそうだろう。
事実としてカナメはレナの誘惑に飲まれかけた。今まで感じた事のない少女の身体に溺れかけた。
それを見られていたのなら、彼女は失望しただろう。見限ったかもしれない。
それはカナメの弱さが招いた事で、言い訳も出来ないし弁解の余地もない。
けど。
だけど。
それでも、カナメが彼女の力になりたいという思いは消えてない。
メリアの心が、誰かに利用されるのを黙って見ている理由にはならない。
「レナ、一つ聞く。お前は誰の味方だ?」
「決まってるじゃないか。私は、ケントの味方だ。それ以外の何者でもない」
「なら認めるんだな。彼を倒してほしいという依頼も、これまでの流れも、全て嘘だと」
「……………………ああ、そうさ。全てアンタ達を誘き寄せるための嘘。語った設定もお姉ちゃんに相談された事をまんま使っただけ。もっともアンタ達を見つけたのは完全な偶然だったけど、いやはやラッキーだったよ」
それは、もはや隠す事をやめた──吹っ切れた者の声だった。
観察スキルも、彼女の動揺や緊張は感知していない。まさに本性というやつなのだろう。
「なるほどね、全部納得したよ。ラブコメの主人公が主人公である事を自覚したらどうなるか、って事か。フラグ管理の出来る主人公……そりゃチート過ぎる」
こんな状況でなければ羨んでいたかもしれない。
女の子が自分に惚れるタイミングが分かるなんて、全男子の夢そのものだ。
自分がモテる夢など、誰もが通る道だろう。
けれど、そこには確かに奪われる者が存在する。それを改めて理解させられただけだ。
「何言ってるかは分からないけど、諦めなよ。アンタに戦闘能力がほとんど無いことは知ってる」
「それはこっちの台詞だな。お前の力は透明化だ。けど、俺にそれは通じない」
正確に言えば観察スキルでも透明になったレナを確実に捉える事は出来ない。
だが、それは事前の仕込みが肝。一度見破っているからこそ、ハッタリも効果的になる。
「かもね、でも……それは私だけならだろう?」
そんな、レナの挑発的な笑み。
そして、その意味を理解する間もなく。
何かが、カナメの腹に撃ち込まれた。
衝撃が、全身を駆け巡る。
「が…………あッ…………!!」
激痛と共に地面を転がるカナメ。
何かの攻撃を受けた。それは分かるが痛みで冷静な思考が維持できない。
しかも、まだ終わらない。
地に伏したカナメの顔面に、勢い良く振りかぶった蹴りがクリーンヒットした。
仰け反るように吹き飛ばされる身体。
無様に空を見上げるしか出来ない。
口の中には血の味が広がり、痛みは顔と腹を中心にして全身広がっている。さらに言えば視界は明滅している。
「ねえねえこんなのが第五王女の勇者なの? 流石に雑魚すぎない?」
「弱いのはいい事じゃない。少なくとも私達やケントにしたら」
「弱い者イジメは好きやないけど、今回は仕方ないなー」
「邪魔者、殺す、それだけ」
そんな四人ほどの声が聞こえた。
どうやらレナの援軍らしい。
今カナメがくらった攻撃も彼女達が行ったものだとしたら、相当強力だ。何せ反応も出来なかった。
それに、女の子だけ……というのもあからさまだ。
レナを含めて五対一というのも絶望的だ。明らかに対処可能な数を超えている。
(ああクソ……NTRエンドとはね。確かに需要はあるけどさ、いざ自分がやられるとキツ過ぎるよ……)
結局自分は奪われる側だ。
チート召喚者は欲しいもの全てを得て、周りは全てを諦める。それを認めるしかないのか。
それが自然だと、受け入れるしかないのか。
世界の中心である主人公には、モブは為すすべはないのか。
逆転は不可能。
メリアは奪われ、カナメはここで生き絶える、まさしくバッドエンドだ。
けど、きっと世界にとってはそれこそハッピーエンドなのだろう。真の勇者こそ世界の中心なのだから。
だが。
「その絶望は、もう味わったのでは?」
そう言って、横に立ってくれた者がいた。
それは世界と環境に違和感を覚えた異物。レナの姉フランだった。




