27 新たな勇者
目的地は聞いていたものの、土地勘のない二人はレナ行き先にたどり着くまで一時間ほどかかってしまった。
とはいえ行きつけの店があるだけましだろう。
街のどこか、などと言われたらお終いだった。
せっかく夜道を二人きりで歩いているのに、良い雰囲気など微塵もない。
それほどまでに事態は緊迫していた。
なにせ、標的とレナが接触するなどという事態になったのだ。
これからの展開など想像も出来ない。
だが万が一の事もある。一応装備は整えていた。
そして、たどり着いた場所は。
「バー、でしょうか……」
「みたいだな。夜でも繁盛してるし、呑んだくれも多そうだ」
ちなみにこの世界では飲酒に年齢制限はない。
ギルドで騒いだ時などはカナメも飲むことはあるが、案外強い方らしく潰れた事はない。
ただまあ酒の場の楽しみ、みたいなものは理解できた。
「よし、中に入ろう。もちろん気づかれずにな」
「はい。ですがどうするので? レナさんと会うのですか?」
「いや、これをチャンスと見よう。昼は敵に接触出来なかったからな……レナにもバレない位置で奴らの会話を聞こう。もちろん、危なそうなら戦いになるけどその時は頼むな」
「ええ、分かりました」
女の子に頼むのは情けないが、仕方ない。
魔物相手や、勇者の時のように作戦を練る事が出来れば多少はやれるが、バーの中で乱戦になれば真っ先に死ぬのは間違いなくカナメだ。
変装も完璧、という程ではないがバレはしないだろう。
メリアには認識阻害魔法があるしフードを被れば問題ない。カナメは借りてきた帽子を深く被る。
さあ、ミッションスタートだ。
ギイ……とドアの軋む音。
立て付けの悪くなっている扉を抜けると、中には薄暗い照明の空間が広がっていた。
丸いテーブルが中央に集まっていて、それを挟むように左右にカウンター席が設置されている。
店内に人は多く、酒が入っているため騒がしい。他の席の声を聞くのは、少し難しいかもしれない。とはいえ聞こえない程ではないが。
ゆっくりと歩きながら、視線だけを回して周囲を探る。
そして、見つけた。
入り口から見て左側のカウンター席、その一番奥にレナは座っていた。
凝視するとバレる可能性があるため、チラッとしか見れなかったが。
ドレスのようなものを着ていた。白を基調とした露出の多いものだ。端的に言えば、お洒落をしていた。
まるで、そう……待ち焦がれた思い人と会えるかのような。
幸いレナの真後ろのカウンター席が空いていたので、二人でそこに腰掛ける。
すぐにバーテンダーがやって来た。
「やあ、いらっしゃい。注文は?」
「……ミルクでも貰おうか」
「かしこまりました」
「ああすまん冗談だ。おススメを二つ頼む」
バーテンダーは頷くと、下がっていく。
「何ですか今の」
「いや、一回言ってみたくて。あ、そういえばメリアはお酒大丈夫だったか?」
「はい、そういう席も多いですから。ただまあ、あまり強くはないみたいですね」
「そうか、じゃあ今度落ち着いて飲もう。酔ったメリアを見てみたいし」
「もう……冗談はやめてください。でも、そうですね。二人で飲むという提案は、魅力的です」
ふふっ、と柔らかに微笑むメリア。
第五王女という立場上、何らかの思惑の関わらない酒の場というのは珍しかったに違いない。
だからただ楽しむために何かをする、という事が彼女にとってはかけがえのないものなのだろう。
なんて、感傷的になった、そんな時。
目標に動きがあった。
「────アレは」
カウンターに座ったレナに近づく影。
その正体は。
「やあ、レナ久しぶりだね」
「…………ケント」
それは感じの良さそうな青年だった。
体型も年齢もカナメとそう変わらない。にこやかな笑みが特徴的な青年──勇者だった。
彼は当然、といった風にレナの横の座る。
「マスター、いつものを。それからレナにも」
「かしこまりました」
注文を終えると、ケントと呼ばれた青年は、これまた自然な流れでレナの手を上から握る。
「レナ、最近見なかったけど何してたんだ? 寂しかったぞ」
「ええ、ちょっと野暮用で。でも、こうして帰ってきたでしょ。それになんだか、アンタに会ったら落ち着いた」
「ふふ、そりゃ嬉しい。そうだ、また新しい仲間が増えたからさ、明日にでもレナに紹介するよ。また騒がしくなる」
「そう、なんだ。うん、それは楽しみだ。じゃあ歓迎会でも開こうか、また」
「おっ、そりゃいい提案だ。カレンにヒータ、アバ辺りは張り切って料理作ってくれるだろうし、アマンダやルルはいつもに芸で盛り上げてくれる。うん、明確にイメージ出来る。それに」
と、一度区切って。
「そこにレナがいる事が、何よりも嬉しい」
そんな、殺し文句。
一定以上の好感度がある相手なら、一発で惚れてもおかしくない状況。
いや、この街で彼の元にいる時点でそういう関係なのだろう。だから、これはそれをより固めるためか。
カナメ達からは、レナの顔は見れない。
だから彼女がどういう表情でそれを聞いているのかも分からない。
嬉しそうに微笑んでいるのか。悲しそうに目を細めているのか。それとも────。
「アンタは、変わらないね」
「うん? そりゃ変わらないさ。俺は俺のすべき事をしているだけだからな」
「そう、だね。それに私も助けられてきた。きっと彼女達も同じなんだろうさ」
「そうであってくれたなら嬉しいけど。でも、なんだよ今さら」
「ううん、改めて思ったから。口にしたかっただけ。ほら、思ってるだけじゃだめでしょ? ちゃんと伝えないと」
それは果たして、誰に向かっての言葉か。
ケントか。それとも────。
「そっか、そうだなよな。レナはいつも大事な事を教えてくれる」
「そんな…………」
「だから俺もちゃんと伝えるよ」
そう言うと、ケントはレナの肩に手を回し、グッと自分の方へ引き寄せる。
力強く、けれど優しく、まるで自分のモノだと主張しするかのように。まるで誰かに見せつけるかのように。
それはいつもの事なのか、それともバカ騒いでいて気にしていないのか、周囲も特に気にしていない。
けれど、カナメ達は別だ。
視線が、どうしても吸い寄せられてしまう。
そして、勇者ケントはレナをしっかりと見て言う。
「俺は変わらないよ。今も昔も。だから、そのスタンスはブレてない。俺は仲間が一番大事だ。だから────」
「それを奪おうとする奴は、徹底的に潰す」
その視線が、レナから外れ、カナメと交差した。
偶然ではない。明らかな意思を持って、確信を持ってこちらを向いた。
ゾクリと鳥肌が立つ。
明らかな敵意が、自分達に向けられたからだ。
それはメリアも同じ感覚だったようで、ギュッと両の手を胸の前で握っていた。
「レナ、君の事は信じてる。俺は仲間を疑わない。だから、コレの要因はそいつらだろう?」
カナメ達から視線を外さないまま、ケントが立ち上がる。
何の構えも取っていないが、カナメには分かる。彼はすでに臨戦態勢だ。
「紛れ込んだ虫が二匹、まあ大した事はない。早々に擦り潰そう」
敵意が、殺意が、圧倒的な威圧感になって二人に襲いかかる。
周囲の大魔力が揺らぐのが、カナメの目に映る。勇者特有の強力な力が空間そのものを変質させようとしている。
身動きが、とれない。
「────ッッ」
このままではマズイ。ここで戦闘になればいくらメリアが王族由来の魔法力で抵抗しても絶対に殺される。
勇者の力────チートはそれほどまでに別格だ。
だが、逃げるにしてもどうする。敵の力は未知数。
こういった初見の戦いはカナメの弱点でもある。何せ観察スキルは、見なければならないという隙があるのだから。
だが、事態はカナメの想像を超えて悪化する事となる。
彼は、こう言ったのだ。
「というわけだ、皆。お客様をおもてなしして差し上げろ」
その瞬間、店内にいる人間の八割が立ち上がった。
そして、その全員がカナメ達に向き合った。
さらに言えば、それは全員女の子だった。
それが意味する事は────。
「全員敵……つまりは罠か……!!」
逃げ道など何処にもない。完全に包囲されていた。
ピンチどころか、絶対絶命を迎えていた。




