23 ラブコメの重力②
ガタンガタンガタンガタン。
竜車に揺られること数時間。レナの話では目的の街まであと一時間ほどらしい。
竜車で馬車を引いているのは馬ではなく巨大な蜥蜴──ハイリザードだ。
馬がこの世界に存在していないわけではない。名称も『馬』のまんま。当然利用方法も同じだ。違うのは速度である。
ハイリザードは馬に比べて重量のある物を引っ張る力に長けている。さらにスタミナも無尽蔵だ。だから馬車などを引くのには適しているのだ。逆に人一人が乗っていくのなら馬の方がいいだろう。
だから、カナメ、メリア、レナの三人が乗っている今はハイリザードで正しい。
ただ、一つ問題があった。こういった移動には当然料金がかかるわけだが、その費用は距離と馬車の大きさによって決まる。
そして、カナメは日々の生活をギルドでの依頼を解決する事で乗り切っている程度。メリアも今は手持ちが少ない。
つまり、大型輸送用の竜車は借りれなかったのだ。いくらヴルムの顔が広かったと言っても、あの緊急時に出来る事は限られていた。
それが何を意味するかと言えば。
「きゃあ、狭いし揺れるしバランス崩れちゃうー」
「思いっきり棒読みじゃねえか!! わざとらしく体重かけてくるんじゃねえ!!」
「れ、レナさん近いです。その距離感はいけません!!」
「ふふん、そういう王女様もさっきは抱きかかえられてる時胸押し付けてたじゃない」
「し、ししししてません!! 何を言うのですかっ!!」
顔を真っ赤にして反論するメリア。その反応を楽しむレナ。挟まれて黙するカナメ。
竜車が目的地を変え乗車人数が増えて以降、ずっとこんな光景が続いていた。
そう、馬車の中は狭いのだ。
本来は二人で乗る用の大きさに、三人乗っているのだから当然だ。
「いやーまさか真面目と噂の第五王女様は色仕掛けが得意とはねえ。これは意外だったよー」
「ち、違うと言っているではありませんか!! た、確かに男性に抱きかかえられる事など初めてだったのでドキリとはしましたが、それだけです!!」
「あらま初心な感想……胸焼けしそう。あれ、って事はアルメリア様……もしかしなくても処女?」
「しょ────」
今度こそ臨界点を突破したのか、湯気でも出そうなくらい赤く熱くなるメリア。
口をパクパクさせている。
流石に可哀想になったので助け船を出してやる事にした。
「レナ……俺が言えた事でもないけど、よく一国の王女様にそんな馴れ馴れしく出来るよな」
「何よクールぶっちゃって、つまらないなー。私としてはアンタのために聞いてあげた面もあるんだけど。ほら、嬉しいでしょアルメリア様に経験なくて」
「喧しいわ」
努めて冷静に答えるカナメ。死んでも表情に出すか、という意地も入っていた。
う、嬉しいのですか!? とまた慌てているメリアを置いてレナが続ける。
「ま、私は後がないからね。これで断罪されようと関係ないってわけ。失うものがない奴が一番強いのだよ」
「そういう理由かよ……でも、にしては余裕じゃないか。これから死地に赴くってのに。一応お前も戦力としてカウントしていいんだよな?」
「いいけど、私戦闘力はそこまでないから注意ね。基本、姿消しての諜報がメインだから」
それは、カナメにとっては悲報だった。
もともと自分の仲間と戦う立場なので、期待していたわけではないが。パーティーのパワーバランス的に戦えてくれる方が有り難かった。
何せ、カナメは観察スキルと多少の支援魔法しか使えない。実戦闘向きではない。
メリアは攻撃魔法も扱えるものの、やはり支援の方が得意だ。
「バランス悪すぎだろ……俺たち」
「それをどうにかするのがカナメの役目でしょ」
「…………分かってるよ。でも無理なものは無理だからな。その時は逃げる、いいな?」
「ま、それはしょーがないか」
それはレナの心からの言葉だった。
勇者を倒す事の無謀さ。それは彼女も理解はしているのだろう。
カナメも話を受けはしたが、正直出来るとは思っていない。それほどまでに難敵なのだ、チートというやつは。
「それより、いい加減事情を話せよ。いつまではぐらかすんだ」
「そ、そうですよ!! なんで私が恥ずかしい思いをしなくてはならないのですか!!」
「あーらら残念。まあいいだろう。こっちとしてもアルメリア様をからかうのも飽きたとこだし」
ムッとメリアが抗議の視線を向けるが、レナは意に介していない。
だが。結局話は聞けない事になる。
「話したいとこだけど、残念。もう着くよ」
♢♢
この世界は基本、大きな街はどの街も巨大な壁に囲まれている。
国というものはもちろんあり、その方針には従わなければならないが、街の運営についてはその街に任されている。
街の独立性を示すのと同時に外部からのセキュリティ、防衛を高めるための効果的な手段だ。
外壁は数十メートルという高さであり、乗り越えるのは至難の技。よって出入りは東西南北に設置された四つの扉を使う事となる。
エレノアと同じ。いや、エレノアも同じと言うべきか。
そして、カナメ達もまた例に漏れずそのうちの一つまで竜車でやってきた。
馬車を引くハイリザードのスピードが落ち、検問所に差し掛かる。
馬車の扉が開かれ、武装した検問官の男が顔を覗かせる。
三人は慣れた手つきで懐からギルド認定証を取り出すと、検問官に提示する。レナは当然として、カナメもギルドに認定された正式な国民だ。街に入るのには何も問題ない。
ちなみにメリアは正式な偽造認定証という矛盾したものを持っているらしい。
何事もなくチェックは終わる。
検問官は頷くと、馬車の扉を閉め門番の男に街の門を開くよう呼びかける。
言い慣れた、実際には思っているのかいないのか、そんなニュアンスで検問官が三人に投げかけた。
「ようこそ、貿易の街レガリアへ」
レガリアに入り、停留所でハイリザードは今度こそ本当に停止した。
馬車から順に降りるカナメ、メリア、レナ。
レナはようやく戻ってきた、と覚悟を決めたような表情をしている。
メリアはいつも通りというか、にこやかな顔つきだ。
そして、カナメは。
「……………………なんだ、これ」
レガリアに一歩足を踏み入れた瞬間、得体の知れない悪寒が全身を駆け巡った。
今までに感じたことのない感覚。虫の知らせ、とでも言うのだろうか。この場がこれまでとは全く違うモノのような、ここにいては良くない事が起きるような、言い表せぬ不安に駆られる。
鳥肌が立っているのはそれが自身の感じているモノとして間違いのない証拠だろう。
「────ッ」
嫌な予感。虫の知らせ。
この悪寒を表現する術はあっても理解する事は難しいのではないだろうか。まるでこの現実が、嘘になっていくかのような経験は。
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
震えるカナメの身体を────メリアが叩く。
「しっかりして下さい。まだ始まったばかりです」
そんな言葉だけで、カナメは正気に戻る。
「あ、ああ。助かった。危なく飲み込まれるところだった」
「いえ、それも仕方のない事です。この街は……おそらく異界化しています。ここまでの規模は初めて……相当の相手だと思います。気をつけて下さい」
「分かってる。しかしまあパッと見は何も怪しそうな所とかなさそうだけどな。結構な賑わいだし」
周囲を見回してみるが、異常な部分など何も見当たらない。
大通りには出店が並び、人通りも多い。貿易の街の名は伊達ではないらしく、あちこちで商品の売買が行われていた。
もはやちょっとしたお祭りだ。
雲ひとつない晴天な事も相まって街中が熱気に包まれているかのようだ。身体だけではなく心まで熱くなる、そんな雰囲気があった。
行き交っている人々の種族も様々なものだ。普通の人間から獣人、そのハーフまでその垣根を超えて交流していた。
自治がそれぞれの街に任されている以上、人間至上主義な所も勿論存在する。その逆もまた然り。だが、ここレガリアはその辺りの制限は設けていないらしい。
エレノアの規模が大きい版、みたいなイメージを抱く。
しかも皆フレンドリーだ。
実際歩いているとひっきりなしに声をかけられる。
「へい兄ちゃん採れたてのくだものはどうだい?」
「値打ちもんの宝石が大特価だ。早いもの勝ちだぜー!!」
「旅のお供に武器が必要だろう? 剣に槍に弓、魔法道具まで揃ってるぞ」
「おうおう昼間から一杯どうだい? 酒場はいつでも大盛り上がりだからなグハハハ」
「あれ、俺楽しくなってきたぞ?」
こういう雰囲気に弱いカナメであった。基本コミュ障を自覚しているカナメだが、空気に当てられることもあるらしい。
陽パワーは時としてプラスに働くのだ。
「あの、目的を見失わないで下さいね?」
即座にメリアからツッコミが入る。
向けられるジト目から視線を逸らす。
「レガリアは本当にいい街だよ。カナメがそう言ってくれるのは私も嬉しい。どうしてもって言うなら少し観光してもいいけど?」
レナは薄っすらと笑みを浮かべながらそんな提案をする。
自分の依頼で戻ってきたとはいえ、故郷を良く思ってもらえるのは悪い気はしないだろう。
だが、そこは真面目なメリアの制止が入る。
「観光は勿論構いません。ですが、それは依頼に関しての状況が掴めた後です。この場は私たちにとって完全なアウェーなんだという事を忘れないで下さい」
「わ、分かってるよ。だからそう怖い目で睨むな。でもさ、本当に異常とかないじゃん。なんなら警戒し過ぎてる俺たちが一番怪しいんじゃ……?」
「それはそうかもですが……」
「なあレナ、お前は何を正してほしいんだ? この街はどこが歪んでる?」
カナメは直球でレナに尋ねる事にした。現場に来てまで秘密もクソもないだろう。ここからは具体的な行動が求めれれるのだから。
「それは……いや、本当に実際見てもらった方が分かりやすいんだよ。けど、そうだな……すでにその片鱗は表れている。異常はないとカナメは言ったし私もこれが普通だと思ってた……けど、おかしいのさ。外から見れば、こんな事はあってはいけないと分かるだろう」
レナの真意は分からない。
この賑やかで楽しげな街のどこが悪いのだろうか。
こうして話しながら歩いている今も八百屋のおっちゃんに野菜を押し売られそうになった。
路上の隅では仮装をしたお兄さんが芸を披露して拍手を浴びている。
職人らしきお爺ちゃんは魔法を使って花火を打ち上げていた。昼間でも色が良く分かる……閃光系の魔法だろう。
と、このようにカナメには楽しげな場面しか目に入らない。ただただ首を傾げるしかなかった。
そしてそれは、現状メリアも同様らしい。
そんな二人に、レナは続ける。
「気づかないか? 街の雰囲気が良いのは、別におかしい部分ではない。歪んでいるのは──その影響が出ているのは、それを構成する要素のほうさ。気にしなければ、スルーしてしまうような違和感を感じないかな?」
街の雰囲気自体はおかしくない? だとすれば、それは…………。
「────おっと、危なっ」
話に夢中になっていたせいか、人にぶつかりかけた。
目の前ではお爺ちゃんがバランスを崩しかけている。咄嗟に手を差し出すカナメ。
「だ、大丈夫ですか!? すいません、不注意でした」
「平気平気。これくらい問題ないわい。じゃが、注意した方がいいのは確かじゃな」
幸いというか、お爺ちゃんは何事もないようだった。
ニッコリと微笑むと、手を振って去っていく。
「いい人で良かったですね。でも、本当に注意して下さいよ、妙にドジな所あるんですから」
「き、気をつけます」
そのドジで迷惑を被るのはメリアなので、謝るしかない。
さて、切り替えて推理を…………。
そんな風に思考を巡らそうと、なんとなく去っていくお爺ちゃんに目線を移し────そして。
ふと、ピントがズレた。
瞬間、脳内に電流が走る。今まで見てきた景色が姿を変える。
正常の中の異常が浮かび上がり、反転する。
思わず────鳥肌が立った。
「ま、まさか…………そういう事か?」
「カナメさん……? もしかして、何か気づいたので?」
レナは何も言わず複雑そうな表情で俯いている。
「この街に来て出会った人々、思い返してみろ。そして、今周りにいる人達……そこに答えはある」
そのカナメの言葉で、メリアもハッとする。
そう、街でも出し物でも雰囲気でもない。人だ。
この街に入って出会ったのは──。
検問官の男。
門番の男。
出店のおっちゃんや芸者のお兄さん。
そしてさっきのお爺ちゃん。
その共通項。
つまり。
「男の人にしか…………出会っていない?」
メリアの言葉に、レナは静かに頷いた。




