22 ラブコメの重力①
助けて。
たったそれだけの言葉は、それまでのやり取りよりもよっぽど心に響いた。
それに、カナメは気づいてしまったのだ。
観察スキルの対象は魔法やフィールドだけでなく表情などにも及ぶ。
だから分かってしまったのだ。それまでこちらを翻弄するように話していた少女が、その一言を発する時だけ僅かに緊張した事を。
つまり、少女にとってここまでの流れは助けてという一言のためのカモフラージュだった。
そうも読み取れる。
とはいえ油断は出来ない。カナメはまだ警戒心を緩めない。
「確かにそういう言葉の方がずっとわかりやすいけどさ、じゃあ実際君は何から助けてほしいんだ?」
「あはは、やっぱり話乗ってくれるじゃん。君、いい奴だね」
「…………茶化すな」
褒められる事に慣れていないカナメ。恥ずかしさから僅かに視線を逸らしてしまう。
それは無意識に行ってしまった明確な隙だ。
だが、少女はそれでも動かなかった。それが本気を示しているかのように。
「うん、簡単な話さ。私はもちろん倒してほしい勇者のグループに所属してるんだけどね。その彼を倒してほしいなんて動きは反逆だろう? だからこのまま帰れば私は裏切り者として殺されるよ」
「なっ……ッ。お前の言う勇者ってのはそんなに理不尽なのか!?」
勇者は理不尽なもの。それはカナメが人一倍理解している。
だが、それは相手にだけだ。自分の味方にはどこまでも優しく都合がいい。それが勇者のはずだ。
「んー正確に言うと違うよ。彼は優しい、そんな事は出来ないだろうね。でも、その周りの仲間は違う」
「どういう事だ……」
「彼女達はあの空間が好きなのさ。何者にも変えがたいと、そう感じている。だからそれを崩そうとする者には容赦はないよ。彼に知られず人知れず、私は路地裏で無残に殺されるだろうさ」
なんでもない、当然の事のように彼女は言う。
それをおかしいとさえ思っていないのか。仲間を殺し処断する事を当たり前のように思っているようだった。
つまり、そんな日常を過ごしている。それは事実のようだった。
「ほら、だから君にとっては簡単な二択だろう? 私のお願いを聞いて助けてくれるか、私を見殺しにして王都へ急ぐか」
それは、答えが分かりきっているからこそ出れる強気だった。
事実、カナメの思考は完全に誘導されている。
そもそも、カナメもメリアも、関わった人間の死を許容出来るほど強くない。
────目の前の少女が死ぬと分かってスルー出来るか? いや、無理だ。
全く、本当に効果的だ。
この少女は二人の人間性を理解して行動に出たのだろう。策士だ。
「カナメさん…………」
腕の中のメリアが心配そうな声を漏らす。
それに対し、カナメは安心させるように笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、一回も二回も変わらない。ただ、ゴメン……寄り道をする事になりそうだ」
「いえ、むしろ安心しました。貴方がこれを断らない事が、命を見捨てない人間だという事が私は嬉しい」
「メリア…………」
少女が、ムッとする。
「あのーこっちは命懸けのお願いしてるのにイチャイチャしないでくれる? そろそろ温厚な私もキレるわよ?」
「誰がイチャイチャしとるんだ……ああいや、分かったよ。お前のお願い聞いてやるだから詳細を話せ」
「ふふふ、そう言ってくれると思ってたよ。ヨロシクね、カナメ」
軽率に呼び捨てされるカナメ。
なんというか、距離の詰め方が独特な少女だ。
しかし、自分の性格を呪いたかった。
こういう事態でも冷静さや非常な判断を出来る強さがあれば良かったのだが。
もっとも、それが出来る人間だったならここにいはしないだろうが。
「と、ところでー」
そう言葉を発したのはカナメの腕に抱かれているメリアだ。
「うん、どうした?」
「いえ、その……私はいつまでこうしていればいいのでしょうか?」
そう、頰を染めながら言うメリア。
確かに状況だけ見れば、カナメはメリアを抱きかかえ、メリアは体重を預けている。しかも、守るためとはいえ身体を押し付けるように密着さえながら、だ。
冷静になったカナメの脳が沸騰する。
「あ、いや、その、すまん……」
バッとメリアから離れる。
途端に歯切れが悪くなるカナメ。急な事に弱いコミュ障である。
「いえ、守ってもらったのですから、むしろ感謝してます。ありがとうございました」
「お、おおう。気にするな、俺は君の勇者だからな。守るのは当然だ」
「カナメさん…………」
視線が合う。見つめ合う二人。
気まずいが、心地いい雰囲気が流れる。
けれど、流石に業を煮やしたのか。コホン、 という少女のワザとらしい咳払い。それで我に帰る。
二人とも顔を赤くしながら少女に向き合った。
「…………コイツら。いや、やっぱり影響が出始めてるのかね」
「なんの事だ?」
「なーんでもない。ともかく、いい雰囲気は禁止ね」
「ワザとやってるわけじゃねえ……それより相手や状況を教えてくれ」
照れ隠しもあるが、カナメは詳細を少女に尋ねる。
「あーそれなんだけど。これは実際に見てみらわないと伝わらないと思うのよね。だから、私たちの街に来てちょうだい。もちろんある程度は道中に説明するわ」
「なんだよ、勿体ぶってるのか?」
「違うわよ、お願いしてる側なのに勿体ぶったりしない。でも、言ってもイメージ湧かないのも間違いないから」
少女の顔は深刻そうで、その言葉に嘘はなさそうだ。
仕方なくそれを受け入れた二人。
となると次に浮かぶ疑問は。
「それよりも、大事な事を聞いていませんでしたね」
そう言ったのはメリアだ。
それに対し、少女もカナメも首を傾げた。大事な事、いったいなんだろうか。
「貴女のお名前を聞いてません。同じ目的のために行動するのでしたら、信頼関係を作るのなら、まずはそれが大事でしょう?」
「………………………………あー」
「………………………………あー」
そんな、間抜けな声を出す二人。
確かにそうだ。いきなりの事態と話の盛り上がりで忘れていた。
カナメ達は、少女自身の事は何も知らない。
「あはははははは、全くこのタイミングで自己紹介とは。流石王女様だねえ」
愉快そうに、初めて見せる快活さで、少女は笑った。
カナメとしても笑えてくる思いだ。確かに仲間としてやるのに名前も知らないのは問題だ。
最初に自己紹介。小学校でもやるような事だ。
そして、殺伐とした状況でもそんな事を思えるメリアに感動した。思いやる心とは、そういうものなのだろう。
第五王女は穏健派。そんな噂を聞いた事もあったが、納得だ。
そして、笑いながら、彼女は初めて名乗ったのだった。
「私はレナ。勇者パーティーの一人、そしてハーレムの一員。それを壊すため、これからよろしくネ」




