20 ラブコメの波動
結局、気持ち悪さに耐えきれなくなったので竜車を止めて休憩にしてもらう事にした。
メリアはもちろん、操者の兄ちゃんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「それくらいどうって事ないっすよ。報酬は前払いでたんまり貰ってますからね。ヴルムの兄貴には感謝してもしきれないや」
「そ、そう言ってくれると助かるよ」
「王都までは長いですからね。偶然日を遮れそうな巨木もあったしちょうどいいさ」
そう言うと、彼はハイリザードの元へ戻っていく。
カナメは巨木に寄りかかり、深く息を吐いた。澄んだ空気が身体の中を浄化してくれる……気がする。
こういうのは気の持ちようだったりもするので、気分だけでも前向きになるのは重要だ。
しかし、とカナメは木の表面に触れる。
手触りは現実のものと変わりない。だが、決定的に違う部分もある。
それは大きさだ。
巨大、というレベルを超えていた。この巨木は高層ビルほどの規模を誇っていたのだ。
しかも草原のど真ん中に一本だけそびえ立っている。
なんとも不自然。生態系が違うのだろうか。
もしかしたら、大魔力などを吸って成長したのかもしれない。大魔力は無限かつエネルギー量の多い力だ。あり得なくはない。
(寄りかかってるだけで何だか楽になってきた気がするのも、そういう訳なのかねー)
空を見上げる。
青空に流れる雲。照りつける太陽。吹き抜ける風。
都会で暮らしていては経験できない自然を感じる。空気が美味しいと感じたのは初めてだった。
きっと、心構えが変わったからというのもあるのだろうが。
と、そんなカナメに歩み寄る影が一つ。
当然、それはメリアだった。
「カナメさん、隣いいですか?」
「あ、ああどうぞ」
「ありがとうございます。では失礼して……」
そう言うと、メリアはカナメの真横に腰を下ろした。
フワリと風に運ばれた香りが鼻孔をくすぐる。それは花のような仄かな香り。
その香りの主は、考えるまでもない。
彼女が髪をかきあげる。僅かにうなじが覗く。
そんな行動一つ一つが優雅で、色っぽかった。
いかんいかん、と頭を振るカナメ。
普段普通に過ごして話している分には何の問題もないのだが、こうして至近距離に来られるとつい意識してしまうのだ。
仕草一つで胸は高鳴り、体温が僅かに上がる。
対女の子スキルは極端に低いカナメであった。
「カナメさん、体調はどうですか?」
「お、おう。何とかマシになってきたよ。いや、なんか情けない所みせちゃったな」
「大丈夫です。それくらい気にしませんよ。それに、カナメさんに情けない所があるのは知っていますから」
にこやかにそんな事を言ってくるメリア。
「うん、フォローしてくれてるんだとは思うんだけど、ナチュラルに傷つけてくるよね」
「そ、そうでしたか? 私また失礼を……」
「あはは、大丈夫大丈夫。実のところ俺はそんなに気にしてないから。それよりこっちこそゴメン。こんな事で立ち止まっちゃって……」
メリアの気持ちとしてはすぐにでも王都に戻りたいだろうに。
しょうもないカナメの事情ですぐに休憩とは申し訳ない。せっかく勇者という大役に選んでもらったのに情けなかった。
やはりというか、人生そう上手くはいかない。
「いえ、確かに急いで戻りたいです。ですが、それはカナメさんや他の大事な事をないがしろにする程ではないです。それより」
はい、と言うとメリアは両手を差し出す。
その行動の意味が理解出来ないカナメ。首を傾げるしかない。
「むむ、鈍い人ですね。こうするんです」
メリアはカナメの両手を取ると、それを合わせて外から包み込むように握った。
ギュッと、大切な物を包むような優しさで。
慌てたのはカナメの方だ。
急な事に顔は赤くなるし心臓は聞こえるんじゃないかというくらい激しく脈打っている。
対女の子スキルの皆無なカナメのウィークポイントを的確に突いていた。
「え、えーとメリアさん?」
その疑問はすぐに解消される事となった。
メリアの周囲に白い光が溢れ出し、それは手を伝ってカナメへと伝播する。
温かい光がカナメの中に流れ込んでくる。
白の魔力光が示すのは支援系の魔法だ。
傷の回復、精神異常の回復、魔力のブースト、など効果は様々だが今回のは分かりやすい。
すなわち。
「異常の無効化です。酔いに関しては治すのが意外と難しいので、楽になった後に悪くならないようにするのがいいかな、と。酔いやすいのを知っていればエレノアを出る際にかけられたのですが……」
「な、なるほど。いや助かるわ。俺も自分がこんなに酔うとは思ってなかったからさ……」
車酔いなどもしないタイプだったのだが、竜車の揺れはまた別物らしい。
ともかく、メリアのおかげでカナメの体調は回復した。
正確に言えばメリアが行ったのは悪化を防ぐだけであって回復はさせていないのだが。それはそれ、今のやり取りには別の効能もあったのだ。
すなわちメリアの手の柔らかさと体温。カナメにとってはそれが何よりも特効薬になった。
「こんな事でも助けられてばっかだ。ホントにありがとな」
「いえ、私に出来る事であればいくらでも」
「うん、ありがとう。うん…………」
「……………………?」
カナメの視線は握られた手に向いている。
もう白い魔法光も出ていない……という事は処置は終わっている。
けれど、メリアは手を離してくれない。ギュッと包まれたままだ。
カナメとしては嬉しいけど恥ずかしいので言葉に出来ずどうしよう、という状態だったわけだ。
それに気づいたメリア、顔を赤くしながらバッと手を離す。
「ご、ごごごめんなさい!!」
「いやいいんだけどさ……。はは、少し恥ずかしいな」
「うう……私も、その、あまり男性と触れ合った事がないものですから。意外とがっしりしているんだなと……」
感想なんかを言われると、余計に恥ずかしくなる。
「手の感触……気になるならいつでも手くらい握ってやるよ」
「そ、そうですか……ではたまにお願いします……」
二人とも混乱しているのか、そんな訳の分からないやり取りをしてしまう。
ぎこちない、けれど悪くはない雰囲気。
甘くこそばゆいその空気に、カナメは思わずにやけるのを抑えるので精一杯だった。
────ああ、ずっとこんな雰囲気でやれたら。
そんな事すら思ってしまう。
けれど同時に不思議な違和感も覚えた。
何か、具体的には分からない流れが出来ていると────。
「で、ではそろそろ行きましょうか」
メリアが立ち上がる。
それに合わせてカナメも立ち上がり、その瞬間一段と強い風が吹き抜けた。
ビュオオッという音と共に草原が、大木の葉が揺れて舞う。
カナメは思わず手で顔を覆い。
メリアはキャッと可愛らしい声を上げながらスカートを押さえている。
フードも捲れ、鮮やかな銀髪がたなびく。
いつもの調子なら、その綺麗な髪に目を奪われていたかもしれない。
だが。
カナメの眼が。
極限まで観察に特化した特異な眼が、異変を捉えた。
メリアの真横。
そこに落ちてきた巨木の葉。それが、不自然に軌道を変えたのだ。
同時に、僅かな感覚的揺らぎを覚える。
次に瞬間には、カナメは動いていた。
「────誰だ!?」
腰から短剣を抜きながら、メリアの手を引き腕の中に引き寄せる。
「────────えっ」
という声が、重なった。
一人は当然メリア。
もう一人の声は────虚空から響いた。
カナメは剣を目の前の空間に向かって突き出しながら、口を開く。
「認識阻害魔法の最上位か、そういう魔法道具か。ともかく透明になってそこにいるのは分かってる。姿を見せろ」
メリアは何が起こったか分からず目をパチクリしているが、そちらに視線を向ける余裕はなかった。
目の前にはおそらく敵がいるのだから。
目に見えない相手。
観察スキルを活用せねば対応は出来まい。
ゴクリと、喉が鳴る。
けれど、状況は思いもよらない方向へ動いた。
「あはは、私の負けだ。まさか姿隠しが破られるとは……流石勇者様だ」
そんな言葉と同時に、目の前の空間が歪む。
いや、シワが寄った。そんなイメージの変化だ。
そして、中から這い出るように、ナニカ──いや誰かが現れる。
それは────。
「こんにちは。第五王女アルメリア・ヴァーミリオン様、そしてその勇者……カナメさん」
現れたのは一人の少女。
不敵な笑みを浮かべた、小柄な少女だった。




