19 旅立ち
新章開幕です
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
馬車の振動がカナメとメリアの身体を揺らす。
ハイリザードと呼ばれる巨大な蜥蜴に馬車を引かせる交通手段、通称『竜車』に二人は乗っていた。
向かう先は王都。
しかしどんなに急いでも三日三晩はかかる長旅だ。そしてそれは始まったばかりだった。
エレノアの街を出てまだ一時間程である。
だというのにカナメは既にグロッキー状態だった。端的に言うと酔ったのだ。顔色悪く俯くしかない。
一方で慣れているのかケロッとしているメリアが心配そうに覗き込んでくる。
「カナメさん、大丈夫ですか? 一度休憩しましょうか?」
「あ、ああ大丈夫……いやもしかしたら頼むかも…………それより」
「…………?」
「いやその、あんまり屈まられると、見えそうだから気をつけてというか何というか」
「見えそう?……………………あっ」
メリアの正体は王国第五王女。本来であればドレスなどを着込んでいるのだろうが、今は変装しているのもあってラフな格好である。
ようは、服がたわんで胸元が見えかけているのだ。この世界でも下着の概念はあるようで、可愛らしいデザインのそれがチラチラと……。
「す、すすすすいません!!」
急いで身体を戻したメリアは、顔を真っ赤にしながら胸元を押さえている。
カナメとしても視線を合わせるのは気まずいので外に目を向けるしかない。どこまでも広がる草原を見て頭の中を真っ白にしよう。
そう、思考を止めなければ余計な情報まで得てしまう。
僅かに見えた下着の形と胸の谷間から、観察スキルがバストサイズを導き出してしまいそうだった。
「うう、恥ずかしいです……」
恥じらう彼女もまた可愛い。そんな風に思ってしまう末期なカナメだった。
しかし文句もある。
この数日で気づいた事なのだが……。
(この王女様、無防備ポンコツ過ぎである)
今のようなラッキースケベ的なハプニングは今が初めてではない。というか頻発するのだ。
もはや眼福とも言ってられず、気を揉む一方だ。
これで王女が勤まるのか余計な心配までしてしまう。
「ホントもう注意しなさいね、そういうので男の子は勘違いしちゃうんだからね」
「すいません……ん、勘違い? 何をですか?」
「おっと無自覚サークルクラッシャー系だったかー。いやうん、気にしないでこっちの事情だわ……」
「は、はあ……カナメさんは時々よく分からない言葉を使いますよね。方言でしょうか」
「方言というかスラングというか……」
ともかく、この無防備さはマズイ。誰かが勘違いする前に彼女の勇者たる自分が守らねば。と方向性の違う決意を新たにするカナメ。
あれ、この思考がもうオタサーの姫に対するそれでは? とも一瞬思ったが酔いの気持ち悪さがその考えを流してしまった。
そこでふとした疑問が浮かんだ。酔いを紛らわすためにも話を振る。
「でもさ、王女なら結婚相手とかいるの? 許婚とかお見合いとかどっかの王子様が求婚してきたりとか」
何となくそういう縛りが多そうなイメージだった。漫画やアニメの偏った知識でしかないが。
「いえ、そういった相手はいませんよ……。まあ、私も一応王女の一人ですから、結婚を申し込まれたりが無いわけではないのですが……まだ受けた事はありません」
「そ、そうなんだ。なんだか意外だ」
そう言いつつも安心している自分がいた事には、カナメは気づけなかった。
「他の王女はそういう経験も多いようで、私も多少のお付き合いはするべきとは思っているのですが、なかなか…………」
「無理することはないさ。メリアはゆっくりやっていけばいいんじゃないか。勇者だって、遅れたけど手に入れただろ? 自信は持っていいと思うぞ」
そう言って自分に胸を叩くカナメ。
それに対しメリアはやはり柔らかな笑みを向けてくれた。
「そうですね、ありがとうございます。私は私らしくゆっくり歩んでいきます」
納得、というポーズのつもりなのだろうが、胸を張るメリア。
結局それで豊満な胸が強調されている事に気づけない無自覚王女様なのだった。
「でも、そういう事ならカナメさんこそよかったのですか?」
「え、何が?」
「いえ、ポーラさんとは仲が良さそうだったので、お付き合いされているのかと。別れ際も悲しそうでしたし」
それはカナメにとっては全く予想外の指摘だった。
「い、いやいやポーラとは何もないよ。そりゃギルド内では良くしてもらってる方だけど、ただの仲間だよ」
カナメもかなりチョロい方ではあるのでポーラに女性としての魅力を感じない事はなかったが、恋愛感情まではいっていなかったはずだ。
もちろん頼れる仲間として信頼してはいた。だから肩身の狭いカナメにとって仲間意識の方が強かったのかもしれない。
互いに悪態の一つもつける仲だったのもそういう訳だ。
「そ、そうなのですか。すいません、私はてっきり……でも、そうですか……」
ふっとメリアの表情が安らぐ。
どうも彼女なりに配慮してくれていたらしい、カナメとしてはそれが嬉しかった。
しかし、ポーラが悲しんでくれていたかは分からなかった。
あの時は────。
カナメとメリアの見送りに来たのはヴルムとポーラの二人だけだった。
カナメと特に交友があった二人だからというのもあるのだが、何よりこの二人にはメリアの事情を話したのだ。
この非常時に竜車を取るにはどうしても協力が必要だったというのもある。
だが一番大事な理由は、ポーラは重要なやり取りの時に居合わせていたという事がある。
カナメが戦いを決意した流れ。勇者襲撃の理由がメリアにあるらしい事。全てを知っている。
だから、その訳を知りたがったのだろう。ポーラは二人を問い詰めたのだ。
それなら、と事情をぶっちゃけたのだ。
その時の驚きの表情は忘れられない。それはヴルムも同様だ。
そして、メリアこと第五王女アルメリア・ヴァーミリオンの訪問は中止になった。
というより、第五王女は襲撃に巻き込まれて消息不明とした。
もちろん、それには理由がある。
まず第一に黒幕あぶり出しのため。
メリアを狙ってきた以上、目的を達したのなら相応の動きがあるだろうと踏んでの事だ。それによって消息不明扱いのメリア達も動きやすくなる。
もう一つは一刻も早く王都に向かうためだ。
エレノアでの活動を行った場合、数日は確実に拘束される。
メリアとしては不安定なエレノア町民の心を癒したいという気持ちもあったが、今はもっと大局を見るべきというカナメの意見に従った。
そんなわけで、彼らは王国やエレノアの支援を受けずに王都に戻る事が必要になったわけだ。
そこで協力を仰いだのがヴルムとポーラというわけだ。
そして時は乗車予定の竜車到着二十分前へと移る。
「まあ、なんだ。気をつけてな、カナメ、アルメリア第五王女」
そう言ってヴルムが拳を突き出す。
カナメはそれに合わせて同じように拳を重ねる。
「ああ、そっちも元気で」
ヴルムはカナメがこの街に来てからずっと頼れる兄貴分だった。
他の者がカナメを厄介扱いする中、面倒を見てくれた。それには感謝しかない。
結局最後までカナメは彼に頼りっぱなしだ。正直、頭が上がらない。
「ま、いいんじゃねえのか。お前、ずっとつまらなそうな顔してたからな。やりたい事見つかったなら、それを貫くべきだ」
「ありがとう、ヴルム。やれるだけやってみるよ」
「ふん、その意気だ。まあなんだ、王国の凱旋パレードには呼んでくれ」
「バカ 、そういうのは俺じゃなくメリアに頼んでくれ。俺はただの付き添いなんだから」
「バーカ、そうやって第五王女様を呼び捨てに出来る時点でお前は特別だよ。頑張れな、勇者様」
意地悪そうな笑みをを浮かべるヴルムが、手を差し出す。
カナメはそれにノータイムで応じた。
「ありがとう、この街での恩は忘れない」
「おうよ。街の復興は俺らに任せとけ。まあ、ポーラがそれに納得するかは知らねえが」
そう言ったヴルムは横目でポーラを見る。
それにつられて同じくポーラを見たカナメは、反応に困った。
ポーラが感情の読み取れない、複雑な表情を浮かべていたからだ。
「えっと、その、ポーラ?」
「…………何よ?」
声色は明らかに不機嫌そうだ。
「いや、もしかして何か怒ってるか?」
「…………別に。何も怒ってなんかいないわよ。……そりゃ、第五王女なんて言われたらその方が大事だろうし」
「でも…………」
カナメは言葉を繋げられない。
事実、ポーラは怒っているわけではなさそうだ。
なら。
なら、どうしてそんな悲しみと怒りの入り混じった表情をしているのか。カナメには分からなかった。
「ううん、本当にいいのよ。王女様に付いてこの街を離れる決断をしたって事はそういう事なんでしょう。やりたい事見つかったんでしょ? ならやり遂げなさい」
いつも通りの強気な言葉。
それに何度も助けらてきたカナメとしては、最後までそういう態度でいてくれるのが嬉しかった。
「ありがとう。……街が大変な時にホントにごめん。でも、二人がそう言ってくれるなら頑張れる気がするよ」
「全くよ。私達だって街の復興のために頑張るんだから、アンタも頑張らないと許さないから」
「はは、手厳しいな」
「でもまあ、勇者なんてのがアンタに務まるかは分からないし? その……疲れたら帰ってきなさい。ご飯くらいなら奢ってあげる」
そう言ってプイと横を向いてしまうポーラ。それは彼女なりの思いやりなのだろう。
帰ってきてもいい。そんな場所が出来た事がたまらなく嬉しい。
そして、予定していた竜車がやってきた。
メリアが先に乗り込み、そしてカナメも────。
「じゃ、行ってくる」
「おう、行ってこい。たっしゃでな!!」
「…………行ってらしゃい」
なんて事のない一日の終わりのように、二人とは別れた。
なに、今生の別れというわけでもない。ポーラの言う通り、疲れたらまた帰ってくればいい。
だから今は前だけ向いていよう。せっかく出した勇気が消えてしまわないように、目の前の女の子だけを見据えていよう。
そして、竜車は走り出す。
「といういつも通りのやり取りがあっただけなので、やっぱポーラは仲間さ。向こうだってそうだって」
「そう言われればそんな気も……うん、そうかもしれません」
「だろ? うっ、気持ち悪い……」
「だ、大丈夫ですか!? やっぱり一度止めましょう!!」
小窓から操者に声をかけるメリア。
カナメはとにかくリバースだけは避けるべく思考を回し続けるしかない。
誰だって意中の女の子の前で吐きたくはないだろう。
(でもポーラが……なんてホントにあり得ないさ。そんな……主人公みたいなラブコメあっちゃいけない)
それは、あの日勇者に見せつけられたトラウマ。
カナメにとっての呪いに他ならなかった。




