第19話 部屋に入ってきた人
ドアを開け入ってきたのは、水色の服を着た、髪が肩くらいの女性、キーラだった。
キーラは僕を見るなり、嬉しそうに言った。
「フィン!フィンも同じなんだね!
薬草採取って聞いて、模擬戦の結果悪かったんだなーって思ってたけど、フィンがいるなら大丈夫だ」
僕は思いもしなかった人の到来に、あっけにとられながらもなんとか返した。
「え……、キーラも同じ授業内容なんだ……。
びっくりした。
え、え、てことはもしかしてこの薬草採取、滅茶苦茶難しいとか……?」
キーラのように優等生が来るとは思ってもみなかった。
キーラと同じ授業内容ということは、キーラと同等近くの力を認められたということだ。それは素直にうれしいが、難しいであろう授業内容が気にかかる。
すごい希少な薬草なのかもしれない。
「そうかもね……。
授業内容は薬草採取としか伝えられてないし、分からないことだらけだよ」
キーラと授業内容について話していると、廊下から足音が聞こえた。
足音がドアの前で止まると、ドアが開いた。
入ってきたのは、同い年と思われるブロンドの髪の、鼻の高い男だった。
多分同じ授業を受ける生徒だろう。
キラキラとしたきらびやかな服装をしている。数少ない、ローブを着ていない生徒の1人だ。
その男は部屋の中を一度見渡してから、キーラをじっと見つめた。
「え、なんですか」
キーラにしては珍しく、一歩後ずさるようにしていった。
男は僕には目もくれず、一直線にキーラの前に早歩きで進んだ。
「美しい……」男が声を漏らした。「君、名前は?」
「き、キーラです」
キーラは顔を近づけて話してくる男から、逃げるように後ずさった。
男はその距離を埋めるようにしてから、言う。
「キーラ……。いい……名だ。
こんなに理想的な女性とは会ったことがない。
キーラ、今度お茶でもどうかな?」
「え……嫌です」キーラはまた一歩後ろに後ずさり、頭を小刻みに左右に揺らしながらきっぱりといった。
男もまたキーラに近づく。
そして……、抱きついた。
「え……?」僕とキーラが同時に驚きの声を出す。
「君が好きだ。
キーラも僕を好きになってくれるよね」
男はキーラの耳元で囁くように、でもはっきりと言った。
立ちすくして、キーラと男の様子をほぼ放心状態で見ていた僕には、キーラの顔がみるみるうちに青くなっていくのがよく分かった。
「ん?」
キーラが拳をつくっていた。
え、あの手、風まとってないか……?
やばくね?
キーラは腕を引くと、思いっきり男の腹部にパンチをした。
「ぐほっ……」バキッという音とともに男の体が、くの字になってとんだ。
そして、その勢いのまま後ろの壁にぶつかった。
男は床に倒れたが、ふらふらと立ち上がり言った。
「愛の……拳……」
あ、倒れた。
男がばたっと崩れ落ちた。
キーラのほうを見ると、やってしまったという表情で、男を見ている。
死んでないよな?
キーラの拳には明らかに風魔法がまとわれていた。
詠唱も杖もなかったとはいえ、キーラの魔法は強力だ。
死んでないといいが……。
男が起き上がる様子はない。
呆然とキーラと男を交互に見ていると、ドアが急にひらいた。
ドアから顔をだしたのは、目が前髪で隠れているローブの女性。
「え……」女性はドアの横に倒れている男をみて固まる。
そして、ドアを閉め、廊下に出て行った。
しばらくして、またドアが開いた。
「あ、あの……。
と、特別授業の会場ってここであってますか?」
ちゃんと見えているのか分からない目で、きょろきょろとしながら僕に向かって訊いてきた。
「うん、多分あってると思うよ」僕はこの状況にはあえて触れずに、できるだけ優しい声で言った。
「わ、私、アマリアといいます。
薬草採取の授業できました。
あの、本当にここであってるんですか?」アマリアという女性は、周りをみてから言った。
「たしかに屋内で、学園のど真ん中で疑うよね。
でも、実際みんなここに集まってきてるんだし、あってると思うよ。
間違ってたら間違ってたで、それは先生が悪いよ。誰もわからなかったんだから」
「そう……ですね。
結構人は、いますからね。
あ、あの、名前を教えてもらえませんか?
これから同じチームとして一緒に授業を受けるなら、名前を知っておかないといけませんし」
「ああ、そうだね。言ってなかった。
僕はフィン、よろしく」
「よ、よろしくお願いします。フィンさん」
「フィンでいいよ。同い年だろうし」
「それなら私のことはアマリアと呼んでください」
「わかった」
僕はキーラのほうを向いて言った。
「キーラ、いつまでもボーっとしてないで自己紹介しなよ」
キーラはそれでやっと目を覚ましたのか、ドアの横で倒れている男から目をはなし、首をふった。
「ふぅー、やっちゃったよ」キーラがアマリアに目を向けた。「ごめんね、アマリア。私はキーラ・フィオレンツァ。キーラって呼んでね」
「はい、キーラさん。
あの……フィンさん、キーラさん」アマリアは自分の横で倒れている男を一度見た。「ずっと気になってたんですけど、この人は一体どうして倒れてるんでしょうか?」
キーラはバツの悪そうな顔をしていった。
「色々あって、殴っちゃった。
ほんとはここまでするつもりはなかったんだけど。
まぁ、ね。びっくりしちゃって」
「キーラ、あれは確かにあっちも悪いけど、魔法を使うことはないだろ」
「たしかにね、たしかに魔法使ってまで殴ることはなかったよ。
でも、仕方ないじゃん。無意識なんだもん。
私自身殴ってから気づいたし」
「まぁ、もうこれ以上いってもやってしまったものは遅いんだけどさ。
死んでないよね?」
キーラはそれを聞いてぎょっとした。
「……私、もしかして人殺し?」
僕は男のほうを見た。
するとアマリアが男のお腹に手を当てているのが見えた。
アマリアはしゃがんだ姿勢のまま、前髪の長い顔だけをこっちに向けて言った。
「安心してください。まだ生きてるみたいですよ。
内臓はいくらか傷ついてますが……」
「え、それってやばいよね?」キーラが訊いた。
「命の危険があります」
キーラの息をのむ音が聞こえた。
「でも、このくらいなら軽く治せますよ」
「え?」僕とキーラは同時に声を出した。
アマリアは、腰につけていた杖をとると、呪文を唱えた。
「スペシャライズ・インターナル・ミドルヒール」
アマリアが呪文を唱え、杖を振ると、倒れている男のお腹が青く光った。
「私、こういうの得意なんです」
アマリアが見せた微笑みは、会ったときとは違った、自信のあるものだった。




