第11話 杖
あまりにも速い展開で、僕は一人講堂に残されていた。
日本じゃこの入学の流れはあり得ない。
淡々と簡単な説明をされて終わる。
この世界だからあり得ることだ。
僕もそれに慣れる必要がありそうだ。
僕は一人宿に向かった。
「あ、そういえばキーラに話しかけるの忘れてたな。
副主席ってすごいよなー」
その夜はすぐに寝た。
明日は買い物だ。
朝起きて床に置いてある紙を拾う。
この紙にはコースごとの持ち物が書いてある。
「えっと、なんだっけな」
プリントの魔法コースの欄にはこう書いてあった。
~魔法コース持ち物~
・魔法施行用の杖
・魔法石(種類、形問わず)
・生活に必要なもの
・白金貨1枚
生活に必要なものは、替えの服だとかそういった類なものだろう。
魔法施行用の杖は、魔法の試験の時に僕以外の人が使っていた杖のことだと思う。
試験時、人それぞれ大きさも形も違った杖を使っていた。どんな杖がいいのかも調べておくべきかな。
魔法石ってなんだろう。お金はあるし何とかなると思うが、知らないことが多すぎる。
白金貨は問題なく払えそうだ。
とにかく今は知らないことが多すぎるので、調べることが必要だな。
僕は朝食を取りに宿の食堂にいった。
食堂に入るといつも通り、スープの香りが鼻に入ってくる。
食堂を大きく見渡した。
奥の席にオーガスさんが座っている。
オーガスさんに聞いてみることにしよう。
「オーガスさん。おはようございます。
今日はまだ依頼行かないんですね」
オーガスさんは持っていたビールジョッキをおいて、
「おう。今受けている依頼は時間があまり関係してないもんでな。
あ、そういえば坊主。剣術魔道学園はどうだった?受かったのか」
と答え、質問を返してきた。
「はい、受かりましたよ。
魔法コースに行くことにしました」
「おー!すごいな!
まさか本当に受かるとはな。
で、魔法コースだっけか。コースなんてあったんだな」
「魔法コースと剣術コースがあって、コースによって内容が大きく違うらしいんです。
あの、聞きたいことがあるんですけど。
魔法コースで、魔法施行用の杖と魔法石が必要なんですけど、どうやって手に入れるかわかりますか?」
「んー……。俺は戦士職だしな。杖のことはよくわからねぇな。
組んでるチームの中に元貴族の魔法使いがいるんだが、そいつはマジックアーツっていう店で杖を買ったとか言ってたな。
店員に聞けばどんな杖がいいとかわかるんじゃねぇか?」
「チームなんて組んでたんですか……。
マジックアーツですね。わかりました、ありがとうございます」
「魔法石については教えられることがあるぞ。
魔法石は魔物を倒したときに手に入る魔力と生命力の結晶だ。
魔物の強さに比例して、魔法石も力が増していく。
冒険者ギルドで魔法石が売れるからな。冒険者の収入の一部は魔法石を売った金だ。
魔法石は魔道具を使ったりするのに使われていて、需要が絶えない。
魔法石を自分の体に取り込む魔法もあるらしいぞ。
魔力が少し増えたり、高位の魔法石だと特別な能力を得ることもできると仲間の1人がいってた。
小さな魔法石なら、冒険者ギルドでも売ってるぞ。
魔物を狩って手に入れる方法もあるが。
こんなもんかな俺が知ってる魔法石の情報は」
「おー。
なんかすごいですねー。
色々とありがとうございます」
「いいってことよ。
卒業したらうちのチームに入ってきてもいいんだぜ。
食べ終わったし、そろそろいくわ」
オーガスさんがお盆をもって立ち上がったので、僕は何回か小さなお辞儀をし、食堂から出ていくのを席から見送った。
僕は野菜が煮込まれたスープを少しずつ飲みながら考える。
魔法石には思っていたよりすごい力がありそうだ。
んー……。どこで手に入れようかな。
魔物を狩って手に入れるのがいいかな。まだ見たこともないから見ておきたい。
杖はオーガスさんの言ってたマジックアーツっていうお店で買おう。
「よしっ、そうと決まったらさっそく行動するか」
僕は朝食のスープを急いで食べ、宿からでた。
道を歩いてたり、露店を出している人たちにマジックアーツというお店の場所を聞きながら5時間くらい探し回っていると、マジックアーツという小さな看板を見つけた。
その店があったのは入り組んだ細い道の途中で、建物に囲まれており薄暗い。
僕が泊っている宿からそんなに離れてはいなかったが、場所を知っている人が少なく、知っていてもここら辺というあいまいな答えしか返ってこなかったので5時間という長い時間を使ってしまった。
途中他の店でもいいかなと思った時もあったが、ここまで探したなら見つけてやろうという心理が働き、ずっと探していた。
お腹もすいたし、早く買ってさっさと帰りたい。
店の前の薄暗く細い道には、人が全くおらず、こんなんで商売やっていけるのかと疑問に思った。
法外な値段で売られたらどうしよう。
買わずに逃げるか。
僕は一つ大きく息を吸い、その息を細くゆっくりと吐いた。
ボロボロな木のドアを慎重に開け、中に入った。
一歩歩くごとに床がギシギシと音をたてる。
店の中は狭く、入ったらすぐに小さなカウンターが見えた。
床やカウンターの隅、カウンターの奥にあるタンスには、奇妙な形をしたオブジェだったり、きれいな石だったりが無造作に置いてある。
店の中が狭いと感じるのはこの置いてある物達のせいでもあると思う。
カウンターはあるのに店員はいなく、代わりに「これでお呼びください」と書かれた紙がカウンターの上に目立つようにあり、その紙の前には小さなベルが置いてあった。
僕は周りを見渡しながらカウンターに近づき、ベルを手に持った。
ベルを振るとその小さなベルからは想像できない大きさの音が鳴った。
ベルの音がしてすぐ、店の奥から物音が聞こえ、姿勢のいい老人が出てきた。
頭の頂点の禿げている気の強そうな人で、僕は少したじろいでしまった。
「何を買いに来たのかね?
それとも売りに来たのかね?」
張り詰めた空気の中、その老人は話し始めた。
「あの……ここはマジックアーツというお店であってますか?」
「外に看板が出ているだろう。
看板が外れてたりしていたか?」
「いえ……」
「そうか、ならよかった。直すのも面倒なんでな。
で、用はなんだい?」
「あの、杖を買いに来たんですけど売ってますよね?」
老人はカウンターの椅子に、「よっこいしょ」と腰をかけた。
「あぁ、売ってる。よく知らないで来たようだな。
ここは魔法道具屋で、その中でも主に魔法の杖を扱っている。
ちょっとまってなさい。杖を持ってくる」
「は、はい」
老人は立ち上がると店の奥から、赤く輝く透明な石が持ち手についている、小さな杖を持ってきた。
その杖を僕に前に出し、
「持ってみなさい。
持って一番いしっくりくる杖を買うといい。人それぞれにあった杖というものがある。
もったらすぐに分かるものだ」
僕は疑問を抱きながらも、素直に受け取った。
特になにも感じないが、これはしっくきてるんだろうか。
「その杖は違うらしいな。
自分にあった杖を持てば、自然と表情に出るもんだ」
老人はそれだけ言うとまた奥から別の杖を持ってきた。
その杖は、赤みがかった木を基調に作られていて、ねじれた形をしている。
大きさは僕の腰ほどで、さっきの杖より何倍も大きい。
「自分にあった杖ってのはな、自分の魔法の力を何倍にも増幅してくれる。
少ない魔力で、大きな力を使うことができる」
僕は老人からまた杖を手渡された。
やはり持っても何も感じない。
老人は僕の手から無言で杖をとると、また店の奥へとゆっくりと歩いて行った。
老人が戻ってくると、今度は最初に受け取った杖と同じくらいの大きさの、宝石が幾重にも施されているきらびやかな杖も持ってきた。
「ありがとうございます」と言いながら、杖を受け取る。
「お前は魔力量が少ないようだな」
「わかるんですか?」
「あぁ、分かる。
魔力は体の中を流れていると言われている。
だがな、魔力の一部は体の外を覆っている。
魔力の多いやつほど、その覆っている魔力の量は多い。
その量は人間の意志の力だけで制御できるものじゃない。
お前からは全くそれを感じない。
長年魔術師に関わっていれば、わかるさ。
ほら、よこせ」
僕は老人に杖を渡した。
老人はまた杖を持ってきて、僕に渡した。
僕はそれをもって、またすぐに老人に返した。
そんな作業を沈黙の中で30回くらいしてから、ふいに老人が質問をしてきた。
「お前、魔法は使ったことあるのか?」
僕は突然の質問にうろたえながらも、
「は、はい。この前一度だけ剣術魔道学園の入学試験で使いました。
そのあとはもう倒れるのが嫌だったので使ってません」
と答えた。
すると老人は動きを止めると少し考えるそぶりを見せてから、また質問をしてきた。
「それは本当か?」
「はい。
あ、あの……、どうしてそんなことを?」
「ごくたまに魔力が全くない人間がいてな。
そういう人間は魔法を一切使えないし、しっくりくる杖もない。
普通これだけの杖を持てば、自分にあった杖の1本や2本あるはずだ。
これだけの杖をもっても自分にあった杖がないやつなんて、これまで1度も見たことがない。
この店にある杖はあと2本だ。
次の1本でダメだったら、もうあきらめたほうがいい」
「え……わかりました」
老人は杖を奥から持ってきた。
持ってきた杖は、茶色の、木がそのまま杖の形になったような小さな杖だった。
額に汗がにじむ。
僕は緊張していた。
プロが言っているんだし、もしこれでダメだったら僕に杖の適正はないのかもしれない。
もし、ダメだったらどうしよう。
学園にはなんて言おう。
僕は一度大きな深呼吸をした。
まぁ、何とかなるか。
お前には才能がないと言われて、学園側に入学を拒否されてもその時は、誰かに弟子入りしよう。
オーガスさんの仲間の人にでも頼むかな。
それでもダメだったら、ほかの方法を何とか考えよう。
僕はあいつを絶対に殺さなきゃいけない。
そのためにはもっと力が必要だ。
どんな方法を使っても、殺す!
僕は覚悟を決め、杖を受け取った。
長い沈黙。
「……ダメだったようだな。
お前にあう杖はないようだ。
もしかしたら、この世界のどこかには1本くらいあるかもしれないが、その魔力量だとその望みも薄いだろう。
学園に受かったから、ここに来たんだと思うが、魔法コースはやめておいたほうがいい。
杖を使う者と使わない者では圧倒的に、力が違ってくる。
魔法を1度使っただけで倒れたくらいでは、話にならないな」
「………………」
「おい、聞いてるか?」
「残りの1本……、残りの1本はどうなんですか」
僕は少しでも可能性があるなら、それにかけたかった。
「もう1本の杖は、試しても意味はないよ。
あれは特別な杖だ。
その魔力量で、お前にあっているとは思えない」
「……試させてください」
最後まであきらめないで、それでも無理だったらあきらめて、ほかの方法にすがろう。
まだ1本ある。
老人は大きなため息をつき、店の奥に消えた。
今までより長い時間がたってから、老人は戻ってきた。
腕に大きな袋を抱えていた。
老人はその袋をそっとカウンターに置くと、カウンターから出てきて、僕のいるほうに来た。
大きく息を吐くと、袋に手をかけた。
袋からゆっくり出てきたのは、今までとはかけ離れた力を感じる杖だった。
僕は息をのんで、老人が杖を取り出す作業をじっと見ていた。
その杖は、黒く――――漆黒と言い換えたほうがいいかもしれない―――気品を感じるものだった。
僕の背丈ほどある長い杖で、上の部分には、透明で中に青く霧のかかったような模様のある大きな宝石がついている。
装飾も、目を疑う素晴らしいもので、光り輝く宝石を一層きれいに見せていた。
「これだ。最後の杖だ。
わかっただろ。これはお前には釣り合わない。
試しても余計にがっかりすだけだよ」
僕は美しく力強いその杖に、圧倒され言葉が出なかった。
僕は何も言わずに杖を受け取った。その瞬間、杖を中心として強い衝撃波が周りにすごい勢いでほとばしった。
店の窓は割れ、棚に入っていたもののほとんどが棚から落ちる。
紙のような軽いものはすべて吹き飛ばされ、割れた窓から出るものもあった。
ドアがガタガタと激しく揺れ、今にも取れてしまいそうであった。
ほこりや砂が宙を舞い、あたりは燦爛としていた。
僕はしりもちをついている老人に杖を持っていない左手を伸ばしながら言った。
「これが一番しっくりきます」
気づけば満面の笑みを老人に向けていた。
老人は何が起こったかわからない顔をしながらも、僕の手を取り立ち上がった。
「……そうか」
老人はそれだけ言って僕の手を離すと、カウンターに入り、倒れていた椅子を戻し、糸が切れるように深く腰掛けた。
今までで一番力入れたかもしれない……




