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今宵あなたに攫われて

第80回参加作品

お題:今宵貴方を攫います、真っ白な世界の優しさに、暗いお部屋の中

ジャンル:ファンタジー

 その美しい姫君の世界は、城の中の一部が全てであった。


 外には恐ろしい魔物が跋扈するからと、たくさんの兵士が監視する城の中に閉じ込められ。美貌で悪い男を惹きつけてしまうと、外の人間からは隠され。白い肌は日に焼けてしまうからと、窓の近くに寄ることも許されなかった。


 純粋で無垢な穢れなき純白の姫君は、今日も城の皆に大事にされ、小さな部屋に閉じ込められていた。



 その日、城に予告状が届いた。


「今宵、姫君を攫いにいきます。邪魔することなきよう。――最果ての王より」


 最果ての王は恐ろしい吸血鬼だ。悪魔の大群を従えて、夜を支配する闇の王。

 大変なことになってしまったと、城の中は大騒ぎだった。


 しかし当の姫君は、のんきな口調で言ったのだった。


「ねえ、吸血鬼ってどんな人なの? わたし、見てみたいなあ」


 姫君は外の世界を知らないから。王様も大臣も、乳母も騎士団長も、真っ青な顔になった。

 大慌てで姫君に教える。


 あれは、世にも恐ろしい存在だ。生きた人間の血をすすり、美しい女と聞けば侍らせて、気に入らないものは八つ裂きにする。

 あれは、化け物だ。鋭い牙と吊り上がった目を持って、奇妙な術をも扱う。力も強くて、しかも刺そうが斬ろうが死にやしない。

 あれは、真っ黒だ。闇を支配し、悪魔たちに崇拝される。残忍で、暴虐で、心の底まで醜い者だ。


 だから、あれは、危険だ。だから、姫様は守られなければいけない。と。


「まあ! そんなに恐ろしいものなら、わたしいつも通りにお部屋にいるわ」


 姫君は青ざめた顔で、自分の部屋に向かった。狭くて暗いけど、一番安全らしい、小さな自分の世界に。




 静かな夜だった。真っ暗な部屋で、姫君は眠っていた。

 ここに居れば安全だ。城の外も中も兵士たちが警備しているから。だから一度だって外から内へ侵入されたことないし、一度だって内から外へ逃亡されたこともない。

 朝が来たら外から扉にかけられた鎖の錠が外されて、ばあやが「姫様おはようございます」と起こしに来るだろう。



 突然、ばんと扉が開く音がした。

 姫君は驚いて跳ね起きた。いつも真っ暗だから、時間もわからない。

 しかし、ばあやはこんな起こし方しない。だから、ばあやじゃないし朝でもない。


「だあれ? 今何時?」

「今は草木も眠る極寒の真夜中でございます」


 ひどく丁重な口調の男の声だった。だが、あまり聞き覚えはない。


 その時、ぼうっと部屋が明るくなった。丸い火の玉が、小さな部屋の真ん中に浮かんでいる。


「この城の者はほんとうにひどい連中だ。貴方をこんな暗いお部屋の中に閉じ込めて」


 毒づく男は、城の誰でも無かった。

 そして、城の誰よりも美しい男だった。輝くような銀の髪、ルビーのような赤い目、絹のように滑らかな肌。


「あなたはだあれ?」


 姫君が目を丸くして訪ねると、男は恭しく頭を垂れながら言った。


「最果ての王でございます。今宵貴方を攫いますと、ご挨拶申し上げたではありませんか」

「まあそんな! あなたが吸血鬼!」


 姫君は悲鳴を上げた。

 しかし、同時に首を傾げた。


 皆、吸血鬼は恐ろしいと言った。でも、ずいぶん優しそうだし、紳士的だ。

 皆、吸血鬼は化け物だと言った。でも、人間とさほど変わらないように見える。

 皆、吸血鬼は真っ黒だと言った。でも、どちらかというと白に近い。見た目も、雰囲気も。


「聞いていたのとずいぶん違うわ」


 姫君はかぶりを振りながら言った。

 すると吸血鬼は笑った。


「それは、この城の者が貴方に嘘をついていたからです。貴方に外を見せないようにして、この城の中が真実だと見せかける。ああ、ああ、嘆かわしい。本当に暴虐なのは、この城の人間だと言うのに。村を焼き、女を攫い、男を嬲り殺す、醜く残虐な者たちは」


 吸血鬼はさも当然のように語った。

 姫君は、それが真実なのかわからなかった。姫君は、外の世界を知らないから。


「だから私は貴方を攫いに来ました。こんな小さく暗い部屋で一生を終えるなど、許されるべきではない。だから、私と共に参りましょう」


 吸血鬼は美しい笑顔で、細くしなやかな手を姫君に差し出した。

 姫君は、その手を取った。何も疑わない、純粋で無垢な美しい姫君は。




 あいつが攫われたぞ、追え、殺せ! そう身の毛がよだつほどに殺気ばらんだ声が、城中から響いた。

 しかし、吸血鬼は姫君を愛おし気に抱えたまま、迫る剣撃や魔法など意に介さず、城のバルコニーへと向かった。


「邪魔をするなと言っておいたのに」


 苦笑いする男は、城の人間たちよりずっと人間じみていた。


「それでは、行きましょうか」


 そうして、吸血鬼は影が変じた翼で、真夜中の城の外へと飛び立った。



 空中で揺られて、姫君の初めて見る外の世界は、城の中よりもずっと明るかった。


「夜って真っ暗ではないの? 私のお部屋より明るいわ」

「今宵は満月ですから。夜が漆黒の闇というのは間違いです」


 くすくすと吸血鬼は笑った。


 眼下に見るのは、初めてみる大地というものだ。 


「地面って白いのね。絵本だと、緑だったり茶色かったりしたんだけど」

「今宵は雪が降った後ですから。それに、もっと色々な色をしているものですよ」


 優しげに教えるように吸血鬼は言った。


 そして姫君の頬に吹きつけるのは、初めて感じる風と言う物だった。


「風ってずいぶん冷たいのね。こんなものだとは知らなかったわ」

「今宵は冬の夜ですから。夏の昼には、涼しくて気持ちの良いものになるそうですよ」


 私は昼は苦手だけど、と吸血鬼は冗談っぽく笑った。


 姫君は吸血鬼と同じ方角を見遣りながら、言った。


「世界って、こんなに広くて素敵なのね。もっと暗くって恐ろしいものだと聞かされていた」


 すると吸血鬼は満面の笑顔で言った。


「そうなのです。世界は白と黒だけではない。もっと、色々な顔があるのですよ」



 月と星が瞬く空を背景に、吸血鬼は無垢な姫君と共に飛んでいく。最果ての地にある、自分の城に向かって。


「道中には、赤い火山も、青い湖も、緑の森も、色々なものがありますよ」

「まあ、素敵」


 姫君は目を輝かせた。

 暗く小さかった世界が、真っ白な世界の優しさに触れ、無限大の色彩に彩られていくのだから。


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