声が聞こえる
第78回参加作品
お題:○○の導き→声の導き、宝石のような瞳が欲しい、願いが空に届くまで
ジャンル:現代奇譚(?)
気が付いたら一面の白世界。天井も無ければ床もない。
ここはどこだろう。頭がくらくらする。足腰も立ちゃしない。
わたしは車に乗っていて、それで――?
「宵祭りの会場だよ」
混乱するわたしの耳に、楽しそうな子どもの声が聞こえた。男の子と女の子の中心のような、不思議な声だ。
「宵祭り?」
「そ。お祭りとか行事を祝って、その前に行うお祭りのことさ」
わたしのリピートに応えたその子の声は、まるでトンネルの中で聞く様にエコーがかかっていて。そしてなんといっても、どこにも姿が見えないのが不気味だ。
でも、今のわたしにはこの声の主しか頼れる相手はいない。
「何のお祭りが?」
「祭りっていうか、イベント。ま、あんたのお葬式だよ」
冗談じゃない! わたしは怒鳴った。いくら子どもでも、ついていい嘘とそうでない嘘がある。
いや、よく考えたら。よく思い出したら。冗談じゃない、本当だ。わたしはさっと血の気が引くのを感じた。
「あ、思い出した? そうそう、あんた交通事故にあったんだよ。あんたの肉体は今病院のベッドの上で意識不明の生死の山場。あんたの家族や友だち、それに大好きなあの人も、みーんなあんたが死なないように願ってるってわけ」
声の主は愉しそうに笑った。
「『ああ神様、どうかこの子をお助け下さい!』だって。その願いが空に届くまで、一体何秒かかるか知ってるのかねえ。今も必死に声出してるけどさ」
くっくと笑う子どもに、わたしは「黙れ」と怒鳴り散らしていた。何もない空間に、やけになったわたしの地団駄が振り下ろされる。
すると謎の存在は慌てふためいた声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待て! どっちかっていうとあんたに都合のいい話を持ってきたんだから」
「なに」
「あのね、ほんとならあんた死んじゃうとこだけど、特別に生きさせてやろうかなって」
「えっ」
「ほら、あんたまだ若いしさ、人生これからなのに死んじゃうのもったいないし可哀想だなーって。あと天国も地獄も人多すぎで住宅難なんだよねえ……」
後半のあの世事情などどうでもいいし、これが何者なのかもわからないが、とにかく生き返らせてくれるなら願ったり叶ったりだ。
「じゃあ早く――」
「まあ、慌てるなって。言っただろう? 特別だって。だからちょーっと欲しいものがありまして」
「一体なにが要るのさ? 金? 家?」
「いやいや。あんたのその宝石のような瞳が欲しいのさ」
何だって? 目が欲しい、正気か。そしてこの目は、わたしが好きなあの人が褒めてくれたものだ。まるで色の濃い琥珀のような綺麗な目だって。
「あげれるわけない!」
「そこをなんとか。昔からずーっと見ていて、きれいだなあって思ってたんだよ」
「何とかって……わたしの視力は!?」
「無くなる。あたりまえじゃん。失明だよ失明」
さらっと言ってのけた言葉には、怒りよりも先に絶望した。目が見えない。家族の顔もあの人の顔も、いつもの町並みも、もう何も見えなくなる。あり得ない、考えたくない。
ところが声の主は、呆れたように溜息を吐いた。
「当り前じゃん、命の対価だもの。あんたの瞳をくれるかわりに、あんたの命は保証して生き返らせてやる。ちょっと不便にはなるだろうけど、お買い得だとおもうよ? こんな大安売り滅多にない」
わたしは考え込んだ。確かに、視力一つと引き換えに生きられるというのならいい話な気がする。光が無い世界で生きることに価値があるのかは疑問だが。
わたしがうつむいているあいだにも、「はやくー」「体が死んじゃうよー」と声が響いてくるのが耳に障る。
だけどその声がだんだん緊迫して来ているのに気づいた。どうやら時間が無いらしい。
わたしは決めた。
「わかった。あげるから……生きかえらせて」
「よっしゃ! 交渉成立! じゃ、早速いただきます」
「……大事にしてよ」
「あたりまえ。心のこもったお供え物だもの」
そんな笑い声のあと、わたしの目がぐわんと引っ張られる感覚がした。
そして、真っ白だった世界は真っ黒になった。
黒、夜、闇。どこを向いてもだ。あたりまえだ、たった今視力を渡してしまったのだから。
じゃあわたしは生き返ったのかと言うと、どうやらそうでもない様子。よろよろと立っても、ふらふらと歩いても、全く何も起こらない。
途端にわたしは悲しくなった。目が見えない上に、わけのわからない空間に閉じ込められて。目が見えないから、どこに行けばいいのかもわからない。
呆然としていると、声が聞こえた。間違えない、今しがたわたしの光を奪っていったあいつの声だ。
「あんたいつまでつっ立ってんの。せっかく道が開けたんだから、早く帰らないと」
「道って、わたしにはもう見えないのに」
「見えない? おいおい、あんたには聞こえないのかい? あんなにでっかい声で一生懸命呼んでるのに。空の上の上のもっと上まで届くような声でさ」
わたしは耳を澄ました。
――聞こえる!
わたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。わたしの命を乞う願いが聞こえる。わたしの家族の、親友の、大好きな人の、みんなの声が。
だからわたしは真っ暗な世界を駆けた。光が導いてくれなくても、声が導いてくれる。目が見えなくても耳がある。だから、声の導きに従って。
そしてわたしは奇妙な宵祭りの会場を後にした。
「せ、先生! 今、手が動いて――あっ、気づいたみたいです!」
そして響き渡る歓声。それが真っ暗な現実世界で聞いた最初の声であった。
目が見えない生活は実に不便だった。目以外の怪我は治って退院しても、今まで当り前で出来ていたことが文字通り手探りなのだから。
それでもあの時わたしを呼んでくれた人たちがわたしを支えてくれるから、どうにかやっていける。
今日は大好きなあの人と二人で散歩だ。小さいころからよく歩いた道だけど、見えない中で歩くと全然違う場所に感じる。
そんな道をわたしは白い杖をついて歩くのを、あの人は声で導いてくれる。綺麗な綺麗な声だ、目が見えていた時よりずっと強く思う。
ふと、あの人の声の向こうで別の声が聞こえた気がした。あの生死の狭間の空間で聞いた子どもの声だ。
わたしは足を止めて、その声の方を向いた。すると隣から不思議そうな声が聞こえる。
「どうしたの? そっちには、あのちっさい祠があるよ? ほら、昔よくふざけて手あわせてたでしょ」
「……ああ、あのぼろっちい」
「そうそう。どんな神様が祭ってあるのかもわかんない、あれ。なんか御利益あるのかな」
すると子どもの声が聞こえた。
「あーあー、最近の若いのは信心なくってやんなっちゃうねえ」
じゃあ、あの声の主は。わたしを助けてくれたのは。
わたしの見えなくなった瞳から涙があふれ、それを隠すように深々とお辞儀した。
すると、女の子なのか男の子なのかよくわからない、あののんきな笑い声が聞こえた。
「お礼はお酒より、コーラがいいかな」




