伝えられない想い
第75回参加作品
お題:真冬と桜の花弁、愚者の恋、ごめんね、自分の言葉で言えなくて
ジャンル:恋愛
わたしは未来が見えるんだよ。それが小さなころからあの子の口癖だった。
「本当に?」
「嘘だ」
どちらの言葉にも彼女は困ったように微笑んで無言の答えを返すだけだったから、真偽はわからなかった。
悲しいかな、奇妙な言動は子どもたちのからかいの的になり、あの子はいつも仲間外れにされていた。
だけどあの子は悲しい素振りや寂しそうな顔は見せなかった。他の子どもに比べると、少し大人だったんだと思う。
そして、おれはそんなあの子のことが好きだった。昔からずっと。
高校生になったある日のこと、たまたま下校の道が一緒になった時、彼女はおれに聞いた。
「どうしてあなたはいつもわたしに優しくしてくれるの? 昔からずっと」
どきっとした。顔も赤かったかもしれない。もしあの子が本当に未来が見えるというのなら、おれの心もお見通しなのではないかと。
好きだからと、たったその一言で望みの未来は切り開けたかもしれないのに、おれにはそれが言えなかった。
「そりゃ……だって、お前いつも一人だし! 可哀想じゃん! で、優しくすると、おれいいヤツに見えるじゃん?」
上ずった声で本心を隠した。
「そうだね。でも……ううん、なんでもない」
彼女は屈託のない笑みを浮かべて首を横に振った。おれの答えはあの子の見た未来だったのか、それは闇の中だ。
しかしもう一度機会はあった。高校卒業目前の、寒桜の咲くころに、彼女と二人っきりで話をした。
一本きりだが満開の桜を見ながら、あの子は綺麗だけど寂しいねと笑っていた。その言葉通り、どこか寂しそうだった。
おれは遠くの大学へ進学し、あの子は地元で就職する未来へと進むのだった。だからこれが、最後かもしれない。
それなのに、おれは言えなかった。臆病だった。あの子の見ている未来におれの姿が無かったら……その現実を知るのが恐ろしかった。
しばらくの沈黙の後、あの子が口を開いた。
「もっとたくさんの桜が咲くの、あなたと一緒に見たかったな」
「あ……うん。ごめん、おれ、その頃こっちに居ないからな」
「……そうだね」
気まずい無言の間。おれは慌てて言った。
「じゃ、じゃあ! 来年! 来年の春にはおれ絶対帰って来るから、その時に一緒に花見しようぜ!」
「来年?」
彼女はおれをじっと見つめて来た。桜なんかより公をずっと見ていたい。そう素直に言えるほどおれは人間出来てはいなかった。
「そうだよ! おれ、ビッグになって戻って来るから! そしたらな……いや、何でもない! いいか、約束だぞ、来年花見な!」
おれは小恥ずかしくなって、あの子の前から逃げ出した。
家に帰ってから布団に潜って奇声を上げて悶えた。ああ、馬鹿者め。どうして言わなかったのだ。
そのまま引っ越してからも、おれはしばらく自分の愚者っぷりを後悔していた。あんなにいい機会はなかったぞ、と。
そして今になってもう一度、深く後悔することになったのだ。
あの子が死んだ。その知らせにおれは全てをかなぐりだして帰郷した。季節は一月、桜どころか花もろくにない寂しい季節だ。
交通事故だという。猛スピードで突っ込んできた飲酒運転の車に跳ねられて、即死だったらしい。
死に化粧を施された彼女の顔は、桜色に血の気があるようで、ただ眠っているだけに見えたのだ。
でも、もうあの子は喋らない。笑わない。そして一緒に花見に行くことも無い。
おれは何も言えなかった。あの時おれの心を伝えていたら、この未来は変わったのだろうか。
あの子の母親が、おれに一冊のノートを渡してくれた。なんてことはない、普通の罫線のノートだった。
「わたしが居ないときにあいつが来たら、これ渡して」
それは事故の数日前だったという。あの子には、本当に未来が見えていたのだろうか。それとも偶然なのだろうか。
おれは震える指でノートをめくった。
高校の時の数学のノートだった。微分積分、ベクトル計算――懐かしいとは思うが、一体何でこんなものを。
その時、ノートの間から何かがこぼれた。
寒桜の花だ。最後の日に見た、あの桜の花弁が後ろのページから無数に舞い落ちて来る。
おれは慌ててそのページを見た。
そこには数学の式などではない、あの子の丁寧な文字でたった三文の文章が刻まれていた。
わたしに二度と春が来ないことは知っていたのに、あんな約束をしてしまった愚か者を許してください。
わたしはあなたが好きでした。あの桜の下で、わたしはそれを言うべきでした。彼岸と此岸に別れる前に。
ごめんね、自分の言葉で言えなくて。そしてありがとう、今までずっとわたしのことを想ってくれて。
ああ、そうだったのか。おまえは全て知っていて、それにおまえも――。
おれは人目も気にせず崩れ落ちた。
ごめんね、自分の言葉で言えなくて。それは、おれのセリフだ。
真冬に咲いた桜の花弁の上に、おれの涙はとめどなくこぼれた。




