ケセランパサラン
第86回参加作品
お題:引き出しに潜むもの、本音か嘘か
ジャンル:ゆるいファンタジー
小学生の息子の部屋を掃除しに行ったら、妙なものに気づいた。勉強机の引き出しが一段、ガムテープで止めてあるのだ。
隠し事だろうか。今までも「開けちゃだめだからね!」と言って、綺麗な泥団子だとか、カマキリの卵だとかを「宝物」だと言ってしまい込んでいたこともある。カマキリの時は大惨事でこっぴどく叱ったから、またいきものを持ち込んでいるようなことは無いだろうけど。
何にせよ、一度中を確かめて見なければいけないだろう。かと言って、勝手に覗くのもナンセンス、もうすぐ帰ってくるから、本人に確かめてみることにした。
「ねえ、お部屋の引き出し、どうしてガムテープ貼ってあるの?」
夕方まで遊び回って泥まみれになって帰ってきた服を着替えさせながら、私はやんちゃ坊主にストレートに聞いた。
すると向こうも、何の迷いも無く答えた。
「ケセランパサランつかまえたんだ! ぼくが居ない間に、逃げちゃうかもしれないから」
ケセランパサラン、懐かしい響きだ。私が子どものころにはよく聞いた、白い毛玉の妖怪とか言われるものだ。おしろいを食べさせて飼育することができて、飼い主に幸せをもたらすという噂だった。
しかし噂はしょせん噂、未確認生物ケセランパサランの正体は、タンポポの綿毛のような草の種とか、単に動物の毛だったりという結論だ。息子が捕まえたと喜んでいるのも、そういったものだろう。微笑ましい話だ。
だけど、親として物は一応確認しておかなければいけないだろう。嘘を付いているとは思えないが、危ないものやいかがわしいものを隠すための方便の可能性もゼロではない。
それに、単なる植物とか動物の毛だったとしても虫が沸きかねない。前の春に引き出しからカマキリの幼虫が溢れたことを思い出して、ぞわっとした。
「おかあさん、アイス食べていい? それとおしろいちょうだい! ケセランパサランにもエサ食べさせないと」
「アイスはダメ、もうすぐごはんだから。あと、おしろいって何か知ってるの?」
「えーっと、小麦粉? 白いもん」
私は苦笑した。おしろいが食べ物じゃなくて化粧品だと言うと、息子は目が飛び出しそうなくらいに驚いていた。
翌日、私は息子の部屋に居た。持ち主が学校に行っている内に、ケセランパサランの正体を確かめなければ。腐るもの、カビるもの、その他妙なものだったら捨ててしまうつもりだ。心は痛まないでもないが、息子には「逃げてしまったのだろう」と言えば信じるに違いない、あの子はケセランパサランが妖怪だと信じているから。むしろ夢があっていいかもしれない、未確認生物は未確認だから魅力的なのだ。
私は引き出しのガムテープをはいだ。はてさて、引き出しの中に潜むものは、一体なんだろうか。
錆びたクッキーの缶が逆さまにしておかれていた。我が家で出したゴミではないから、どこかに落ちていたものを拾って来たのだろう。あまり良い趣味ではないと思う。
顔をしかめながら、その缶も取り去る。すると、ケセランパサランらしき毛玉が現れた。昨日私が渡したファンデーションの粉もティッシュに乗せて置いてある。減っている様子はないが、当り前だろう。
見てすぐピンと来た、これは作り物だ。よくアクセサリーやキーホルダーに使われる、白いふわふわの飾り。ピンポン玉大のサイズ感も、まさにあのままだ。女子高生の鞄にぶら下がっていてもおかしくない。
「なあんだ」
私はほっと一息ついた。人工物なら虫も沸かないし、腐りもしない、放っておいて大丈夫だろう。ずっと動かないエサも食べないとなれば、あの子もきっと飽きて捨てるに違いないから。
ただこの缶だけどうにかしてほしいものだけれど。そう思ってクッキーの缶を被せようとした時だった。
「そこの御仁、水をくれぬか……」
絶え絶えと言った細い声が聞こえた。同時に毛玉がぶるぶる震える。
私は凍り付いていた。仮によくできたおもちゃだったとしても、こんなタイミングでそんな言葉を発するようには造らないだろう。
息子は本物のケセランパサランを捕まえていた!
手の動きも止まって茫然としていると、毛玉がこちらを見上げた……ような気がした。後ろに向かって回転したが、目も口もどこにあるかはわからない。毛に埋もれているのだろうか。
「御母堂と、見た。頼む、水を……このままでは干からびてしまうゆえ……」
泣き出しそうな声だった。
いまだ混乱している物の、私はとりあえずその毛玉を手のひらに乗せて、キッチンへと向かった。
「いやあ、助かりましたぞ。弱った体であのようなところに閉じ込められては、なすすべも無く死ぬかと。かの御子は、話を全く聞いてやくれぬゆえ」
毛玉は上下に揺れながら、饒舌に喋り始めた。
小皿に水道の水を入れてやったら、毛玉は机の上をすべるように飛びついて、一気に飲み干したのだった。なるほど、水分を取ったからか、毛の艶が増している。
「……あなたは、ケセランパサラン?」
「いえ、古来より宙を舞う毛玉妖怪でございます。見ての通りひ弱な種族ゆえ、普段は人目にも妖怪目にも触れぬ様にしておるのですが」
「つまりそれがケセランパサランじゃない!」
「人間が何と呼ぶかは、ご自由ですが……」
私は興奮していた。妖怪が本当にいた、これはビッグニュースだ。一体どうしよう、いや、まずは確かめたいことが色々ある。
「おしろいを食べるの?」
「喰えませぬ、そもあれは食べ物ではありませんぞ。昨日のは特にひどい、不自然な匂いがぷんぷんしましたぞ!」
毛玉はピョンピョン跳ねて抗議してくる。どうやら化学物質がお気に召さないらしい。
「人を幸せにできるの?」
「逆に聞き申すが、このような毛玉に人の一生を左右するような、大それた力があるとお思いか?」
私は首を横に振った。もしそんな神様じみた真似ができるなら、うちの息子になど捕まっていないだろう。
「そう言えば、どうしてうちの息子はあなたのこと捕まえられたの?」
「それは……吾輩も疲れていたゆえ。少し休憩していたら、こう、うとうとっときて……そのまま」
はあと毛玉が息を吐くと同時に、ぴんと伸びていた毛が一気に垂れ下がった。
それにしても面白い。無害そうだし、このまま飼ってもいいかもしれない。言葉が通じるから、下手なペットより世話も楽だ。
いやそれよりも、研究機関に連絡した方がいいのだろうか。そんなものがあるのかはわからないけれど、このご時世、インターネットで調べればマニアの一人や二人すぐ見つかるだろう。
それともテレビ局に売り込んだ方が良いだろうか、一躍大スターだ。しかし煩わしいことも多そうである。
うーんと私がうなっていると、毛玉がきまりの悪そうにつぶやいた。
「あの、水を恵んで頂いた上に重ねるようで、大変恐縮ではございますが、もう一つ吾輩の願いを聞いていただけないだろうか」
「なに?」
「御子息が居らぬうちに、逃がしていただきたいのです」
「ええっ!?」
「もちろん、捕縛された段階で本来は命は捨てる物、それが流儀です。しかし、吾輩にも事情がありまして……」
しゅんと毛玉が肩を落とす。
「吾輩には十玉の幼子が居るのです。毛玉としては子だくさん、吾輩が散れば、我が愚妻が一人で育てねばなりませぬ。しかも四と九の息子と娘が、熱病に浮かされて居りまして。実は吾輩が地上を走り回っておりますのも、薬になる草を集めているゆえ。我が家族が、吾輩の帰りを待っておるのです。どうか、どうか……!」
ぺこぺこと毛玉が前に頭を傾ける。
それを聞いては黙って居られない。私だって母親だ、家族を想う気持ちは痛いほどわかるし、病気の子が待っているならなおさら。
「そんなの、早く言ってよ!」
私は毛玉をわしづかみにすると、玄関に走った。
「ああ……! ありがとうございます、この御恩は忘れませぬ!」
私は玄関先で毛玉を地面に下ろした。本人がそれでいいと言ったのだから、とやかく言うことも無いだろう。そもそも、私は彼らの棲み処がどんなところなのかも知らないし。
「気を付けて帰りなさいね、また人間につかまらないように」
「ええ、もう、居眠りはしませぬゆえ。草を取ったら、一目散に帰ります。それでは!」
そう言い残して、毛玉は道路へ向かって転がり始めた。が、すぐに止まって、こちらを振り返る。
「大それた奇跡は起こせませぬ。が、ささやかな喜びをもたらすことは約束しましょう。御子にもよろしくお伝え下され」
顔も何もない毛玉が、にっと笑ったように見えた。
あの後ケセランパサランがどこへ行ったのかは知らない。側溝の方へ行ったのは見えたが、それきりだ。
息子の部屋の引き出しは、ぱっと見て「逃げられた」と思う風に見えたからそのままにして置いた。自分で開けて逃げたんだと言い聞かせれば、あの子は信じるだろう。
狙い通り、帰ってくるなり部屋に駆け込んだ息子は、ぐずりながら私の所にやってきて言った。
「おがあさん、ケセランパサラン、逃げちゃった……!」
「しょうがないよ生き物だもん。ほら、昨日エサあげたから、食べて元気になって飛んでっちゃったんだ、居なくなっちゃったらしょうがないよ」
私の言うことが本音か嘘かなんて、息子にはわかりようがなかった。ただ、しゃくりあげて頷くだけだった。
「ほら、アイス食べていいから、泣かないの。きっとまた見つかるよ」
「うん……」
べそをかきながらも、息子は冷凍庫を開ける。大好物のソーダ味の棒アイス、食べ終わる頃にはきっと元気になるだろう。
案の定、空色のアイスがかじられて無くなる程に、息子の顔も晴れていった。
そして食べ終わる頃、急に歓声を上げた。びっくりした私が肩を震わせるほどだった。
「どうしたの?」
「おかあさん、おかあさん! アイス、当たった!」
そう言って満面の笑顔で見せつけたアイスの棒には「あたり」の文字が。
ささやかな喜びを、息子によろしく、毛玉の言っていたことはこういうことだったのか。ケセランパサランのもたらす幸せの笑顔に、私もつられて笑った。




