表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

月夜の取引

第67回フリーワンライ企画

使用お題 「ツキ、月(変換自由題)」「虹色の鉱石」「布団のぬくもり」

ジャンル:ファンタジー

 ようやくツキが向いてきた。傾く太陽の光を浴びながら、襤褸を纏った少年は、切り立った崖下の道を行く綺麗な馬車を眺めてほくそ笑んだ。

 あれは領主様の馬車だ。民を自分の所有物としか見ていなくて、家畜のようにこき使い搾取し、飢える人民を無視して私腹を肥やす、悪い悪い領主の馬車だ。

 あのぶくぶく太った豚のような男に、少年の両親は殺された。あらぬ罪を着せられて。もちろん、小さな家もわずかな家財も、全て全て持っていかれてしまった。

 この世の不幸を背負った少年は、人里離れた山の中で必死に生きて来た。山の物を狩り、時には泥水をすすり、時には山賊まがいのことをして。

 だが、それも今日までだ。この辺りには、人家も村も無い。あの憎き男たちは、もう少し先にある泉のほとりで、野営でもするに違いない。夜が来て、草木が寝静まる頃には、供の兵も油断するだろう。そこが復讐の好機だ。皆殺しにして、金品を奪って、そして自分は富を得るのだ。

 復讐に燃える炎を心に、少年は闇の訪れを待っていた。



 そして夜。領主一行は思い通りに動いてくれた。少年は崖の上から、ずっと見張りを続けていた。あの領主のような太り切った体系でない限り、ここから下まで飛び降りるのは簡単だ。いつでも、仕掛けられる。崖下からの炎に、少年のナイフがぎらぎらと光っていた。

 それにしても醜い男だ。従者たちを顎で使い、飯がまずいだの、寒いだの、つまらないだの、我がままばかりだ。がみがみと部下をしかりつける声が、耳に障る。

 ああ、憎い、憎い。憎らしくて仕方がない。何であんな男のせいで、自分たちはこんなに苦しまなくてはならないんだ。

 これは復讐だ。正統な殺しだ。全ての領民のため、死んだ両親のため、そして、自分のため。

 少年は鬼のような目で、領主を睨んでいた。あの男が笑うたび、暗い炎が心で揺れる。


「ちくしょう」


 震える声が殺気と共に闇に溶けた。無意識にナイフを持つ手に力がこもる。


「ほーん。で、それ持ってあの豚を刺しに行くつもりだったのか」


 頭の後ろで声がして、少年は思わず跳び上がった。振り返れば、真っ黒のコートを着てにやける男の顔が眼前にあって、もう一度悲鳴を上げた。

 その物音に、見張りたちが気づいた。なんだ、上だ、誰かいるぞ。そんな叫び声と共に、何人かが崖の上に昇ってこようとする。これでは作戦が台無しだ。


「くそっ、お前のせいで!」


 少年は歯を食いしばって逃げ出した。ここで死ぬわけにはいかない。いや、純粋に死にたくないだけだ。真っ暗な森に入れば、さすがに見張りたちも追ってはこないだろう。

 だが、誰かが少年の後ろからついてきた。ちらりと振り向けば、あのふざけた男だった。


「何なんだよ、お前!」


 息を切らせて叫んでも、帰ってくるのは笑い声のみ。

 そしてほどなくして少年は力尽き、地面に倒れ込んだ。仰向けになって体を投げ出す。ああ、今夜は満月だ。月光は静かに世界を照らす。だが、決して温かい光には見えなかった。むしろ、復讐の機会を失い絶望する少年をあざ笑う冷たい光に見えた。


「よお」


 のんびりとした声と共に、少年の視界に赤みがさす。あの黒衣の男だ。そして赤い光は、彼が加えた葉巻の炎であった。

 そのとぼけた様子に腹が立って、少年は領主にぶつけるはずであった怒りを投げつけた。


「なんだよお前! お前のせいで、おれの計画は台無しだ! お前のせいで、お前のせいで……」

「ああ、そいつは悪いことしたな。だが、お互い様だと思ってくれよ。お前が居なかったら、俺は無事にあの豚さんを仕留められたんだが」

「え!?」

 

 少年は口をあんぐりと開けて固まった。一体何を言っているんだろう。あの領主を倒すつもりだっただなんて。それはまるで。


「あんたは、正義の味方なのか!? あ、いや、違う。黒いし死神だな! 悪い奴を裁きに来た、神の使いだ!」

「どっちかっていうと後者だが、どっちも違うね。俺はただの殺し屋さんだ」


 ふうっと黒衣の男は煙を吐いた。小さく赤い炎は、不思議と温かい。


「だからね、坊や。俺も千載一遇の機会を逃したわけだ。だからお互いさま。わかったか?」

「じゃあ、何で邪魔したんだよ! おれがあいつを殺してれば、お前も楽出来てよかったじゃないか!」

「楽、ねえ」


 くっくと男は笑った。


「別に楽しようとは思わんよ。報酬を得るのに働きが必要なのは当然だ。楽して儲けた結果が、あの馬鹿領主だとは、お前もよーくわかるだろう?」

「ああ」

「それに、あんな男のために、坊主の人生が台無しになるのが惜しかったからなあ。俺なんかよりもずっと若いって言うのに」

「それはお前の勝手だ! おれの人生なんて、あいつのせいでもうめちゃくちゃなんだ! だから、復讐させてくれよ! それくらいしか、おれが生きる価値がないんだ!」

「やだね。目の前でガキに死なれちゃ後味が悪い」

「だけど!」


 人生にようやくツキが向いてきたと言うのに、こんなわけのわからない男に邪魔されて。やるせなさやら、戸惑いやらが少年の心にぐるぐると渦を巻く。

 そうだ、この男だ。こいつさえいなければ、こいつが来なかったら。少年のナイフを握る手が固くしまった。

 それを見ながら、参ったねえ、と男は呑気に笑っていた。そして、ひらめいたとばかりに手を打つ。


「じゃあ、こうしよう。俺がお前の怒りを買いとる。復讐心をもらう。で、俺が代わりにあの領主を殺す。俺は依頼が達成できるし、お前さんは楽して復讐が出来る。いい取引だろう?」

「だけどお前――」

「もちろん対価は払うさ。お前さんの大事なものを奪うんだから当然だ」


 そう言って、男は懐を探って何かを取り出すと、少年の方に投げ渡した。

 両手でようやく包み込めるほどの物体は、鉱石であった。ひんやりとして重量もあるそれは、月と火の光に照らされて、虹色に煌めいていた。山で石は腐るほど見たが、こんな美しいものは見たことが無い。

 少年は戸惑いながら、すでに立ち上がった男を見上げる。すると、彼は口角を上げて言った。


「でっかい町まで行って、金に換えな。当分の温かい飯と寝床、あと服にもなるだろう。真面目で丈夫そうだから、きっと働く場所も見つかるさ」

「おい、待てよ! こんな施し――」

「だから施しじゃない、お前さんのツキを奪った分の対価だって。もらってくれんと、俺が困る」

「だからって、俺これからどうしたらいいんだよ……」

「素直に喜べよ。どうせあの馬車から金でも奪って、町で暮らすつもりだったんだろう? そんな薄汚いもんより、そっちの方がましだぜ? 先のことなんて、綺麗な布団にくるまって、そのぬくもりん中で考えりゃいいだけだ」


 からからと笑って、男は闇の中へと消えていく。

 待ってくれ、と少年は鉱石を手に叫んだ。


「どうして、おれにそこまで」


 男は少しだけ振り向いて、不敵に笑った。


「さあね。少しだけ、昔の俺に似ていたから、かな」


 そして、葉巻の残り香だけを残して、男は闇の中に消えた。




 ようやくツキが向いてきた。傾く月の光を浴びながら、襤褸を纏った少年は、森の中をかけていた。その手にあるのは虹色の鉱石。希望が詰まってずっしりと重い。

 これからどうしようか。まだ先のことは見えない。だが、後ろも振り返らず、少年は街を目指して、ひたすら東へ走っていた。

 あの領主がどうなったのかわからない。少年の中にあった暗い炎はもう売ってしまったのだから、興味も無い。だがきっと、あの男がどうにかしたのではないだろうか。

 あの男は何だったのだろうか。本人は死神だ、殺し屋だと言っていたが、それにしては温かい光だった。

 少年は思う。あれはきっと、正義の味方だったのだ、と。


終 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ