背負いし翼
第69回フリーワンライ企画
使用お題 「明日へ」「青空に沈む」「本気の遊びを楽しんで」
ジャンル:ファンタジー
わたしの体が青空に沈む。大気圏のぎりぎりからの自由落下、地上に追突するまでの、長い長い旅路だ。
背中に生えた翼ももう何の役にも立ちやしない。力尽きた体には、重くて重くてしかたないだけだ。
延々と続く青い空に、今までの記憶が走馬灯のように浮かぶ。
わたしは希望の子として、正義を背負う正しき神の使徒として、全人類の選ばれた民として、世界の未来を一身に背負って生まれ育った。
右手には古今東西のあらゆる魔法を封じた聖杖を持ち、左手には装着者の身体能力を高める魔法の腕輪をつけ、体には炎も吹雪も矢じりをも跳ね返す法衣を纏い、そして背中には希望の光で編まれた翼を生やして。
そしてわたしは、この世に絶望と混沌をもたらす邪神を打ち倒すべく、空高く天上の果てへと飛び立ったのだ。世界の命運を背負って。
それがどうだ、このざまは。もう笑うしかない。全てを懸けて死力を尽くしても、ヤツには届かなかった。
魔法の弾丸を放っても、不可視の剣を精製しても、ヤツはまるで舞い踊るかのように全てかわし、代わりに黒い茨を鞭のように振るい、わたしをじわじわと責め立てた。
「貴様などと真剣に勝負をする気はない」
最初にヤツが言い放った台詞が耳障りに反響する。そう、所詮は遊ばれていたのだ。こっちは全てをこの一戦にかけて来たというのに。
わたしの体が白雲の海に沈んだ。このまま順当にいけば、次は大地か大海に叩きつけられるだろう。皆が望んだ勇者の帰還ではなく、負け犬の残骸として。
それでいいと思う。何かの間違いで生きて地に足がついたとして、わたしは一体皆にどんな顔を向ければいいのだろうか。希望の未来を導けなかったこのわたしが、全てを失ったこのわたしが。みなと同じ空を仰ぎ明日へ進む資格などない。
ふと、雲の中に黒い影が浮かんだ。ヤツだ。わざわざ敗残の体に鞭打つべく追って来たのか、この邪神め。
下卑た笑い声が頭の中に直接響く。まるであざ笑うかのようなそれは、どこか不愉快そうな色を含んでいるが、不愉快なのはこちらだ、クソが。
「どうした、そんなものか。久しぶりに遊び相手が見つかったと思ったのに、もう終わりか。こちらはまだまだ本気も出していないのに」
ヤツの落胆の息が音を立てる。うるさい、溜息を吐きたいのはこちらの方だ。
「つまらんなあ、ほんとうにつまらん。おまえの翼は何のためにある、おまえの体は何のためにある。まだどっちも綺麗に残ってるじゃないか、どうして動かさない! まだまだ戦えるだろう! さあ、こいよ! 本気で来い! 全てを捨ててかかって来い!」
挑発するようにわめきたてる声がやかましくて仕方がない。ちくしょう、黙れ。わたしの体はもう動かない、重くて重くて動かないんだ!
それは心の声だったはずなのに、ヤツには聞こえたらしい。愉快だと言わんばかりに、吹き出した。
「なんだそんなことか! あたりまえだろうが、馬鹿者め。お前は背負いすぎだ。そんなに重いものを背負っていたら、そりゃあ自由が利かないに決まっておろう、馬鹿者め!」
繰り返される言葉に、わたしの苛立ちは募るばかりだ。
わたしが背負っているものは、人類の夢、希望、未来、そして明日。軽々しく捨てられるものじゃあない。だがヤツは、そんなもの全部捨ててしまえと急き立てる。その喚き声がただただ不快だ。
そうこうしている間に雲を突き抜けた。もうすぐ地上だ。わたしに全てを託して、全てを背負わせた人々の待つ地上だ。もうすぐ終わる、終わってしまう。
見えた上空の雲に黒い影が映し出された。戦闘中幾度となく見たヤツの狂気にも近い笑顔が思い起こされる。
――ああ、みんな。ごめんなさい。本当にごめんなさい。皆の期待には応えられそうにもありません。
だが、このまま終わってたまるか。せめて、あのふざけた顔を一発くらい殴り飛ばさなければ、わたしの気がおさまらない!
わたしが背負って来たものは、全部地上に投げ捨てた。残ったものは、わたしのわがままで身勝手な戦闘動機。
だけど不思議なものだ。そう腹を決めた途端、あんなに重かった体が自由に動くのだ。翼も一層光り輝き、大きく広げれば風を受け、羽ばたかせれば降下が止まる。
ヤツの口笛が聞こえた気がした。
「なんだやればできるじゃないか。どうしてもっと早くそうしなかった」
黙れと天空に向かって叫べば、ヤツは楽しそうにからからと笑った。
「いいぞいいぞ。さあ、とっとと戻って来い。お望み通り、今度は本気で遊んでやろう、楽しみにして上がって来い!」
そうして雲の黒影は、どんどん遠くへ上がっていく。わたしはそれを追った。今まで落ちて来たのと同じくらい、一度目の上昇よりもずっと早い速度で。
右手には古今東西のあらゆる魔法を封じた聖杖を持ち、左手には装着者の身体能力を高める魔法の腕輪をつけ、体には炎も吹雪も矢じりをも跳ね返す法衣を纏い、そして背中には希望の光で編まれた翼を生やして。
しかし今のわたしは光の勇者でも、高潔なる神の戦士でもない。ただ自分の意地のために動く戦闘狂だ。それなのに、なかなかどうして、今の方がずっと強く空を駆けられるではないか。
わたしは重いものを背負いすぎていた、ヤツの言った通りなのだろうが、それが一層腹立たしい。
さあ、首を待っていろ邪神。貴様の本気の遊びを楽しんで、それでいて貴様より上手く遊んでやるから。
闘志を燃やしながら、わたしの体は青空に昇っていく。




