神様お願い!
『お願いです神様、今年こそかっこいい彼氏を作りたいんです。どうか、縁をください!』
『神様、神様、お願いします。明日のプロポーズ、絶対成功させてください』
『この宝クジが当たりますよーに! 三億円! お願いしまぁす、神様っ!』
『ああ、神様。私を裏切ったあの男と、あの泥棒女に天罰を……! 地獄に、落として……!』
『神様お願い、俺──』
『神様頼む──』
『神様──』
『神──』
「あああああああああっ!」
神様が絶叫して文机を叩けば、神界に大地震が起こった。
すわ、神様ご乱心。天使たちが大慌てで、神様のもとへと飛んできた。
「神様、どうされました!? またゴキブリが出たのですか!?」
「違ぁう!」
「神様、ドラムの練習は防音室でやってください!」
「誰がバンドをやるか!」
「神様、ストレス発散であればこちらをお使いください! 下界から入手した、通称プチプチです!」
「うるさい! そんなもので足りるかっ!」
かあっと唾吐く勢いで神様は叫ぶ。──ああ、ストレスではあるんだな。天使たちは察して顔を見合わせた。
そして神様にそば仕えをする身では、原因も何となくわかる。
それは、下界──すなわち人間界から聞こえてくる、神頼みの声だ。お願いといいながら、あらゆる欲望を一方的にぶつけてくる。時には聞くに堪えないひどいものも。
人間の要望を聞くことも神様の仕事の一つだ。しかし、限度がある、色々な意味で。
「どいつもこいつも、勝手なことばかり! 自分の都合ばかりであれこれいいやがる! 畜生、俺だって指一本でなんでもできるわけじゃないんだ。一人で全部聞いてやれるものか。出会いが欲しけりゃコンパにでも行け、プロポーズなんか自分でなんとかしろ! 宝クジなんて、おまえ、他に何人同じこと言ってると思ってんだ。私怨の殺しなんて、俺だってまっぴらだ!」
しゅうしゅうと神様の頭からは湯気が立ち昇っていた。良くない。もし次に神様が爆発すれば、下界の火山が噴火するかもしれない。あるいは、誰かの庭で温泉が噴き出すかも。
いずれにせよ、まっとうな仕事以外で下界に影響を出すのはまずいのだ。神界にも規則だとか暗黙の了解だとか、いろいろ都合があるからして。
このままでは非常にまずい、どうしたものか。天使たちがおろおろと顔を見合わせ、神様の怒りを鎮める方法を考える。
が、そんな天使たちの集まりをかき分け、神様は外へと歩いていくではないか。
「神様! どこへ行くんですか!」
「下界だ!」
「何するつもりなんですか! 人類抹殺は、神界法で禁止されています! せめて世界中のコンピューターのバックスペースキーを壊すとか、それくらいの嫌がらせにしてください」
「細けぇなおい……」
つっこみと共に、神様がふっと足を止めた。あくどい笑みを浮かべて、天使たちの方を眺め渡す。
「別に悪いことはしないさ。人間たちのお望み通り、『お願い』を叶えてやりにいくだけだ」
その言葉に天使たちは一転、安堵した。
「なんだ、そうだったのですね。安心しました」
「勤務ならどうぞ行って下さいまし、出張費の申請は後ほどお願いしますよ」
「てっきり神様辞めるとか言い出すのかと思いましたわ」
どっと笑いながら、天使たちは解散しかける。
が、神様はびしりと指を立てて宣言した。
「ただし! 一人だけだ。これから人間の姿をして下に降りる。その俺に、一番最初に声をかけて来た人間の願いを、なんでも一つかなえてやる。何でもだ。どんな大それたものでも、どんな欲望に塗れたものでも、絶対かなえてやる」
天使たちが水を打ったように静まり返った。何でも叶える、例えそれが、いかに私利私欲にまみれたものでも。何といっても神様だ、本気でやるだろう。
どんな願いでも叶う。そんな条件を提示されたら、人間はどうなるか。人の欲望に限りは無い、全ての富を手にだとか、自らを世界の支配者にしろだとか、無理難題を言ってこよう。
そして神様なら出来る。実現させてしまったら……下界は大きな混乱に包まれるだろう。
「さあ、楽しみだ。金か、名誉か、地位か、武力か。何でもやるぞ! そして、我欲の果てにあるものが何なのか、見ているがいい! はは、ハハハハハハ! フハハハハ!」
身を寄せ凍り付いている天使たちには目も暮れず、神様は下界へと向かった。その後ろ姿は、神様と言うより、世界を滅ぼす邪悪な魔王のような風格だった。ストレスとは、かくも人を変えるのである。
さて、下界はいくつもの鉄道が乗り入れる某駅。黒スーツに黒髪をびしっと決めたサラリーマンに扮した神様は、壁に張られた構内案内図の隣に背を預け、ひたすらぼーっとしていた。
かれこれ六時間くらいたっているだろうか。もう日も暮れた。なのに、誰も話しかけてなど来やしない。忙しない人々は、自分の目の前以外見ていないのだ。
「へっくし」
吹き込む風が冷たい。もうストレス発散などどうでもよくなっている。早く天上に帰って、浮雲温泉につかりたいものだ。ずっとそんなことを考えているが、大言壮語してきた手前、実行せずには帰れまい。一応、威厳のある神様なのである。
誰でもいいから早く声をかけてくれないか。不審者だと思った警察でいいから。腕を組んで震えながら、神様は思った。
そんな神様の前に女性が一人。ぽけっと案内板を眺めている、その手から、コーヒーのカップが、すとんと落ちた。
「ああっ!」
「うおっ!」
一口残っていた中身が飛沫となり、神様のぴかぴかの靴にかかる。女は顔を青くして、鞄からウェットティッシュをあわあわと取り出した。
「すいません! 私、そそっかしくて! ほんと、すいません!」
「い、いいよ別に」
──どうせ天使が頼まなくても磨いてくれるし。と、内心でひとりごちる。
「あ」
地上に降りて最初に声をかけた人間の願いをかなえる、自分は確かにそう言った。それが、この女性だ。想定外の状況だが、まあいい。
「ねえ。靴の代わりと言っては何だけど……ちょっと一個聞いていい?」
「はい。何でしょう」
「もし、俺が神様で」
「宗教はお断りします!」
「あ、いや、そうじゃなくて。まあ、たとえ話。アンケートだと思ってくれ。もし、今一つ、君の願い事が何でも叶うとしたら。本当に、どんな大きなことでも叶うとしたら、一体、何をお願いする?」
「え、ええ?」
彼女は拾い上げたカップを持ったまま、眉間に皺をよせ首をひねって、真剣に悩み始めた。またカップが落ちそうになっているが、さておき。
可愛らしい顔の中に、一体どんなどす黒い欲望を秘めているのか。神様はにやりとしながら答えを待った。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「……これから、私とバーに行ってほしいです」
「はい?」
「だから、一緒にご飯食べて欲しいなって」
ぽかんと神様は口を開けた。すると、彼女は顔を赤くして、一生懸命言い訳する。
「いや、その、私こっちで一人暮らし始めたばっかりで友だちも居ないし。そのバーってのが、すっごいオシャレですっごいおいしいらしいんですけど、ちょっとひとりじゃ入りづらくって。前から行きたかったんですけど、その。アハハ、変ですよね、初対面の男の人に。でも、今叶うならそれかなあって」
「そうじゃなくて……そんなことでいいの? もったいなくない? 何でも叶うんだよ? お金とか、地位とか」
「あんまり欲しくないかなあって」
あっけらかんと女は言った。その目に嘘は無い、神様は見通した。
拍子抜けだ。何でも手に入るチャンスだったのに、欲しがったのは、ほんの一時の人との繋がりとは。
「ハハ、ハハハハハ!」
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、ちょっとね。俺もまだまだだなあって。……ああ、じゃあ、君のお願いかなえてあげよう」
「へ!?」
「だから行こうよ、そのバーとやらへ」
「いいんですか!?」
「聞いちゃったからね。約束だ」
「約束?」
「あー……こっちの話。さ、行こう行こう」
神様は女の手を取って、夜の人間界へと繰り出した。
──人間の欲望もかわいいもんだな。そんな風に思いながら。




