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太陽の姫と月の醜男

第105回参加作品

お題:飛べない鳥、青空に恋した月

ジャンル:恋愛

 男はとても醜かった。身丈も小さく背中は曲がり、城下町を歩けば後ろ指をさされ、悪餓鬼はモンスターだと石を投げられる始末。


 目立つことを避けた男はいつしか昼の世界を歩くことをやめ、夜の住人になっていた。元々汚い色だった肌は青白みを帯びてますます醜くなり、ますます人から嘲られるようになった。


 親にも捨てられた、友だちなんて居ない。男は誰からも好かれず、いつも一人ぼっちだった。



 そんな男は笛を吹くことが好きだった。親に捨てられたときに唯一もらった銀の笛。男のたった一つの宝物だった。


 皆が寝静まった夜更けの城下町、わずかな月明かりにも映らぬよう、真っ黒のマントと真っ黒のフードに身を包み、誰も居ない広場の噴水の縁で笛を吹く。


 静かで美しく、しかし寂しく悲しい旋律だ。月光のように夜に染み渡る、この醜い男にしてこの響きありやという素晴らしい楽曲だ。


 だが彼の演奏を聴く物は誰も居ない。感動の意を表す者は居ない。みな寝ているか、聴いて心震わせた者も、奏者を見るなり舌打ちする。男は城下の誰にも嫌われていたのだ。



 それなのに。男が笛を降ろすと、小さな拍手の音が聞こえて来た。すぐわきから。


 見れば、白いドレスに身を包んだ、驚くほどに美しい女が立っている。男の目には眩しすぎる笑顔を携えて。


 あれは。男は息を呑んだ。あの人は、この城の姫君だ。美しく気高く、優しくたくましく。巷では「太陽姫」と呼ばれている。


「素敵な曲だわ。いつもお城まで聞こえてくるの。あなたが吹いていたのね」


 逃げるのには遅かった。姫は男の隣に腰を下ろし、嬉しそうに語り掛けて来る。


 男は軽く会釈をした。思わずフードを深く引っ張り、顔も少し姫から背ける。


 姫は不思議そうに首を傾げた。


「どうして顔を背けるの?」


「貴方様のようなお方には、とても見せられる顔ではありません。わたしの顔は、化け物のようなのです」


 すると姫はくつくつと笑いながら手を伸ばし、男のフードをはぎ取った。悲鳴をあげながら、男は両手で顔を隠す。


「おやめください、わたしはモンスターのようなものなのです。とても姫様の前には出られません」


「あら嫌だ。蛇は蛙を生まないし、飛べない鳥も鳥なのよ。顔がどうでもあなたは人間。私は城下の人間はみな大好きよ」


 言いながら姫は男の手を優しくつかんで退け、その薄汚い額にキスをした。


 人に優しくされたのは初めてだ。まして、好きだと言われたことなんて。男の心に温かい光が差し込んだ。


 いや、駄目だと男は手を振り払う。姫は自分には眩しすぎる存在だ。闇と光、月と太陽、決して共にあれるものではない。


 それなのに、姫はさらに男の心に踏み込んでくる。


「ねえ、あなた。私のお城に来てください。その素晴らしい演奏を、毎日もっと近くで聞かせてください」


 男は困惑して頭を振った。


「いけません。わたしは夜闇に生きる者、あなたは青空に生きる者、一緒の世界には行けませぬ」


「そんなことないわ。青空の下にも月は居る。真っ白でぼんやりしているから、みんな気づかないだけで。月と太陽も一緒に居られるものなのよ」


 姫は強い力で男の手を取った。愛しく胸に抱くように引き寄せる。


 いけない。これ以上は。本当に、恋をしてしまう。



 その時だ。叫び声が響いた。


「いたぞ! 姫様をお助けしろ!」

「姫様をかどわかす不埒者め!」


 城の衛兵たちだ。おそらく姫は黙って城を抜け出してきたのだろう。事情を知らぬ兵たちは鬼の形相だ。


 そして男の顔を見ると、ますます怒りを強めた。


「あんなやつが姫様を!」

「よくも我らの太陽姫を! 捕まえろ、死刑だ、死刑にしろ!」


 男は逃げ出した。言い訳しても信じてはもらえないだろう。太陽姫に迷惑がかかるだけ。


「待ってよ! 私は好きよ。あなたの笛の音も、そんな綺麗な曲を奏でられるあなたのことも。だから、逃げないで」


 姫のいうことは聞かなかった。男にはそんな勇気は無かった。




 逃げ道には詳しい。男は衛兵の追跡を振り切って、城下町で身を潜めた。しかし、騒ぎは落ち着きそうもない。あの醜い男を見つけ次第捕まえろ、捕まえたら死刑だ。町中がそんな空気だった。


 この町を去ろう。身の危険に男は決意した。誰にも好かれない、誰にも必要とされない。だからしがみつく理由もないのだ。


 ただ、気になるのは太陽姫。彼女は好きだと言ってくれた。決して釣り合うはずはないのに。悩ましくて仕方がない。それはまるで、決して見られぬ青空に恋した月。



 男は夜になってから動き出した。衛兵も知らない城壁の抜け道を使い、町の外に出る。黒い装束で目立つのは、月明かりに光る銀の笛のみ。


 城壁の外で、男は城を振り返った。太陽姫の住まう城、もう二度と会うことは無いだろう。手向けのように男は笛を吹いた。


 あの人が好きだと言ってくれた音色、静かな夜だが、果たして届くだろうか。



 やがて男が演奏を終えると、それに答えるような笛の音調がかすかに聞こえて来た。たどたどしいが、明るく弾むような曲調。聞いているだけで心が温まる。


 城からだ。太陽姫が吹いている。聞こえていたのだ。


 男は生まれて初めて笑った。そして初めて嬉し泣きをした。青空を初めて見た子供はこんな気持ちだろうか。


 ――さようなら、わたしの太陽。


 男は笛を吹きながら、夜の丘陵に消えていった。どこか遠くの町へ、男のことを誰も知らない街へ。太陽姫への恋慕は、一旦ここに捨てておこう。


 しかし、せめて真昼の月のように密やかでもよいから、男に光の下に立つ勇気が育ったなら。青空に恋した月は、もう一度捨てた思いを拾いに戻ってくるだろう。


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