喧嘩を売りましょう(中)
「どお? 堕ちた?」
ほけほけと笑いながら優雅に歩んできたのは。エレインだ。
後ろについてきているのはエルティナである。さながら令嬢と従者だ。
アリーは唇を引きつらせた。
「仮にも人間に向かって堕ちたはないだろ……」
「あらもっともといって良いですけどね」
「お前も何賛成してんだよ!? イリィム!」
「あら」
心底心外そうなのは突っ込まれたイリィムだ。
細い白魚のような指を唇に当て、小さく首をかしげる。
「私を堕ちたと表現するのは結構なことですよ。堕ちたんですからね、現実に」
「はあ?」
ガンつけるようなアリーにイリィムはくすくすと笑う。
「アリー、貴女さっきの走り方お嬢様走りでしたけど私見ていましたよ」
「何を?」
「あなた人の足踏んでいたでしょう」
ピクッとエレインの眉が動いた。
何か言いたげに口がゆがめられるが、首を振って諦める。
「……うぇー」
「うぇー、じゃ、ありません。入学早々遅刻したって話を聞いて、まさか鈍ったのかと勘繰ってしまったではありませんか」
「それ私のせいじゃなくね!? エレインが遅刻したんだよ!?」
「あら、そうだったのですか」
てっきり遅れたのはアリーかと、とイリィムは呟いた。
「しっかり聞こえてんぞー」
疲れた顔でアリーは言った。もはや突っ込みは諦めた模様だ。
「ですがさっきの走りを見せていただきまして、このアリアンならば、私は後についていってもいいと思ったのですよ……さっきの走り方、わざとでしょう?」
「確認する言い方だね、もう質問の類じゃないよね」
確信犯と呼ぼうか、とアリーは本気で思った。
エレインが手を上げた。
「はい、今度は私から。改めて紹介するわ。この子はリョレン公国第三位貴族令嬢のエルティナ」
「わけあって姓は名乗りませんが、エルティナですわ。得意魔法は水の魔法で、加速度から言うととくに減速が得意ですの。このメンバーだから言わせていただきますけど、この減速の力が魔法の発動時間と範囲が被ってしまったらしくて……魔法の発動にとても時間がかかりますの」
「それでHクラスに」
「そうですの……」
今度はアリーがイリィムを紹介した。
簡単に挨拶を済ませて、アリーは自分の陣地に引き込めた者、もともと居たものをぐるりと見回した。
アリー、エレイン、イリィム、エルティナ。アリーの目から見て、誰もがとんでもない潜在能力を隠していることが分かる。
その能力を十分に引き出してやるのがアリーがこの学園に来た二番目の理由だった。
カーンカーン、と授業終了の鐘が鳴った。
アリーはいった。
「じゃあ、皆。これからよろしく」
「「「よろしく!」」」
*****
実技科目は二クラス合同で行う。
演習室が足りなくなるのを防ぐためと、互いのクラスで切磋琢磨して高めあおう、というのが理由らしい。
演習室は大演習室を除き、ほぼ同じ構造の部屋となっていて、壁や床は無効化魔法がかかっている。
生徒たちがどっかんどっかん魔法を打っても耐えうる構造となっているのだ。
今回Hクラスが合同で実技を行うのはAクラス。そろいもそろって実力家の群れだ。
そういうところにはやはりクズが居る。
「オイ邪魔だ、Aクラス様のお通りだぞ」
下卑た笑い声とともに後ろから文字通り突き飛ばされたHクラスの生徒。
突き飛ばされたほうの少年は途中から『加速して』壁に叩きつけられた。
重力無視の動きだ。
もちろん魔法が使われている。
隅っこのほうでちまっと固まっているアリーたちはあきれを含んだ目を向けた。
「うわー、クズだ、クズが居ます☆」
「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃだめじゃない」(意:親ちゃんと躾とけよ)
「粗大ゴミだから不法投棄されたのかもしれませんわね」(意:親も親なら子も子ってことでしょ)
聞こえないのをいいことに好き勝手言っている。
「あんたたち、ちょっとは自重しなさいよ……」
こちらにもアリーは目を向けた。
「え、アリーはあいつらを弁護するの?」
違うよ、とアリーは首を振った。
「ちゃんと聞いてなさい。あんたたち、ちゃんと自重しなさいよ」(副声音:あいつらに構ってやると、自分たちが腐るよ☆)
しばしの沈黙。
「ちょ、アリーってこんなキャラだったっけ?」
「ふ、副声音が聞こえました……」
「鬼だ……鬼がいる……」
結構マジで驚いている友人たちに一瞥をくれると、アリーは言った。
「さっきの少年が心配。見に行かない?」
いく、と全員が名乗りを上げた。
「大丈夫?」
アリーは少年に手を差し出した。
「は、はい……!」
少年は顔を真っ赤にしてぴょんと立ち上がった。
「大丈夫ですっ!」
黙っていればアリーたち四人はかなりの美少女だ。囲まれて、少年はうれしいやら困ったやらという心境だ。
やわらかそうな茶髪をふわふわとなでると、少年はなお顔を真っ赤にした。
「あっ……あの……っ」
ダンッッッ!
アリーがいたところで火柱が上がった。
「なっ、避けただと……! おまえら何様のつもりだ!?」
「今の避けちゃいけないってどんな無理ゲームですかね」
魔力の流れを察知したアリーがすべるように動く先で、ものすごい音を立てて火柱が上がってゆく。
「避けんなよゴゥラァ!!!!」
「ちょ、もうやめたほうが……セイゴームさん!」
逆上する男の後ろの生徒が引きとめるが、男の耳には入っていないようだ。
「無詠唱ですか……こんなことに使うなんてもったいないと思いませんか」
どこまでも静かな湖の湖面のような声に平坦なアリーの声。
彼女を知る友人であるエレインとイリィムはぞっと息を呑んだ。
(げっ……氷の女王モードだ……!)
近年ここまで怒らせた者はそういない。
「俺の魔力切れを狙うつもりかぁ? そうは世の中甘くないっ!!」
男は嗤った。
「丁度いい憂さ晴らしだぜ!! いいのか!? やられっぱなしでよぅ!」
「……いいんですかね? 反撃して」
「はは、所詮Hクラス。存分にドーゾォー!!!」
(あ、手遅れ)
エレインとイリィムは目を瞑った。隣の少年とエルティナのまぶたも手で覆ってやる。
(ご愁傷様です)
そっと男に心の中で手を合わせて、言った。
「「アリー、存分にやっちゃえー」」
「はーい」
笑みとともアリーの動きが止まり。
ここでカットォ!!! 次はアリーの戦闘シーン!(予定)




