第3話 錆鉄の遺跡
掲示板の前は相変わらず人でごった返していた。
ダイスケは壁際からパーティ募集の貼り紙を順番に眺めていた。「前衛募集」「射撃手募集」「経験者のみ」。どれも自分には当てはまらない言葉ばかりだった。
試しに近くにいた男に声をかけてみた。
「同じ新人なんですが、組んでもらえませんか」
男はダイスケの腰のハンドガンを見てから全身を眺めた。
「メイン武器は?」
「これです」
「……ハンドガンだけ? それはサブだろ。それだけで遺跡に潜る気か」
男は呆れた顔で首を振った。
「命知らずか、ただの馬鹿か。どっちにしても俺は付き合えない」
同じような反応をダイスケはその後も何度も受けた。ポーターとしてなら、と言ってくれた人もいたが、条件を聞くと荷物を持って報酬はほとんどなし、というものだった。
(どうする)
そのときすぐ隣で押し殺した声がした。
「だから、ナイフでも戦えるって言ってるでしょ」
振り向くと少女が一人、男たちに食い下がっていた。ダイスケと同じ年頃に見える。髪を後ろで束ね、腰には短いナイフが一本あるだけだった。
「悪いな。ルーキーで武器がナイフだけとなると、さすがにな」
男たちは笑ってもう背を向けていた。
少女は唇を噛み、拳を握ったまま立ち尽くした。それからダイスケの視線に気づいてきっとにらんだ。
「何。笑いたいなら笑えば」
「笑う気はない。同じ状況だから」
「は?」
「ハンドガンだけで断られた」
少女は目を丸くしてダイスケの腰を見た。それからふんと鼻を鳴らした。
「……別に、組んでほしいなんて言ってないから」
そう言いながらも、その場を離れようとはしなかった。
「ミオ」
「え?」
「名前。ミオ」
ぶっきらぼうに告げて少女は目を逸らした。
「ダイスケだ」
それだけで会話は途切れた。気まずい沈黙が流れかけたとき、少し離れた柱の陰から遠慮がちな声がした。
「あの……盗み聞きするつもりはなかったんですが」
痩せた青年が立っていた。ホルダーにしては細い腕で、手には何も持っていない。
「ソウタといいます。皆さんが断られるのをさっきから見ていました。実は、僕も同じで」
「武器は?」
「ありません」
ミオが露骨に顔をしかめた。
「武器もないって、どうやってホルダーやる気なの」
「仕事をクビになって急に登録したんです。お恥ずかしい話ですが」
ソウタは苦笑してから続けた。
「ただ、お二人が断られた理由はどちらも『主力の武器がない』ことですよね。実力を見られたわけではありません。だったら断られた者同士で組んだほうが早いと思うんです」
ダイスケはミオを見た。ミオはそっぽを向いたままだったが否定はしなかった。
「……同じ新人同士で組むのは協会も推奨してるし」
「はい。同じptの人と組むのが一番生き残りやすいそうです」
「まあ、他に誰も組んでくれないしね」
投げやりな口調でミオは言った。それが承諾だった。
*
三人はホルダー街の裏通りにある古びた武具店に入った。
「武器はどうする」
ダイスケが聞くとソウタは首を振った。
「高すぎます。僕の手持ちを全部出してもまともな銃は買えません。ただ……」
ソウタは店の隅に立てかけられていた金属板を指した。
「あれなら」
腕に装着する軽くて頑丈な盾だった。値札には20バリューとある。
「盾は不人気で安いんです。手が埋まりますし動きも鈍くなる。みんな銃で戦うので売れ残っているんですよ」
「それ、武器じゃないじゃない」とミオが言った。
「武器じゃありません。でも、僕が前に立って敵を止めればお二人が撃てますし斬れます。勢いよく押し当てれば敵を押し返すこともできる」
ダイスケは少し考えてうなずいた。
「弾は多い。止めてくれる人がいるなら助かる」
ミオも黙ってうなずいた。
財布の中身を出し合う形になったがダイスケの手持ちはゼロだった。実際に払ったのはミオとソウタの二人だけだ。
ダイスケは店の主人に黙って頭を下げた。主人は面倒そうに手を振っただけだった。
宿代をどうするかは今日の稼ぎ次第だった。
*
錆鉄の遺跡は天都の外れにある廃れた工業地帯の跡にあった。協会が新人向けに案内している機械兵の出る遺跡だ。
入口の前には初めて潜るらしい新人たちが数組、緊張した面持ちで列を作っている。
入る前にソウタが言った。
「取り分は先に決めておきましょう。三等分でいいですか」
「……まあ、一番揉めないし」
ミオが渋々うなずき、ダイスケも同意した。
遺跡の中は薄暗く金属と錆の匂いが濃かった。壁は太い配管で覆われ、床のあちこちに朽ちた機械の残骸が転がっている。
「静かすぎる」
ミオが小声で言った。
「機械兵は音と熱に反応すると協会の資料にありました」
ソウタが答えた。
「巡回している個体は一定の間隔で通路を回るそうです。足音を覚えれば避けられます」
「覚えてたの、全部?」
「読むのは得意なんです」
先頭にソウタ、その後ろにダイスケとミオが続いた。盾を構えたソウタの腕はわずかに震えている。
しばらく進むと前方の通路の奥から規則正しい金属音が聞こえてきた。
カシャン、カシャン。
三人は壁際の瓦礫の陰に身を隠した。
通路を一体の機械兵が歩いてくる。人の背丈より少し低く、細身の胴体に細い手足がついている。右手には小型の銃、左手には刃の長いナイフを握っている。
頭部のレンズが赤い光を点滅させながら左右を舐めるように見回している。
「武器を持ってる」
ダイスケがつぶやいた。
「斥候型ですね。協会の資料では一番弱い型です」
ソウタが小声で言う。
「銃もナイフも奪えるかもしれません。でも、撃ってきます。まず、止めないと」
ダイスケはCC9を握った。弾は百四十発ある。節約しなくていい。だが、無駄に撃てば音が響く。
「俺が先に撃つ。ソウタ、受けてくれ。ミオは──」
「分かってる。足を狙う。関節のところ」
ミオはナイフを抜き、息を整えた。
「三、二、一」
ダイスケが引き金を引いた。
乾いた銃声が通路に響き、機械兵の肩が火花を散らした。レンズの赤い光が一斉にこちらを向く。
右手の銃が持ち上がった。
「来ます!」
ソウタが前へ飛び出し、盾を構えた。
ガン、と鈍い音がした。機械兵の弾が盾に当たって弾ける。ソウタは足を踏ん張り、そのまま盾を叩きつけた。
「うおおっ」
機械兵が大きくよろめく。そこへミオが低い姿勢で飛び込んだ。ナイフが膝の関節の隙間に滑り込む。
ぎり、と嫌な音がして機械兵の片脚が崩れた。
「今!」
ダイスケは立て続けに三発、頭部のレンズに撃ち込んだ。赤い光が一度大きく瞬き、そして消えた。
機械兵はがしゃんと音を立てて倒れた。
静寂が戻った。
三人はしばらく荒い息のまま動けなかった。
「……倒した」
ミオが呟いた。
「倒しましたね」
ソウタが笑った。腕はまだ震えている。
「盾、役に立ちました」
「当たり前でしょ。誰のおかげだと思ってるの」
ミオはそう言いながら口元がわずかに緩んでいた。
ダイスケは倒れた機械兵のそばにしゃがんだ。右手の銃と左手のナイフは壊れずに残っている。
(武器だ。これで、俺たちにも主力ができるかもしれない)
「残骸は売れます」
ソウタが言った。
「それに、斥候型の銃は十二ミリ弾を使うはずです。ダイスケさんの弾がそのまま使えます」
三人は静かになった通路で倒れた機械兵を見下ろした。




