第10話 パンドラ遺跡
協会の資料室でソウタは分厚い資料をめくっていた。
「ありました。パンドラ遺跡」
ダイスケとミオは横から資料をのぞき込んだ。
『パンドラ遺跡。さまざまな種類のイレギュラーが入り乱れる遺跡。中型イレギュラーまでの出現を確認。素材の換金率、ptともに良好』
「良好、だって」
ミオの声が少し弾んだ。
「ただ」
ソウタが資料の隅にある注意書きを指した。
『新人向けの区分はなし。ただし、無理をしなければ新人でも探索は可能』
「微妙な書き方ね」
「新人向けと言い切ると無理をする新人が増えるからでしょう。つまり、無理をしなければいけるということです」
ソウタは資料を閉じた。
「ネームドの目撃報告は今のところありません。ただ、中型がいる以上は油断できません」
「中型ならスーパーキャノンの出番だな」
ダイスケが腰のCC9に触れた。
*
準備に半日かけた。
三人は協会の近くの店でビリーブ印刷会社の耐衝撃特殊加工フィルムを買った。5枚で10万バリュー。一人に1枚ずつアーマーの内側に貼り、残りの2枚は予備にした。
「印刷会社が片手間で作ったんでしょ?」
ミオがフィルムを光にかざしながら言った。
「それが一番売れているそうです」
ソウタが真面目な顔で答えた。
「使い切りですが命の保険ですから」
ダイスケは胸の内側に貼ったフィルムの薄い感触を確かめた。これが役に立たない日が一番いい日だ。
*
パンドラ遺跡は天都から少し離れた深い森の中にあった。
入口は巨大な石の門だった。苔と蔦に覆われた門には古い文字が刻まれている。向こうからは湿った土と獣の匂いが漂ってきた。
「錆鉄の遺跡とは全然違うわね」
ミオが小声で言った。
「機械兵の気配がありません。代わりに」
ソウタが耳を澄ませた。
「生き物の気配がたくさんあります」
三人は慎重に門をくぐった。
*
通路は広く天井も高かった。木の根が壁を這い、足元には苔が広がっている。
最初に出会ったのは小型の群れだった。
「来ます!」
ソウタが叫んだ。
暗がりからうさぎ型のイレギュラーが十数匹、一斉に飛び出してきた。前歯が長く目は赤い。あの錆鉄の遺跡で見た下級の個体と同じ姿だった。
「あれ、最初に見たのと同じ!」
「下級です。でも数が多い!」
ソウタが盾を斜めに構えた。おじさんに教わったとおり弾を流し、牙を滑らせる。
ミオは足を止めずに動いた。右へ、左へ。ハッピートリガーの短い連射とナイフの一閃を駆け抜けながら使い分けていく。
「止まらない……止まらなければ、いける!」
ダイスケは後ろから確実に撃った。一発ずつ。無駄のない射撃だった。群れはあっという間に数を減らしていった。
「ふう」
最後の一匹が倒れたとき、広間には小さな死骸が山のように転がっていた。
「これ、全部素材になりますか」
「毛皮と牙が売れます。数が多いのでなかなかの稼ぎになりそうです」
ソウタが手際よく回収を始めた。
*
そのときだった。
奥の暗がりから重い足音が響いた。
ドン。
ドン。
床がわずかに震えた。
「……何か、来る」
ミオが構えた。
暗がりから現れたのは巨大な熊だった。
体高は二メートルを優に超える。全身の毛は黒く逆立ち、目は充血して赤い。口元からは涎が垂れ、牙が鋭く伸びていた。
「中型です!」
ソウタが叫んだ。
「熊型の中型イレギュラー。力が強く突進が危険です!」
熊が吠えた。
洞窟全体が震えるほどの咆哮だった。
「ダイスケさん、頼みます!」
「分かってる!」
ダイスケはCC9を構えた。腰を落として重心を低くする。腕ではなく背中と腰で反動を受ける準備を整えた。
熊が突進してきた。
地面を蹴り巨体が一直線に迫る。
「ソウタ!」
「はい!」
ソウタが盾を斜めに構えて熊の前に飛び出した。
ガン、と衝撃が走る。ソウタの体が大きく後ろへ弾かれた。だが、盾の角度のおかげで熊の力は横へ逸れた。巨体がわずかに傾く。
「今だ!」
ダイスケは引き金を引いた。
ドン、と腹に響く音。
スーパーキャノンの一撃が熊の胸元に突き刺さった。熊は動きを止めた。数歩よろめき、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
洞窟に静寂が戻った。
*
「……やった」
ミオが息を弾ませて言った。
「中型を一発で」
ソウタは床に座り込んだまま苦笑していた。
「盾、ぎりぎりでしたね。フィルムを貼っておいてよかった」
ソウタのアーマーの内側では貼っていたフィルムがボロボロになっていた。衝撃を受けて使い切りになったのだ。
「一枚、使い切りました」
「命の保険、役に立ったわね」
ダイスケは倒れた熊を見下ろした。体は想像以上に大きい。この一撃がたった一発で決まったことがまだ信じられなかった。
「素材、どれくらいになるんだろう」
「中型の素材は高く売れます。パンドラ遺跡の換金率なら今日だけで錆鉄の数日分は稼げるかもしれません」
ソウタは少し嬉しそうに言った。
*
素材を回収し三人は遺跡を出た。無理はしなかった。
門をくぐるとき、ソウタがふと振り返って言った。
「パンドラの名前の由来は諸説あるそうです」
「由来?」
「あらゆる災いが飛び出した箱の底に最後に希望が残っていた、という話があります」
ミオが少し考えてから言った。
「じゃあ、この遺跡の奥には」
「さあ。分かりません」
ソウタは小さく笑った。
「でも、そう名付けた人は何か思うところがあったのかもしれません」
ダイスケは振り返って薄暗い門の奥を見た。
災いの底に残る希望。
それが何を指すのか、まだ誰も知らなかった。




