第8話:温泉発掘! リズの魔力は使いよう
「……極限ですわ。わたくしの肌が、砂漠の地割れのような悲鳴を上げています。このままでは北領の平和よりも先に、わたくしの角質層が崩壊してしまいますわ!」
吹雪が少し弱まった北領の街道。エカテリーナは、リズの展開する加湿障壁の中でもなお、自身のコンディションに危機感を募らせていた。北領の乾燥は、ただの保湿クリームでは抗いきれないレベルに達していたのだ。
「エカテリーナ様、そんな時にはこれですよ! この先にある『凍て星の谷』には、古くから伝わる隠し湯の伝説があるんです!」
ハチが、分厚い手袋で地図を指差しながら鼻息を荒くする。
「温泉……。天然の美容液、そして蒸気によるディープな保湿……。素晴らしい響きですわね。ハチ、案内なさい。一刻も早く、わたくしの細胞を潤いで満たすのです」
しかし、一行が辿り着いた「凍て星の谷」は、伝説とは程遠い光景だった。かつて温泉が湧き出ていたはずの場所は、巨大な氷塊に閉ざされ、岩肌からは温もりのかけらも感じられない。
「へっ、ここも『マリア様のご意向』ってやつだぜ」
雷牙が、氷に閉ざされた源泉の岩肌を蹴飛ばす。「領主の野郎、温泉の熱を魔力に変えて抽出する装置を無理やり埋め込みやがった。そのせいで源泉が枯れ、地脈が狂って、今じゃただの冷たい石の塊だ」
エカテリーナの扇子が、鋭い音を立てて開かれる。
「……わたくしの入浴を邪魔するだけでなく、大地の恵みを機械的に搾取するとは。あの凡庸な領主はどこまでわたくしを不快にさせれば気が済みますの?」
彼女はリズを一瞥した。
「リズ。あなたの魔力、ちょっと『建設的』なことに使いなさい。この氷塊を粉砕し、地脈の淀みをクレンジングするのです」
「はーい! 任せてくださいお嬢様ー! 全力全開、温泉掘削モードですー!」
リズが杖を天高く掲げると、その周囲に膨大な熱量と重力波が渦巻く。
「いっけぇー! 『超重圧・地熱励起』!」
ドォォォォォン! という地響きと共に、源泉を封じていた氷塊が蒸発し、装置ごと粉々に砕け散った。リズの魔法によって地底深くの熱源が強制的に呼び覚まされ、岩の間から透明な、しかし力強い湯気が噴き出す。
「……あら。まあ、なんて素晴らしい蒸気かしら」
数分後。そこには、エカテリーナ専用の即席「雪見露天風呂」が完成していた。
周囲を氷の壁で囲い、アンが周囲の警戒にあたり、リズが湯加減を一定に保つ。
「ふぅ……。生き返りますわ……。これですわ、これこそが北領にあるべき美学ですわね」
湯船に肩まで浸かったエカテリーナは、上質な美容液のような湯ざわりに、ようやく満足げな笑みを浮かべた。
「お嬢様! 湯上がり用に、近くの村で買っておいたリンゴを焼いておきました!」
「ハチ、気が利きますわね。アン、見張りはエロ忍者に任せてリズと一緒にあなたも後で入りなさい。そしてリズ、見事な働きでした。その魔力、これからもこういう『公共事業』に役立てるのが才能ある魔導士としての務めですわよ」
「えへへ、お嬢様に褒められちゃったー!」
温泉の熱は、再び谷を伝って麓の村々へと流れ始めた。凍りついていた人々の生活に「温もり」が広がっていく。
エカテリーナは濃い湯煙で誰にも見られていないことを確認してから、少しの間だけ麓の村を優しい笑顔で眺めていた。




