第7話:北領の凍てつく美肌と雪の町
サザーンから北上すること数日。一行の眼前に広がっていたのは、見渡す限りの銀世界――ルミナス王国北領、常に雪に閉ざされた「アイシクル地方」であった。
「……信じられませんわ。空気が、空気がわたくしの肌を刺し殺そうとしていますわ!」
エカテリーナは、毛皮のフードを目深に被り、扇子を持つ手さえも手袋で厳重に守っていた。だが、彼女の最大の敵は寒さそのものではない。
「エカテリーナ様、見てください! 鼻の頭が少し赤くなってますよ。……あ、でも、まつ毛に霜が降りて、それはそれでダイヤモンドみたいで美しいですわ!」
「ハチ、気休めはいりませんわ。乾燥です。この絶対零度の乾燥が、わたくしの角質層を蹂躙していますの。……リズ!」
「はーい、お呼びですかー? エカテリーナ様の専属加湿魔導士、リズちゃん登場ですー」
リズが杖を軽く振ると、エカテリーナの周囲だけ、ほんのりと温かく湿り気を帯びた魔法の障壁が展開される。
「ふぅ……少しは人心地がつきましたわ。ですが、この地。景色は美しいのに、村々の煙突から上がる煙が細すぎますわね。美しくありませんわ」
一行が入った村「スノーホワイト」は、静まり返っていた。通りには人影がなく、家々は凍りついたように沈黙している。ようやく見つけた村長の話によれば、北領を統治する領主が「マリア聖女様への献上品」として、冬を越すための薪と食料、さらにはこの地の特産である「氷魔石」をすべて徴収してしまったのだという。
「氷魔石を? あれは、含まれている氷の魔力を火の魔力に変換することでこの極寒の地で家々を暖める魔道具の核でしょう。それを取り上げれば、民は凍え死ぬのを待つだけではありませんの」
「へっ、その通りだぜお頭」
雷牙が雪の中から音もなく姿を現す。その肩には、このあたり一帯の領主からくすねてきたと思われる帳簿が乗っていた。
「氷魔石はマリアの元へ送られるんじゃねえ。隣国の軍に『高純度エネルギー』として横流しされてる。マリアの『お言葉』とやらが書かれた偽の指示書が、代官の執務室に飾ってあったぜ」
エカテリーナの瞳が、冬の月よりも冷たく冴え渡る。
「……わたくしの肌を乾燥させた挙句、私財を満たすだけでは飽き足らず王国の資源を敵国へ売る台本まで書いているとは。あの小娘、クレンジングだけでは済みませんわね」
その夜、北部領主の屋敷。
領主は、没収したばかりの氷魔石が放つ冷たい輝きを眺めながら、酒を煽っていた。
「いいぞ、これで隣国からの報酬は思いのままだ。民が何人凍えようが、マリア様の指示だと言えば誰も逆らえん……。報酬の半分をマリア様に献上すれば後は思いのまま……笑いが止まらんわ!」
「――逆らわないのは、あなたが鏡を見る習慣がないからかしら? 自分の強欲で濁りきった瞳を見れば、絶望して凍りつきたくなるはずですのに」
屋敷の窓が内側から「凍結」して砕け散り、吹雪と共にエカテリーナが舞い降りた。
「な、何奴だ! 衛兵! 衛兵を呼べ!」
「無駄ですわ。あなたの衛兵たちは今、アンによって芸術的なまでに『壁の装飾品』にされていますもの」
アンが暗闇から現れ、領主の喉元に冷たい剣先を突きつける。
「リズ。この屋敷にある氷魔石をすべて村へ返却なさい。それと……この男。北領の寒さを存分に味わっていただくために、服をすべてクレンジング(没収)して差し上げなさい」
「はーい、全自動着替え解除魔法、発動ですー!」
翌朝。村の広場には、返却された氷魔石によって温かい火が灯り、活気が戻っていた。
そして屋敷の門前には、下着一枚で氷の柱に縛り付けられ、芸術的な「氷像」となった領主の姿があった。
「……さて。少しは潤いが戻りましたわね。ハチ、次はどこかしら? 温泉があるという噂を聞きましたけれど、わたくしの肌がそれを求めていますわ」
エカテリーナは優雅に扇子を広げ、雪道を一歩、また一歩と進んでいく。その足跡は、絶望に沈んだ北の地に、確かな熱を残していた。




