第6話:潮風と保湿と密輸組織
「……耐えられませんわ。この空気、わたくしの毛穴を一つ残らず破壊するつもりかしら」
サザーンでの昼食を終えた直後、エカテリーナは再び保湿クリームの小瓶を手に取っていた。海運ギルドの解体によって街に活気は戻ったが、それでもなお、彼女の鋭い審美眼は街の「濁り」を捉えていた。
「お嬢様、顔色が優れませんね? イワシ、あと十匹くらい焼いてきましょうか!」
「ハチ、あなたの胃袋はブラックホールか何かなの? わたくしが気にしているのは、この街の物流が未だに『淀んでいる』ことですわ」
エカテリーナの指摘通り、ギルドの崩壊によって表向きの魚の流通は改善されたものの、港の奥にある「開かずの倉庫」には不自然な深夜の出入りが続いていた。
「雷牙。昼間のイワシ一匹分の働き、期待してもよろしいかしら?」
「へっ、とっくに済ませてあるぜ、お頭」
どこからともなく音もなく現れた雷牙が、指先で一通の汚れた封書をもてあそぶ。
「ザックの裏にいたのはマリアだけじゃねえ。隣国『ヴァルキュリア』の密輸組織『黒い海蛇』だ。あいつら、この街を中継地点にして、名産品の金細工を加工して国外へ密輸してやがる」
エカテリーナの扇子が鋭い音を立てて閉じた。
「……あの美しい金細工を、あんな不細工な小娘の私欲のために? 美しくない……あまりにも美しくありませんわ」
その夜、サザーン北端の秘密ドック。
「よし、積み込みを急げ! 姫の追放で王都が混乱している今が最大のチャンスだ!」
黒装束の男たちが密輸の箱を運び出す中、背後から冷徹な鈴の音が響いた。
「――闇夜に紛れてコソ泥とは。わたくしの肌も、そんな卑屈な生き方を知ればたちまち荒れてしまいそうですわ」
霧の中から現れたエカテリーナ。その左右には、すでに抜刀したアンと、杖の先に魔力を溜めたリズが控えている。
「誰だ! ……まさか、追放されたはずのエカテリーナ姫か!?」
「追放されたのは王都からであって、この国からではありませんわ。わたくしがいる限り、わたくしの庭(ルミナス王国)を汚す泥棒は一匹残らずクレンジングして差し上げます」
「やれ! 皆殺しだ!」
密輸団が抜刀し、一斉に襲いかかる。
「アン、リズ。わたくしの睡眠時間を削った罪、高くつきますわよ。……一分で『片付け』なさい」
「了解しました。視界の汚れを排除します」
「はーい、おやすみなさいの重力魔法ですー!」
アンの剣が月の光を反射し、男たちの腕を傷つけることなく武器だけを次々と叩き落としていく。同時にリズが杖を地面に叩きつけると、密輸団の周囲だけ重力が数倍に跳ね上がり、彼らは地面に這いつくばってカエルのような声を上げた。
「……ふん。地面の泥がお似合いですわね」
エカテリーナは、逃げようとした首領の眼前に王家の魔法刻印を突きつけた。
「この魔石はすべて回収します。そして、あなたたちの背後にいる『黒い海蛇』の巣穴……すべて吐いていただきますわよ? わたくし保湿ケアの邪魔をされるのが、世界で一番嫌いですの」
翌朝、サザーンの港には没収された金細工と、縄で繋がれた密輸団の山が築かれていた。
エカテリーナは、朝日に輝く海を見つめ、静かに呟いた。
「これでサザーンの汚れも少しは落ちましたわね。……さあ、次は北領。極寒の地へ向かいますわよ。リズ、最強の防寒魔法の準備をなさい。わたくしの肌がひび割れたら、この国を滅ぼしかねませんから」




