第4話:海風の乾燥と不敬の輩。毒舌姫の殴り込み
「……潮風。最悪ですわ。わたくしの肌から水分を奪う不届きな風、万死に値しますわね」
港町サザーン。エカテリーナは徒歩での旅による疲労と、海風による乾燥への不満を隠そうともせず、保湿クリームを馴染ませた手で扇子を広げた。
王族が徒歩で旅をするなど前代未聞だが、お忍びである以上、目立つ馬車は使えない。彼女の横では、ハチが相変わらずの巨荷を背負いながら市場へと案内した。
「エカテリーナ様、見てください。せっかく到着したのに、市場に魚が一匹もありませんわ! サザーン名物の『銀鱗イワシ』を楽しみに歩いてきたのに……」
ハチが空腹で今にも泣き出しそうな声を上げる。
「偵察完了だぜ、お頭」
先行して情報収集を指示されていた雷牙が路地裏から音もなく現れた。「この街の魚、全部『海運ギルド』が独占してやがる。ギルド長のザックって野郎が、『エカテリーナ姫の結婚資金』として莫大な献上金を要求して、漁師からタダ同然で巻き上げてるらしい。……あんた、そんなに金に困ってんのか?」
ピキ、とエカテリーナのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……わたくしの、結婚資金? 笑わせないでくださる? わたくしに見合う殿方などこの世に存在しませんし、いたとしても、その程度の端金でわたくしの美学が買えるとでも思っていて?」
彼女の周囲に、ベルン領で見せた時よりもさらに冷ややかな魔力が渦巻く。
「雷牙。その『ザック』とやらの根城はどこかしら。わたくしの名を騙り、挙句の果てにわたくしの夕食を奪った罪……その身で購わせて差し上げますわ」
「へっ、そうこなくっちゃな。港の端にある巨大な石造りの倉庫だ。今はちょうど、巻き上げた魚の仕分け中だぜ」
一同がその倉庫へ到着すると、中からは下品な笑い声が漏れていた。海運ギルド長ザックは、大量の銀鱗イワシを前に、ニヤニヤと金貨を数えている。
「へっへっへ。姫の名前を出せば、馬鹿な漁師どもは震え上がって魚を差し出す。最高の看板だぜ。これでまた懐が温まる……」
「――その銀鱗。わたくしのドレスの輝きと比べるには、あまりにも鮮度が足りませんわね」
静かな、しかし凛とした声が倉庫内に響き渡る。
アンが音もなく、しかし確実に、倉庫の重厚な扉を「蹴り」の一撃で開放した。
「だ、誰だ! ここは海運ギルドの神聖な……」
「わたくしの名前を勝手に使い、あまつさえわたくしの夕食を奪った大罪人。その顔、鏡で見たことがありますの? 醜悪すぎて、わたくしの視力が落ちてしまいそうですわ」
逆光を背負い、優雅に、かつ冷徹な足取りでエカテリーナが歩み寄る。
「あ、あんた……まさかエカテリーナ姫か!? 追放されたと聞いていたが……。おい、やっちまえ! 追放者を消したところで誰も文句は言わん!」
ザックの合図で、海賊崩れの荒くれ者たちが一斉に襲いかかる。
「アン、リズ。虫ケラの掃除を。わたくし、乾燥で少し気分が悪いですの。……三秒で終わらせなさい」
「承知いたしました」
「はーい、お掃除開始ですー」
アンの細剣が銀光となって舞い、男たちの武器を次々と弾き飛ばす。リズが指を鳴らせば、床にぶち撒けられたイワシの水分が瞬時に凍りつき、荒くれ者たちの足を滑らせて無力化していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した倉庫の隅で、エカテリーナは優雅に扇子を仰ぎ、怯えきったザックをその鋭い瞳で射抜いた。
「さあ、身の程を知る時間ですわ。不敬の輩さん?」




