第27話:偽王女と毒舌姫
バルカス領主の屋敷、応接室。本物のエカテリーナが放つ圧倒的な威圧感の前に、私兵たちは武器を捨てて震え上がっていた。
シオンに壁に叩きつけられた取り巻きの男たちは、虫の息で許しを請うている。バルカスは腰を抜かし、金切声を上げた。
「ば、化け物め……! 出あえ! 誰かこの不遜な女たちを……!」
「往苦しいですわね。あなたのその濁った声、この街の空気に混ぜる価値もありませんわ」
エカテリーナが扇子をひと振りすると、背後に控えていたリズが満面の笑みで杖を振った。
「はーい! 最近開発した、気を失っている間に自身の欲望が実現する夢を見る魔法です。このまま死ぬと幸福な気分のまま逝けますよー」
リズの魔法が炸裂し、バルカスと裏切り者の男たちは、光の奔流に飲み込まれて意識を失った。リズは楽しそうにバルカスの下半身を観察しながらメモを取っている。それを見ていたアンはエカテリーナの横で引いていた。彼らは後に、アンが収集した不正の証拠と共に、王都の法廷へと引き渡されることになる。
「アン様、俺たちほとんど出番なかったですね」
「雷牙は意外と働く意欲があるのですね。私たちは事後処理を頑張りましょう」
静寂が戻った部屋で、ミラはまだ床に伏したまま、肩を震わせていた。
「……あたしを、どうするつもり? 本物の姫様を騙って、こんな大騒ぎを起こしたんだ。……殺すなり、好きにすればいいわ」
自嘲気味に笑うミラの前に、エカテリーナはゆっくりと歩み寄った。そして、涙で汚れたミラの顎を扇子でクイと持ち上げ、その瞳を真っ向から見据える。
「……ふん。鏡を見なさい、ミラ。今のあなたの顔は、詐欺師の薄汚い仮面ではありませんわ。過去の自分を救おうと足掻き、泥の中で光を求めた……気高い淑女の顔をしていますわね」
「エカテリーナ様……」
エカテリーナは懐から、一通の書類を取り出した。それは王家の魔法刻印の力を使い、バルカスから没収した財産の管理権を役人のトーマスと『とある協力者』に委ねるという委託書だった。
「ミラ、わたくしは『嘘』を嫌いますが、己の魂を磨くための『演目』は嫌いではありませんわ。……その書類の空欄に、あなたの名を書きなさい。今日からは詐欺師ではなく、孤児院の運営責任者として、一生をかけてわたくしの名を汚した償いをなさい。逃げ出そうなどと思わないことですわ。シオンが地の果てまで追い詰めますから」
ミラの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。彼女は床に額をつけ、声を殺して泣き続けた。
その様子を背後で見守っていたシオンの表情は、いつになく穏やかだった。
「……エカテリーナ様。ありがとうございます。彼女の覚悟が報われたこと、心より感謝いたします」
「……あら、勘違いしないで頂戴。わたくしはただ、磨けば光る素材が不衛生な場所に転がっているのが我慢ならなかっただけですわ」
エカテリーナはわざとらしく視線を逸らし、窓の外を見上げた。今まで浄化してきた領地の空と同じように、透き通った青空が広がっていた。
エカテリーナは漆黒のドレスの裾を翻し、軽やかな足取りで屋敷を後にした。
その背中を追うシオンの瞳には、迷いのない、確かな「光」が宿っていた。
――こうして、偽りの姫の願いと意志は、本物の王女の手によって、街の未来を照らす光へと変えられたのであった。
数日後、アバンダンの街を出立するエカテリーナ一行は、街道の入口にてトーマスとミラの見送りを受けていた。
「エカテリーナ様、おかげで孤児たちが飢えて死ぬこともなくなりました。ミラが孤児院の運営を引き受けてくれたので私は本来の仕事に戻れます」
トーマスが得意気に話すので、横に立っているミラは気恥ずかしそうにしている。その服装は肌の露出度が減り、落ち着いたものに代わっていた。
それを見たシオンは穏やかな笑顔でミラに語りかけた。
「ミラさんの孤児院運営のおかげでこの街に飢えて倒れる子供がいなくなったと聞きます。心から尊敬します」
それを聞いたミラはふっと少し笑った後にいたずらな表情を浮かべ、シオンの頬にそっと触れた。
「助けてくれてありがとう、可愛い騎士様」
と微笑むと、シオンは顔を真っ赤にして硬直する。
それを見届けたエカテリーナは、シオンの様子に気づき、ふんと鼻を鳴らした。
「シオン。女の魔性に絆されるのは、あなたの悪い癖になりそうですわね」
エカテリーナにからかわれ、うろたえながらも「そうかもしれません」と否定しないシオン。
「アン、次の目的地への準備は?」
「王都へ向かう準備は既に整っております、エカテリーナ様。」
「よろしい。……行きましょう、シオン、アン、リズ、雷牙、ハチ。わたくしたちの旅路の終着点はもうすぐですわよ」
一行は旅の出発点にして終着点の王都へと向かうのであった。




