第26話:女詐欺師と悪徳領主
アバンダン領主、バルカスの館。
偽王女ミラは、震える指先を扇子で隠し、決死の覚悟で「本物の尊大さ」を演じていた。対する領主バルカスは、書類を一目見るなり、椅子から転げ落ちんばかりに床に膝をついた。
「おお、エカテリーナ様……! 全財産の没収、そして孤児院への譲渡……。あまりに、あまりに峻烈なお達しでございます……!」
バルカスは涙ながらに床に額をこすりつけ、ミラのドレスの裾に縋りつこうとする。
「どうか、どうかお慈悲を! 財産をすべて失えば、私は路頭に迷うばかりか、この街の運営すら立ち行かなくなります。このバルカス、不徳は承知の上……なにとぞ、なにとぞご再考を!」
必死に許しを請う領主の姿に、ここまではミラの予想通り。次は譲歩し、領主の承諾を引き出す。
「……ふん、見苦しいですわね。ですがわたくしも鬼ではありませんわ。全額とは言いません、まずはあなたの不浄な魂がわずかでも洗われる程度の、財産の一部でよろしいですわ。それでこの街の子供たちが救われるなら、わたくしが妥協して差し上げますわ。光栄に思いなさいな」
ミラは本物のエカテリーナなら言いそうな妥協を演じた。
しかし、ミラがそう告げた瞬間。床に伏していたバルカスの肩が、クスクスと不気味に揺れ始めた。
「――ヒヒッ、アハハハ! 妥協だと? 詐欺師の分際で、随分と甘い慈悲があったものだなあ!」
バルカスが顔を上げると、そこには先ほどまでの卑屈な涙など微塵もなく、獲物を罠にハメた悦悦とした邪悪な笑みがあった。彼が指を鳴らすと、部屋の隠し扉から、昨晩までミラの味方だったはずの取り巻きの男二人が、卑屈な笑みを浮かべて現れた。
「ひどいですよ姐さん。領主様を騙して財産を掠め取ろうなんて。善良な俺たちが、あんたの正体がただの詐欺師だって領主様に報告しといてやったぜ?」
「あんたら……一生あたしについてくるってのは噓だったのかい。悪党には悪党の矜持ってもんがあるだろう」
「そんなもん本気で信じてるのは姐さんくらいだぜ。俺たちは金さえ入ってくりゃなんだってするぜ」
「領主様は姐さんが気に入ったようですぜ。おかげでしばらく遊んで暮らせますぜ。お幸せに、ヒヒヒ」
ミラの顔から血の気が引く。バルカスはミラの全身を下卑た目つきで眺めつつ嘲笑いながら、目の前の書類を握り潰した。
「お前の無様な王女ごっこに付き合ってやるのも疲れたぞ。さあ、出会え! 王家の名を騙り、私を脅迫した大罪人として、この女を今すぐ八つ裂きにしろ! おっと、生かして捕えよ。薬漬けにして従順な奴隷にしてやる。死ぬまでかわいがってやるぞ。ついでにあの役人と孤児どもは、共謀罪で一人残らず始末してしまえ!」
「待って……! 子供たちは関係ないわ、あれは私が勝手に――!」
私兵たちが一斉に抜刀し、絶望に震えるミラを捕えようと兵士の手が伸びる、その刹那。
部屋の天井を飾る巨大なシャンデリアが、目にも止まらぬ速さの斬撃によって叩き落とされ、光の礫となって降り注いだ。
「――そこまでになさい。その不潔な笑い声、わたくしの鼓膜に対する侮辱ですわ」
漆黒のドレスを纏った「本物」が、部屋の窓から優雅に舞い降りた。
「な、何だ貴様は!? まさか、この女の仲間か!」
「仲間? 心外ですわね。わたくしの名を騙ったこの紛い物を、今からわたくし直々に裁いて差し上げるところですわ」
エカテリーナが冷笑を浮かべた瞬間、彼女の影からシオンが弾丸のような速さで飛び出した。シオンは、ミラを売ってニヤついていた取り巻きの男たちの喉元を、瞬きする間に両手で掴み上げ、壁に叩きつける。
「……己を信じた同胞を売り、自分だけ助かろうとする。男という生き物は、どこまで腐れば気が済むのだ」
シオンの瞳には、かつてないほど凍てついた殺意が宿っていた。彼女は震えるミラを背後に隠すように立ち塞がり、抜き放ったクナイをバルカスへ向ける。
「エカテリーナ様。この紛い物は、愚かではありますが、捨て身の意志で弱きを守ろうとしました。……裏切りと私欲しか知らぬ男たちに、これ以上彼女を触れさせるわけにはいきません」
シオンのその言葉に、エカテリーナは満足そうに扇子を広げた。
「よろしい。シオン、その紛い物を保護なさい。……アン、リズ、雷牙。この部屋の不浄なゴミを、一粒残らず片付けますわよ」
本物の王女の圧倒的な威厳に、部屋全体の空気が凍り付く。絶体絶命の窮地は、本物の毒舌姫による真実の審判の時間へと変わった。




