第23話:偽王女現る
グラファイトの街に青空を取り戻し、不当な搾取を行っていた領主を裁いたエカテリーナ一行。彼女たちは次なる目的地、王都へと向かう帰路についていた。
その道中、一行は豊かな水源に恵まれた交易都市『アバンダン』へと差し掛かる。王都に隣接する領地ということもあり、大変栄えていた。街の入り口に到着するなり、ハチが不思議そうに首を傾げた。
「エカテリーナ様、見てください! 街の掲示板に、似顔絵……いえ、なんだかすごく派手な絵が貼ってありますよ? 服というか布を巻いてるって感じです」
そこには、金糸をこれでもかと使い、宝石をジャラジャラと身に纏い、肌の露出が多い踊り子の衣装を着た「自称・エカテリーナ」の姿が描かれ、今日この街の広場で演説を行うと記されていた。
エカテリーナの眉がピクリと動く。その背後で、同行する三人も似顔絵を覗き込み、それぞれの反応を示した。
アンは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、氷点下の眼差しで絵を凝視した。
「……エカテリーナ様の高潔さを欠片も理解していない、低俗な画力です。特にこの布の面積の少なさは、王家への侮辱というより、もはや公然わいせつの領域です」
リズは杖を抱え、実験動物を見るような目で絵を観察する。
「あはは、すごいですねー。こんなにジャラジャラ重そうなものを付けて」
雷牙は鼻を鳴らし、呆れたように肩をすくめた。
「おいおい、笑えねえ冗談だな。男を釣るには丁度いいんだろうが」
「わたくしはいつの間に分身の魔法を習得したのかしら? それも、あんなにも趣味の悪い装飾を好む低俗な分身を」
エカテリーナは扇子で口元を隠し、冷ややかな声を出す。横に控えるシオンは、掲示板の絵と、それを見て「本物の姫様が来るんだ!」と期待に胸を膨らませる男たちの卑俗な笑い声に、言いようのない不快感を覚えていた。
「……不潔だ。あの男たちの視線、そして名前を騙る不届き者。エカテリーナ様、私が今すぐあの紛い物の喉笛を」
「落ち着きなさい、シオン。わたくしの名を騙ってどのような芸を見せてくれるのか、少しだけ見物して差し上げますわ。正体を隠す準備をなさい」
エカテリーナは王家の魔法刻印の力を使い、周囲の一行に対する認識阻害を強化してから活気に沸く中央広場へと向かった。そこには、一見豪華絢爛だが、よく見ればメッキの剥げた馬車の上で、扇子を振りかざし小さな金の板を掲げる一人の女がいた。
「親愛なるアバンダンの皆さま! わたくしはこの国の王女エカテリーナ、今宵はこの街の貴族用の宿に滞在しますわ。顔を覚えて欲しいものは私財を献上なさい。容姿端麗な男達は今晩わたくしの元へ馳せ参じるように。気に入った者は男妾にしてさしあげますわ」
偽物の女は、内容はともあれエカテリーナ特有の尊大な口調を完璧に模倣していた。集まった民衆、特に若い男たちは、その派手な容姿と強気な態度に熱狂し、「あれが各地をお忍びで巡検なさっている姫様か!」「おお! あの掲げているのが噂に聞く王家の魔法刻印か。なんと神々しい」「是非私をお側に!」等と歓声を上げている。また、男たちの下心丸出しの下品な視線が偽王女に集中している。
シオンはその光景を群衆の端から見つめ、拳を固く握りしめた。
(男たちは、あの女の表面的な華やかさと王女という肩書きにしか目がいっていない……。エカテリーナ様の真の気高さ、魂の美しさなど、これっぽっちも理解していないのだ)
シオンにとって、暗殺者としての過去を「磨けば光る意志」と認めてくれたエカテリーナは、唯一無二の光。それをこのような茶番で汚されることが、何よりも耐え難かった。
一方、本物のエカテリーナは、偽物の背後に控える二人の取り巻き――いかにも裏社会の用心棒といった風昼の男たち――が、民衆から密かに金品を巻き上げているのを見逃さなかった。
「……ふん。ただの詐欺師かと思えば、随分と不衛生な寄生虫を連れていますわね」
エカテリーナの瞳に、静かな、しかし確実な怒りの炎が宿る。
それは自分の名を汚されたことへの怒り以上に、希望を抱いて集まった民衆の心を、不潔な指先で弄ぶ者たちへの蔑みであった。
「しばらく泳がせますわ。偽物がどの程度の泥沼に浸かっているのか、じっくりと観察して差し上げましょう」
偽りの姫によるの詐欺劇がどのような顛末を迎えるのか。シオンは、エカテリーナの背中を見つめながら、男たちへの嫌悪感をさらに募らせていくのだった。




